59.山下俊一は、現代の石井四郎か?

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(1)「100ミリ以下は安全」放射線アドバイザー山下俊一に苦言殺到

 福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・山下俊一長崎県大学教授が、就任以降、福島県内のメディアや講演で、「100ミリシーベルトは大丈夫。毎時10マイクロシーベルト以下なら外で遊んでも大丈夫」と発言してきたことに対し、2011年5月3日に福島県二本松市で開催された講演会で、住民から次々と厳しい意見が飛んだ。
 
これに対し、山下氏は「今でも100ミリシーベルトの積算量にリクスがあるとは思っていない」としながらも、「(原子力安全委員会から)私は多分指導されるでしょう。甘んじてそれを受けなくはいけないと考えます。」と回答した。



 福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとなった山下俊一長崎大学教授は、福島県各地で「100ミリシーベルトは大丈夫。毎時10マイクロシーベルト以下なら外で遊んで­も大丈夫」などと発言、放射線防護を呼びかけるのではなく、福島にとどまり通常の生活をするよう宣伝してまわった。

 法律は一般公衆の被ばく線量の限度を年1ミリシーベルトと決めている。にもかかわらず、100ミリ被ばくしようと、毎時10マイクロ=年換算87.6ミリシーベルト被ばくしようと大丈夫と平然と語ってしまうのだ。

 どうしてこんなことが言えてしまうのか理解を超えるが「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。酒飲みの方が幸か不幸か、放射線の影響少ないんですね」とも語っている。

 すでにネットでは「ミスター100ミリ」とか「マッドサイエンティスト」とあだ名されているが、この人、ついには「県民健康管理調査検討委員会」座長にまでなって、約200万人の県民全員を対象に放射線被ばくの影響を調査するのだという。

 長崎からやってきた"えらい先生"の発言に「ここにいても安全なんだ」と信じた人は多く、彼の発言は住民の被ばく線量増大に手をかしただけでなく、避難したいと思う人たち­を抑えつける結果となった。

 山下俊一氏の解任を求める県民署名と福島の子どもたちを守る緊急署名の記者会見より、満田夏花(FoE Japan)、中手聖一(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)、阪上武(福島老朽原発を考える会)、後藤忍(福島大学准教授、原発災害支援フォーラム)の4氏の­発言。

(2)信濃毎日新聞の昨年の記事

★10人の甲状腺機能に変化 福島の子130人健康調査

 認定NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院(ともに松本市)が、福島県内の子ども130人を対象に今夏行った健康調査で、10人(7・7%)の甲状腺機能に変化がみられ、経過観察が必要と診断されたことが2011年8月3日、分かった。
 
 福島第1原発事故との関連性は明確ではない。旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の被災地では事故から数年後に小児甲状腺がんが急増しており、JCFは今後も継続的に検査が受けられるよう支援していく方針だ。

 調査は原発事故から逃れて茅野市に短期滞在していた子どものうち希望者を対象に7月28日、8月4、18、25日に実施。130人は73家族で生後6カ月~16歳(平均年齢7・2歳)。医師の問診と血液検査、尿検査を受けた。

(3)731部隊と山下俊一

 肝心の福島県は県民の血液検査をすることに、まったく積極的でないという。そして、その中心にいるのが山下俊一である。

 私が上記のエントリーを読んで強く思ったのは、これではまるで福島県の人々を人体実験しているようなものではないかということだった(もちろん、そういう意見は以前からあったが)。

 そして、そこに第二次大戦中の旧陸軍満州第七三一部隊(通称731部隊、あるいは石井部隊)と共通する感覚を感じたのである(731部隊については、ネット上で検索をすればいくらでも出てくるので、詳しくご存知ない方は調べてみていただきたいが、要するにこの部隊は中国人、ロシア人、朝鮮人、、、他多くの国の捕虜に対してまったくもって非人道的、かつ大々的な人体実験を行った。そして人体実験を行う際、捕虜は「マルタ(丸太)」と呼ばれた)。

 しかも、この731部隊の人脈というのは戦後も少なからず生き残り、多くの機関、組織へと入り込んで戦後史の都度都度で顔を出す(その一つが薬害エイズ事件である)。

 山下俊一に話を戻すと、この男が福島でやろうとしていることは、繰り返しになるが731部隊がやった行為と非常に似ている。

 そこでためしにネットでいくつかのワードを入れて検索をかけてみた。すると、山下俊一は重松逸造なる人物の直弟子だということがわかった。

 この重松逸造とは何者かというと、放射線影響研究所(放影研)の理事長をつとめた経歴があり、1991年にチェルノブイリ事故への安全宣言を出した人物であった。

(4)1991年「チェルノブイリ安全宣言」発表した重松逸造氏(IAEA事故調査委員長)を糾弾したドキュメンタリー動画



 この動画の後半に、チェルノブイリの安全宣言をした、IAEA事故調査委員長の重松逸造氏について、興味深い言及がある。(動画6:40から)

櫻井「広河さん、こうして見ますとね、国際原子力機関が住民の影響に問題ないと発表したのは、一体なんだったんでしょうかね」

広河「VTRの中でも名前が出てましたけどね、調査団長は重松さんっていって広島の学者なんですね。」

広河「国連の機関、しかも広島の医学者がリーダーになったから公正な調査があると信じてたのに安全だと発表したので現地の人々は唖然としています。」

櫻井「ただ調査団の人たちは、現地の情報を見たんですか?」

広河「現地のお医者さんの話では、汚染がひどいところには入ってないそうなんですね。しかも遠くから、食料を持参して現地のものを口にしないで、それでいて安全宣言をしたことで、すごい怒ってたんですね。怖くって、それで食べられないんだったら、危険だというべきなんです」

櫻井「もう、この国際原子力機関の信用性そのものが、深刻に問われてるわけなんですねえ」

広河「ええ。あのちょうど旧ソ連の原子力産業と、アメリカを中心とする原子力産業が、ビジネスとしての取引を始めたころから、チェルノブイリの被害を小さく見せることで、利害が一致したんじゃないかってい言う声があります」

櫻井「うんうん、なるほど、次回は汚染地域の生活を追います」

(動画終了)

(5)「財団法人放射線影響研究所(放影研)」

 「財団法人放射線影響研究所(放影研)」は、日本国民法に基づき、日本の外務省および厚生省が所管し、また日米両国政府が共同で管理運営する公益法人として1975年4月1日に発足しました。

 前身は1947年に米国原子力委員会の資金によって米国学士院(NAS)が設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)であり、翌年には厚生省国立予防衛生研究所(予研)が参加して、共同で大規模な被爆者の健康調査に着手しました。(以下略)」

★「放影研ニューズレター」

 放影研の研究成果は、放影研の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)の研究成果と深く結びついています。

 ABCCは1947年に設立されましたが、当時は財政・運営ともにほとんどが米国によるものでした。
 日本側は主に、厚生省国立予防衛生研究所(予研)の人材を、広島・長崎のABCC内に設置された予研の支所に派遣することを通じてABCCにかかわることとなり、広島と長崎の予研支所長であった槙 弘博士と永井 勇博士は、ABCCの準所長も兼任することでABCCの方針決定に関与していました。」(下線太字はブログ主によるもの)

 なるほど、これでわかった。
この国立予防衛生研究所(通称・予研。現在は国立感染症研究所)こそは厚生省の関連施設で、731部隊で生き残った人脈が深く入り込んでいる組織である

 つまり、山下俊一の経歴を少し手繰れば、即座に731部隊の人脈に突き当たるのだ。そして、その731部隊こそはありとあらる人体実験をやった悪魔の組織であった。

 その組織の系譜に連なる人物が今、福島で壮大な人体実験をしようと張り切っている。まさに「悪魔の飽食」の復活である。私はその事実に、この国の底知れぬ闇の深さを見て慄然とした。

 さて、今回も731部隊が出てきたところで、

(6)黒い太陽七三一 戦慄!石井七三一細菌部隊の全貌 その3

今回、あの画家が登場します。



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