52.天皇の「放射能」発言は憲法違反ではないのか?

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(1)日本国憲法第4条第1項

 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

(2)日本国憲法第4条第1項の解説

 1項は、国家機関としての天皇の権限が、憲法で定める国事行為に限定され、政治上の権能は一切もたないことを定めています。 

 国事行為は憲法によって限定されていますから、これら以外の国事行為を行いうるようにするには、憲法を改正しなければなりません。 

 なお、天皇の国事行為を定める憲法6条や 7条には、天皇が被災地を慰問したり、公式行事に参加したりする行為が規定されていませんが、これらの行為の法的根拠は、 憲法1条にあり、「 日本国の象徴 」 に基づく活動であると解されています。

(3)天皇の脱原発発言

日本国憲法第4条第1項により、政治的発言がしにくい天皇が、国立劇場での311「東日本大震災一周年追悼式」で、「放射能の問題」が存在することを示唆した。

 追悼式典での天皇の言葉の一部
「更に、この震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再び、そこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。」

その部分をNHKをはじめとするTV局がニュースでCUTしたために、ネット上で批判が起きた。

 私は当日、顧問をしている軽音楽部の活動があった為出勤した。「東日本大震災一周年追悼式」は、職場のTVでLIVEで見た。その為、ノーカットで見た。

(4)不敬罪は軍国主義の象徴

 その批判の中に、「不敬」と言う言葉が跳梁跋扈している。

敗戦後、軍国主義・ファシズムを支えた治安維持法や不敬罪は廃止された。

刑法
第七十三条 [削除] (天皇及びその近親に対する大逆罪)
第七十四条 [削除] (天皇及びその近親に対する不敬罪)
第七十五条 [削除] (その他の皇族に対する大逆罪)
第七十六条 [削除] (その他の皇族に対する不敬罪)

上記リンク先のブログ「飄(つむじ風)」は、日本の軍国主義時代を彷彿とさせる「赤子」(せきし)と言う言葉を使用している。軍国主義時代に戻したいのだろうか?

 敗戦後、国家主義から民主主義へ、天皇の赤子から国民へ、忠孝から自由へ、自己犠牲から 自己主張へ、時代は変わったのではなかったのか。

(5)戦争中の子ども<赤子>たちの生活

戦争によって、1941年4月に尋常小学校が国民学校と名を変え、子ども<赤子>たちは、より徹底的に軍国主義の教育を受けるようになりました。

 国民学校の子供たちは、入学したその日から真っ白な心に、軍国主義、愛国心をたたき込まれ「日本は神の国です。この戦争は聖戦です。正義の戦いです。日本は神風が吹いて必ず勝ちます。」「あなたたちは天皇の赤子<せきし>です。天皇のために命を捧げるのは一番美しい行為です」「欲しがりません。勝つまでは。この戦争のために、どんなことも我慢しましょう」と、くり返し、明けてもくれて臓腑にしみこむように軍国教育をされてきたのです。

 当時子供達がよく歌わされた唄
   勝ちぬくぼくら少国民/ 天皇陛下のおん為に/ 死ねと教えた父母の/
   赤い血潮を受けついで/ 心は決死の白だすき/ かけて勇んで突撃だ

 1944年6月に学童疎開が閣議決定され、都市に住む児童、国民学校3年~6年生(9歳~12歳)までの児童が学童疎開(地方へ移住)しました。

 次期戦闘員温存のために、病弱児を残して健康な子どもだけを疎開させたのです。

 親たちはこんな小さい我が子を手もとから離すことに戸惑いましたが、「国の命令だから仕方ない。親が万一死ぬようなことがあっても、子どもだけは国が護ってくれるだろう」と信じて、お国のために我が子を疎開させました。

 軍国教育を受けてきた子どもたちは、出征兵士になったつもりで疎開しましたが、集団疎開した児童の生活は軍隊そのもの。親への手紙は検閲され、団体行動からはみだすと廊下に長時間正座させられ、食事も少なく、お手玉の中の豆をアメのように大事にしゃぶっていました。

 「皇国民錬成」と称して徹底的にしごかれ、これも「戦争に勝つまでの辛抱」と、児童ながら先生の言われる通りに必死に耐え、がんばってきたのです。夜になると母が恋しくなり、誰にも知られぬようにふとんをかぶって泣きました。早くただ親たちにあえる日を待ちこがれながら、がまんの日々を過ごしていました。

 この疎開中に都市爆撃(空襲)をうけ、家もろとも親家族を一挙に失った子どもたちが続出しました。戦争中の大人は、孤児にたいして「君たちの親の死は、国難に殉じた尊い死である。親の仇を必ず討て。米英鬼畜をやっつけろ!」と叱咤、激励されてきました。

 やがて、敗戦。勝つと信じていた戦争が負けました。敗戦後、大人はたちまち豹変し「この戦争は間違っていました」といわれ、これまで使用してきた教科書を、墨て真っ黒に塗りつぶしていく作業から、戦後の教育がはじまりました。

 学童疎開は1945年11月に終了、疎開していた児童たちも親元へ引き取られていきましたが、だれも迎えにこない孤児たちが大勢いました。

 親も家も失った孤児たちは、敗戦後の生活が困窮している親戚へ無料で押しつけられ、義務教育の小学、中学へも通えない子が多くました。

 親戚を追いだされたり、虐待されるようになっていき、親戚や養子先を逃げ出すようになります。家出するのは、2日後、3ヶ月後、1年後、2年後、5年後と様々でした。そして浮浪児になっていきました。それは凄惨な生活でした。

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 東日本大震災で孤児になった子供がたくさんいる。陰謀論が正しいとすれば、現代の戦災孤児である。

(6)昨日<3月20日>、NHKを糾弾するシュプレヒコールが!

転載開始

 「東日本大震災追悼式典」で天皇が原発事故について言及した部分をテレビ局がカットした問題は、マスコミ自体が取り上げないから「大問題」とならない。頬かむりを決め込むつもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。

 記者クラブと検察の癒着を追及し続けてきた「権力の横暴をただし人権を守る国民の会」が昨日、渋谷で脱原発デモを繰り広げ「お言葉カット」の不当性を訴えた。

 「マスコミの情報操作は国を滅ぼす」「大本営発表を許すな」「新聞・テレビは国民の敵」…デモ隊のプラカードやノボリには辛らつなメッセージが踊る。

 宮下公園を出発し10分も歩くとNHK前にたどり着いた。

 「原発事故と放射能についての天皇陛下のお言葉を(ニュースで)放映しないのは不敬だ~」。

 抗議のシュプレヒコールが春のやわらかな空気をつんざいた。

 川越市から参加した男性(60代・年金生活者)は「完全な不敬罪だ。原発問題は(テレビ局にとって)タブーなんですよ。これだけ各局が足並みを揃えるというのは恐ろしい。ひどい」と歯噛みしながら語る。

転載終了

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(7) 3月11日、古館伊知郎が、原子力村を認め、圧力の存在をほのめかし、番組を切られてもいいとまで言った。

(6)の転載記事内の川越市の男性に言いたい!

「不敬罪なんてないんだよ!」って。

こういう方が多いから、石原や橋本のようなファシストが跳梁跋扈するんだな。

だけど、「これだけ各局が足並みを揃えるというのは恐ろしい。ひどい」と語っているので、この方もファシズムはお嫌いのように思えるのですが。

私も、憲法論議はさておき、所謂「原子力ムラ」に対して精一杯の脱原発発言した部分を、テレビ局がカットしたのはひどいと思います。

「原子力ムラ」に関しては、3月11日、古館伊知郎が、原子力村を認め、圧力の存在をほのめかし、番組を切られてもいいとまで言った。

ネット上で多くの人々が彼を賞賛している。

私のブログ作成上の師匠であるプランZ様が、「~ この世・あの世を知る ~」で、この古館伊知郎の動画を、「削除され始めているので、とにかく保存・拡散を求む。」と綴ってらっしゃる。教え子として、それに応じたいと思います。

プランZ様のブログ「~ この世・あの世を知る ~」に比べアクセス数がずっと少ない拙ブログの方が、削除される可能性も少ないと思われますので。




脱原発社会をめざす経営者の会が、昨日<3月20日>発足した。

(8)古館伊知郎には、批判的な意見も。

転載開始

 古館伊知郎氏が、生番組の中で原子力村を取りあげ、今後何かの圧力を受けようとも、真実の報道を行って行きたい旨の発言をし、賛否両論がネット上でも盛んでありますが、いまさらの確信犯ではあります。

 国営化を視野にいれた議論も進み、賠償金問題なども今後の東電に取って倒産も予測されるほどの大きな負担増が予測され、最早テレビ局にとり、大得意スポンサー企業ではなくなった東電に対しての発言であり、相変わらずの変わり身の早さに、さすがの東電も苦虫を噛み潰して聞いた事でしょう。

 もともと、プロレス中継の司会で成功した彼に白羽の矢が立ったニュース番組構成でしたが、小沢一郎批判でも

 その偏向報道のひどさは、目にあまりましたが、まあ、見なければいいと思っていた番組でしたが、3.11災害から一年目の特番という事で見ていた中でのオトボケ発言でした。

 古館氏は東北の被災者の方へのインタビューの中で、「なぜ、もっと怒らないのですか?」のぼそっと言った言葉が、まさに番組で報道される被災者のあまりにも悲惨さを見るにつけ、歳のせいか涙が止まらない私の怒りを代弁してくれるものでしたが、それは視聴者の多くの方の共通の認識ではなかったかと思うのですが、なぜそれを、報道番組司会者としして、半年前に言わなかったのか?

 それに対する被災者の方の答えが「東北人は我慢強いんですよ・・・。」でした。

 稀有な性善説規範を持つ、けなげな国民をとことん踏みにじるこの国の政府に対して、表も裏も情報があり、すべてが見えているはずのニュースキャスターとして、良心というものを少しでも持ち合わせているのなら、もっと早い時期に「なぜもっと怒らないのですか?」の、一言を言って欲しかったのは、私だけではないでしょう。

転載終了

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