497.「NHKスペシャル メルトダウン▽88時間~福島第一原発・同時多発事故の全貌~」は史実を歪めているのではないか?

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↑画像 福島第一原子力発電所<事故前>

(1)「NHKスペシャル メルトダウン▽88時間~福島第一原発・同時多発事故の全貌~」

 いくつかコメントを頂きながら返事も書かず、ブログを更新する事をお許し下さい。本当は記事を書いている余裕もない程多忙なのですが、昨夜<2016年3月13日>のNHKスペシャルの内容が余りにひどいので、書かずにはいられないと言う気持ちになり、書き始めてしまいました。

 いつものNスペより長かった。午後9時00分~午後10時30分の90分だった。取りあえず、ネットから番宣<番組宣伝>の文章を転載しよう。

 <転載開始>5年前、世界最悪レベルの事故を起こした東京電力・福島第一原子力発電所。最前線で人々が何を考え、どう行動していたのか、関係者500人を取材し、全貌に迫る。想像以上に混乱を極めていた原発内部、「東日本壊滅を覚悟した」と吉田昌郎所長が語った過酷な現場…。事態が最も深刻化した“88時間”を徹底再現、水素爆発や巨大津波なども詳細に映像化し、原発という“密室”で、人類史上初めて直面した事態をひも解いていく。<転載終了>

http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586732/index.html

 亡き吉田所長役を大杉漣が演じた再現ドラマも流れた。

(2)東電のテレビ会議をすべて公開すべき!

 昨夜のNスペは、関係者500人を取材し、全貌に迫った作品だそうだ。全貌に迫るには、当時の東電のテレビ会議をすべて公開する必要がある。しかし、一部しか公開されていない。

 公開映像は、2011年3月11日午後6時半ごろからから2011年3月16日午前0時ごろまでの映像で、個人が特定できないように名前が分かるような映像や音声には加工を加えられた。

 菅直人首相<当時>が東電本店に乗り込んだ時の映像も公開された。しかし、菅直人氏の話の部分だけ音声がないという極めて不自然な映像であった。

 2011年3月14日夜から15日未明にかけて、東電から撤退したいとの話が菅直人首相<当時>に伝えられていた。菅直人首相<当時>が東電本店に乗り込んだのはそうした最大の危機の中であり、対応を間違えれば日本は国家としての存続が危なくなると菅直人氏は考えていた。

http://financegreenwatch.org/jp/?p=14869

(3)菅直人首相<当時>を悪役にした昨夜のNスペ

 昨夜のNスペを見て、菅直人氏も憤りを感じたのではないだろうか。昨夜のNスペは、菅直人首相<当時>を悪役にしていた。これで、菅直人氏が、福島原発事故拡大の張本人だと誤解する人々が更に増えるだろう。反原発を主張している菅直人氏に対して、NHKは訂正の機会を与えないだろう。

48.菅直人は、福島原発事故拡大の張本人なのか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-65.html

49.菅直人は立派な首相だったのではないか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-66.html

 拙ブログの49の記事で紹介した通り、欧米のマスコミは、福島原発事故後の菅直人氏の対応を評価している。

(4)菅総理元政策秘書松田光世氏の話

 2016年元旦、私に年賀状を下さった高山清洲氏は、カレイドスコープから「詐欺師であり凶悪デマブロガー」と指摘された。

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3557.html

 その高山清洲氏のブログに菅総理元政策秘書松田光世氏の話が掲載されている。

http://blog.goo.ne.jp/mokushiroku666/e/0df0e99de5f5439d214da197477983a1?fm=rss

 石井紘基氏が石川県の珠洲(すず)原子力発電所の用地買収と山口組の関係を調べていたら、世田谷区の自宅駐車場で左胸を刺され亡くなった話も出ている。

 2011年3月11日の夜、菅総理がベント指示をしたにもかかわらず、東電側は責任者がおらず、東京電力が現場を確認しなければベントはできないと、災害対策マニュアルに書いてあることもあり、ベントは行わず、社員は双葉町の町の方々に朝まで避難の電話をかけまくっていた。

 その後、菅さんが直接福島に飛び、吉田所長にベントをするように指示した。法律で総理大臣にはベントを指示する権限がある。 

※原子力災害対策特別処置法20条3項:緊急事態宣言をした場合、本部長が原子力事業者に対し必要な指示をすることが出来る。

 こうした法律の事も触れずに、昨夜のNスペは、2011年3月12日朝の菅総理の福島原発訪問は迷惑以外の何ものでもないと言う雰囲気で放送していた。

(5)真のフクシマのヒーロー<Fukushima 50>

 昨夜のNスペは、吉田昌郎福島原発所長をヒーロー扱いしていた。吉田昌郎氏は本当にヒーローだったのだろうか?

 (2)で、公開映像は、2011年3月11日午後6時半ごろからから2011年3月16日午前0時ごろまでの映像である事を紹介した。なぜ、震災発生後から午後6時半ごろ迄の映像は公開されないのだろうか?

 公開すると、吉田昌郎所長自らが東電東京本社の清水氏や勝俣氏に電話して、「福島原発から撤退させてくれ!!」としつこく懇願していた事がばれるからではないだろうか。

 それを知って怒った菅直人元総理が、2011年3月12日朝、東電福島第一原発に乗り込み「(吉田所長達が)福島第一原発から撤退したら、東電を潰す!!」と言ったので撤退できなくなり、それなりの対応をするようになった。

 そう、2011年3月12日朝の菅総理の福島原発訪問は、単なる視察ではないのです!

 2011年3月当時、外国のマスコミは、核の大惨事から日本を救おうと自らの命を顧みずに努力した下請け労働者達を「真のフクシマのヒーロー」と讃えた。「真のフクシマのヒーロー」は、約50人だったので「フクシマ・フィフティー」と言われている。5人が亡くなったと伝えられる。昨夜のNスペは、死者が出ていないような描き方だった。

 2008年、吉田昌郎氏は福島原発に防潮堤は不要と主張した。

http://tensor12321.hatenablog.jp/entry/2015/09/28/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%81%AE%E6%B4%A5%E6%B3%A2%E5%AF%BE%E7%AD%96%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%81%AB%E5%90%89

 アメリカのタイムズ紙が、「真のフクシマのヒーロー」として、下請け社員約50人を表紙にした。

 日本人の多くは、吉田昌郎氏をヒーローだと考え、下請け社員約50人をヒーローとは考えていない。

 昨夜のNスペでは、「下請け会社」を「関連会社」と表現していた。

(6)福島第一原子力発電所は、核兵器製造施設だったのか?

 東海アマ氏によれば、三菱商事の核ミサイル担当重役は安倍晋三の実兄である安倍寛信三菱重工重役らしい。

 更に、福島第一原子力発電所で、核弾頭ミサイルを製造していた疑惑があると言う。

(7)2011年3月14日 福島第一原発3号機 水素爆発!

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↑画像 2011年3月14日 福島第一原発3号機 水素爆発!

 後年、反原発を主張するようになる小泉純一郎氏は、「地上最悪の猛毒」プルトニウム混じりのMOX燃料を使うプルサーマルを推進した。

http://blogos.com/article/21291/

 福島第一原発3号機の燃料は他の号機のウラン燃料とは違い、猛毒のプルトニウムが混ぜられているMOX燃料だった。そうなったのは2010年10月26日からだった。まるで、福島核テロの被害を甚大にする為に、福島核テロ決行日の約5ヶ月前にそうしたみたいだ。

 3号炉の爆発は核爆発。

 日テレは、福一から40km離れた場所に定置カメラを設置した。そのカメラで3号機の爆発をとらえることができた。爆発後、その映像を昼のニュースで流した後、夕方のニュースでも夜のニュースでも一切流れなかった。

 早い段階で渡邉恒雄氏から報道規制がかかり、担当者は左遷され人事部に飛ばされ休職中となっている。気の毒な話である。

 なお、巨人の高木投手の野球賭博への関与が発覚し、巨人の渡邉恒雄最高顧問は最高顧問を辞任した。

(8)日米共同の福島第一原発固定化計画

 日本の自衛隊とアメリカ軍が、福島第一原発に冷却材を落とし爆発させないようにコンクリートで固めてしまおうと言う計画があった。

 東電が菅直人首相<当時>の言うことを聞かず撤退したら、その計画を実行しようとしていたと言う。

(9)所長命令に違反 原発撤退

吉田所長

↓動画 矢島舞美
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