685.ドナルド・トランプが現職アメリカ大統領として初めて「嘆きの壁」を訪問したのはなぜか?

トリンドル玲奈 白薔薇 2017
↑画像 2017薔薇シリーズ10 トリンドル玲奈 このカレンダーは2017年ではありません

(1)エルサレム神殿

 エルサレム神殿は、古代エルサレムに存在したユダヤ教の礼拝の中心地です。唯一の神ヤハウェの聖所であり、アロンの家系の祭司とレビ人と呼ばれるレビ族出身の非祭司階級が祭祀に当たった。

 歴史的には、紀元前10世紀にソロモン王が建設した神殿(ソロモン神殿)、バビロン捕囚からの解放後の紀元前515年にゼルバベルの指揮でほぼ同じ場所に再建された神殿(第二神殿)、紀元前20年にヘロデ大王によって完全改築に近い形で大拡張された神殿(ヘロデ神殿)がある。

 しかし、紀元70年、ユダヤ戦争において、ローマ帝国軍、並びにその同盟軍であったハスモン王朝の母系子孫でありヘロデ大王の曾孫にあたるアグリッパ2世は、13のトーチカを3日で作ってシオンを包囲し、ユダヤ人を兵糧攻めにし、投降してくるユダヤ人を磔にし、ユダヤでは真夏に相当する第6月8日、9日、10日の3日間に渡って聖所に火を放ち、立て篭もったユダヤ人を虐殺して、その後に神殿を破壊した。

 現在「嘆きの壁」と呼ばれる部分は、このヘロデ神殿を取り巻いていた外壁の西側の部分とされ、ユダヤ人は「西の壁」と呼んでいる。この部分を含め外壁はその基礎部分がほぼすべて残されている。

 旧約聖書の『列王記』、『歴代誌』によれば、初めソロモン王により創建された。これは紀元前10世紀のことと推定される。

 ユダ王国がバビロニアにより滅亡したのち衰微するが、ペルシア帝国のもとでユダヤ人の帰還が許され、神殿も再建された。この再建の背景にはキュロス2世が征服民に寛容な政策を取り、かれらに文化上・信仰上の自由を許すことが帝国の安定に寄与すると考えたことが関わっている。

 再建された第二神殿はユダヤ人の信仰の中心であったが、祭司出身者によるハスモン朝が成立してユダヤが独立するとユダヤの神権政治の中心ともなった。

 神殿は紀元前1世紀にイドマヤ出身(エドム人の改宗者)のヘロデ大王によって拡張され、その王宮と回廊で結ばれた。ヘロデ大王により拡張された神殿は、それ以前と区別してヘロデの神殿とも呼ばれる。

 新約聖書によれば、イエス・キリストはここで「宮清め」を行なったとされる。生け贄用の家畜を持ってきても祭司や長老に傷物と断られ、結託した商人が金儲けを計っていたのだが、これに激怒して商人たちを神殿から追い出した。

 ユダヤ戦争においては紀元70年のエルサレムにおける最後の攻防戦の舞台となった(この戦争におけるエルサレム神殿の様子はフラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ戦記』にくわしい)。戦争が終わると神殿はエルサレムの市街ともどもローマ帝国によって破壊され、エルサレムと神殿はもはやユダヤ教の信仰生活の中心ではなくなった。

 ローマ皇帝ハドリアヌスはもとのエルサレムに植民市アエリア・カピトリーナをおいたが、そこにユダヤ人が入ることは禁止された。皇帝ユリアヌスの治世に再建が図られたが実現せず、再建の計画は放棄されて今日に至る。

 なお、現在のイスラエルのユダヤ教の右派には、岩のドームを壊しての神殿の再建を計画しているグループがいる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%A5%9E%E6%AE%BF

(2)嘆きの壁

 現在広く使われている Wailing Wall <嘆きの壁>の名称は、1917年にイギリス人によってつけられたとされる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%86%E3%81%8D%E3%81%AE%E5%A3%81

 第一次中東戦争によってパレスチナの大部分はイスラエルが獲得していたが、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの聖地とみなされているエルサレムの旧市街を含めた東エルサレムはヨルダンが支配していたため、エルサレム旧市街における嘆きの壁においてユダヤ教の祈りを捧げることが不可能であったため、正統派ユダヤ教徒を中心に不満が高まっていた。

(3)第三次中東戦争

 1956年の第二次中東戦争以降対イスラエル・アラブ情勢は比較的安定していたがパレスチナ解放機構(PLO)が結成された1964年ごろからイスラエル北部のヨルダン川周辺で武力衝突が発生するなど、次第に緊張が高まりつつあった。1967年5月にはエジプトがシナイ半島に地上部隊を進出させ、さらにエジプトの要求により第一次国際連合緊急軍が撤退、チラン海峡も閉鎖するなど「イスラエルの抹殺」、すなわち戦争の動きを見せるようになり、イスラエルも動員令を発令、国防相にモシェ・ダヤンを就任させるなど、戦備を整えた。

 こうした中の1967年6月5日朝、イスラエル空軍がアラブ各国の空軍基地に空襲を行い、アラブ各国の空軍に壊滅的被害を与えたうえで攻撃を開始した。アラブ側はイスラエル軍の前にほとんど抵抗できずに敗走を重ね、6日間で戦闘は終結、イスラエルはエジプトからシナイ半島、ガザ地区を、ヨルダンから東エルサレムを含むヨルダン川西岸を、シリアからゴラン高原を占領した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%89%E6%AC%A1%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E6%88%A6%E4%BA%89

(4)トランプ氏、「嘆きの壁」を訪問 現職米大統領で初

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170523-00000000-jij_afp-int

 ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は22日、エルサレム(Jerusalem)にあるユダヤ教最大の聖地の一つ「嘆きの壁(Western Wall)」を訪問した。現職米大統領の嘆きの壁訪問は初めて

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↑画像 中東エルサレムの「嘆きの壁」を訪れたドナルド・トランプ米大統領(現地時間2017年5月22日撮影)

 黒い円形の帽子をかぶった大統領は、ユダヤ教徒にとって最も神聖な祈りの場を前にじっと動きを止め、壁に手を当てると、慣習の通り、願い事が書かれた紙、あるいは何らかのメモを岩の間に挟み込んだ。

 この非常に象徴的な訪問に、イスラエル側の指導者は同行しなかった。同行を認めれば、米国と国際社会の慣例を破り、この場所の主権がイスラエルにあるという同国の主張を米政府が暗に認めたとの非難を招く恐れもあった。

 大統領の長女、イヴァンカ(Ivanka Trump)氏も、壁の女性向けの区画を訪れた。イヴァンカ氏はユダヤ教に改宗しており、大統領の最側近の一人でユダヤ系のジャレッド・クシュナー(Jared Kushner)氏を夫にもつ。

 今回の嘆きの壁訪問は、大統領がワシントン(Washington D.C.)を出発する前から議論を呼び、その間、米当局者は、壁がイスラエルに属するのか否かについてコメントを拒んでいた。

(5)ドナルド・トランプが現職アメリカ大統領として初めて「嘆きの壁」を訪問したのはなぜか?

 ドナルド・トランプが現職アメリカ大統領として初めて「嘆きの壁」を訪問したのはなぜか? 

 実は最近、世界最大のテロリスト支援国家のイスラエルが、ISISを使って民間航空機を墜落させようとしていたと言う話があります。しかしその情報をトランプがロシア側に流したために計画がとん挫したと言うのです。


http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52008290.html

 この話が事実なら、ドナルド・トランプが現職アメリカ大統領として初めて「嘆きの壁」を訪問した理由は、極悪非道な行為をしようとしていたユダヤ人<ハザール人>のトランプに対する怒りを静める為ではないでしょうか。

↓画像 困ったネコが赤ちゃん猫を前に踊る その1
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