426.道徳心のない奴らが推進する特設「道徳」の教科化を許していいのか?

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↑画像:乃木坂46 生田絵梨花

(1)体たらくの3月7日の新聞各紙

「425.間もなくアメリカのイエローストーン国立公園の下にある巨大火山が大噴火を起こし、地球人は絶滅してしまうのか?」で、2015年3月3日、報道ステーションは、安倍晋三への電通からの献金を報道したが、他のメディアは、まったくスルーだった事を伝えた。425はこちら

安倍晋三への違法献金発覚後の3月6日の衆院予算委員会は、中断に次ぐ中断で、安倍晋三を首相の座から引きずり下ろす大きなCHANCEがやって来た。

 そのCHANCEを活かすには、マスコミが、安倍晋三への電通からの違法献金と3月6日の衆院予算委員会が空転した事をきちんと伝えなければ、安倍晋三退陣の世論など盛り上がるはずもない。

3月7日の新聞朝刊各紙で、前日6日の国会が、中断に次ぐ中断だった事を伝えた新聞はほとんど無かった。

http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52097723.html

(2)レプタリアン・乃木坂46・生田絵梨花のシェイプシフト


↑動画:「転がった鐘を鳴らせ!」 <14/10/20付けオリコン週間ランキングNO1「何度目の青空か?」 by 乃木坂46 >収録曲  41秒目で指が長くなります<シェイプシフトします>

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↑画像:乃木坂46・生田絵梨花のシェイプシフト(指長・舌出し)

(3)軍国主義の温床 教育勅語 修身

教育勅語は、明治天皇の名で1890年10月に出され、国を統治する全権限を天皇が握る専制政治のもとで教育の基本原理を示したもの。天皇への無限の奉仕、特に「一旦緩急あれば義勇公に奉じる」(いざというときには天皇に命をささげなさい)ことを最大の道徳とし、戦時の忠誠を強制しました。

このおぞましい教育勅語が、「修身」の教科書に載せられ、暗記させられ、徹底して「忠君愛国」精神がたたき込まれました。「教育勅語」体制の下では、「修身」が学校教育の筆頭科目とされました。全国のどの学校にも奉安殿が造られ天皇の「ご真影」と共に保管されました。登下校時には必ず一礼しなければなりませんでした。

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↑画像:軍事教練

(4)敗戦後

敗戦後、軍国主義の温床となった「修身」は学校教育から追放され、修身の教科書は焼却された

教育基本法は、1947年3月31日、戦後教育改革の根幹として、敗戦前の教育勅語を頂点とする天皇制軍国主義教育への反省に基づき、日本国憲法の精神を実現する趣旨のもとに制定された。

当時の教育基本法の国会審議では、高橋誠一郎文部大臣<当時>は、教育基本法の審議自体が日本の「平和国家の建設」の努力を世界に知らせることであり、辻田力政府委員は、「平和的な国家及び社会」の「社会」には「国際社会」を含み、また、日本の最大の欠点は「個人の覚醒がなかったこと…この点が国を誤らしめた」などとのべている(衆議院会議録、1947年3月14日)。

 それは、敗戦前、天皇・国家の尊厳性・絶対性のもとに滅私奉公、自己犠牲を強いられた教育勅語体制からの教育原理のコペルニクス的大転換であった。個人の尊厳の実現のため個人の内面の画一的統制につながる国家による教育内容の不当な支配を禁じ、教育条件整備に専念すべきことが明確にされた。

 教育基本法は、敗戦前の軍国主義教育の歴史的反省と反戦平和の国際的機運を背景に制定された。

日本国憲法と教育基本法制定を受けて、1948年6月19日、衆議院で「排除決議」、参議院で「失効確認」決議が可決され、教育勅語は完全に否定・排除されました。

(5)修身教育の復活 特設「道徳」

その後、右翼・軍国主義者どもが執拗に、人々に天皇の為に死ぬ事を強要する「教育勅語」を復活させ、平和憲法とリンクした教育基本法を潰そうと画策した。また、修身教育を復活させようとする動きも活発だった。

 かくして、1958年、「修身教育の復活」と批判された特設「道徳」が登場してしまった。ただ、多くの人々の批判がある中で登場したこの特設「道徳」は、成績をつける教科にはならずに、現在に至っている。

(6)教育勅語の本質を報道していない体たらくのマスコミ

その後も、「教育勅語」を賛美する政治家が後を絶たない。教育勅語の本質を報道していない体たらくのマスコミが、そうした動きを助長している。教育勅語の本質は、(3)で綴った通り、「天皇の為に死ね!」である。それをほとんどのマスコミはきちんと伝えていない。だから右翼が跳梁跋扈するのである。

(7)右翼の殺人史

1960年の17歳の右翼少年・山口二矢による浅沼稲次郎暗殺事件、1961年の右翼による言論抑圧を目的としたテロ事件である嶋中事件、1987年の右翼による朝日新聞阪神支局襲撃事件、2002年の指定暴力団山口組系右翼団体代表の伊藤白水による石井紘基刺殺事件などの右翼の殺人史が、マスメディアを日和らせ、右翼を跳梁跋扈させ、現在の右傾化社会、日本が攻められていないのに戦争をしようとする国家へと変貌させたのだ!

特に、石井紘基刺殺事件の真相究明は、マスコミと民主党が命をかけて取り組むべきテーマである!

(8)へたれ牛のマスコミが右翼を増長させている!

マスメディアよ、体を張って、右翼殺人テロや右翼暴力テロを糾弾しろ! 8月15日、靖国神社周辺で閣僚の靖国参拝に反対する良心派に右翼がどのような蛮行に及んでいるかをきちんと報道しろ!

(9)教育勅語の本質を捏造する右翼

下記のリンク先の文章を読むと、右翼が教育勅語の本質を捏造している事が解ります。繰り返します。教育勅語の本質は、「天皇の為に死ね!」である。

http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/443.html

(10)立派な右翼議員・中川昭一氏

「401.宮沢洋一は変態なのか?」などで紹介した中川昭一氏は立派な右翼議員であった。401はこちら。そんな中川昭一氏があの世で悲しむ事態が発生した。

(11)【政治】中川昭一・元財務相の未亡人、中川郁子農水政務官が門衆院議員とディープキス 週刊新潮報じる

http://www.akb48matomemory.com/archives/1021117258.html

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↑画像:週刊新潮3月12日号 車内中吊り広告

★スクープ撮・政界失楽園! 中川昭一・元財務相未亡人「中川郁子」農水政務官が年下代議士と「ディープキス」した夜

http://www.gruri.jp/article/2015/03041800/

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↑[写真1]カフェでの2人。ソファに座って体を寄せ合う。

「あれから、40年~~」
 毒舌漫談家・綾小路きみまろのネタではないが、時は夫婦仲に変化をもたらす。夫と死別したとなれば、そのスピードが、より一層加速するのは仕方のないことなのだろうか。

 2009年に急逝した故中川昭一元財務相の未亡人、中川郁子(ゆうこ)衆院議員(56)。夫の跡を受け継ぎ、自らが衆院議員に立候補して12年に初当選、現在、2期目を務め、農水政務官の重責に就く。

 かつて、国際会議の記者会見で醜態を晒した夫の帰国の際には、テレビカメラに囲まれた夫に向って、「日本一、頑張れ、大丈夫!」とエールを送る妻だった。だが、夫の死から6年。未亡人の胸の中では、すっかり別の男が「日本一」なようである。

 西川公也農水大臣が献金問題を理由に辞任し、安倍内閣に激震が走った2月23日の夜。中川郁子代議士の姿は東京・六本木にあった。

 一軒目の会合場所、中華料理店を後にし、一人、六本木通りを歩きはじめた彼女。時計の針は21時になろうとしている。道中、しきりに携帯でやり取りをしているのは、大臣辞任を受けての人事に関する緊迫した連絡なのだろうか。しかし、ほどなくして彼女にとっては、辞任のニュースよりもずっと重要なことだと判明する。

 六本木ヒルズ周辺で立ち止り、待つこと5分。どこからともなく、ベージュのコートを着た男が近づいてきた。ニヤけた視線を中川議員に送るのは、自民党の同僚、門(かど)博文衆院議員(49)である。

↓[写真2]肩を並べ、寄り添うように、人通りの少ない裏通りへ向かう2人。いつしか、手が繋がれている。
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肩を並べ、寄り添うように、人通りの少ない裏通りへ向かう2人。いつしか、手が繋がれている。目的地は無いのか、のんびりとデートを愉しんでいる雰囲気だ。

 と、突然、立ち止まった2人は、指を絡ませたまま、見つめ合う。そして、吸い寄せられるように唇を重ねた。時間にして約5秒。 長いキスを終えた男女は、再び六本木の街を歩き始めたのだった――。

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まだまだ続くデートの行方、2人が迎える“政界失楽園”の結末は……。3月5日発売の「週刊新潮」で詳細に報じている。

週刊新潮 2015年3月12日号 掲載

(12)心のノート

心のノート・こころのノートは、日本の文部科学省が2002年4月、全国の小・中学校に無償配布した道徳の副教材である。2009年に新学習指導要領に対応して改訂されている。2003年7月には教師用の指導手引き書として『「心のノート」を生かした道徳教育の展開』が刊行された。この手引書の改訂は2013年3月に行われている。

 同年12月6日、心のノートは全面改訂され、「私たちの道徳」(小学校低・中学年は「わたしたちの道徳」)に名称変更され、翌2014年度から配布されることとなった。

文部科学省は心のノートを全国配布にあたり、教科書でも副読本でもない、「補助教材」であると発表した。

(13)全国で都立高校の生徒だけが強制されている「奉仕」と言うおぞましい授業

森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」が2000年12月に発表した答申「教育を変える17の提案」が、心のノート誕生の出発点である。2007年度から、全国で都立高校の生徒だけが強制されている「奉仕」と言うおぞましい授業の出発点もここにある。

 私は1970年代に都立高校に通っていた。あの頃と比べると、今の都立高校は様変わりである。「奉仕」と言うおぞましい授業を強制されている現在の都立高校生が不憫でならない。

(14)「心のノート」はあくまでも副読本

「教育を変える17の提案」は、「人間性豊かな日本人を育成する」ために「教育の原点は家庭であることを自覚する」「学校は道徳を教えることをためらわない」「奉仕活動を全員が行うようにする」といった内容を報告書の形にしたものである。

 この答申を受ける形で文部科学省は7億3000万円の予算を割き「心のノート」を作成、2002年から全国の小中学校に配布することになった。著作権所有者は文部科学省。通常の教科書と違い、執筆者名は入っていないし、教科書検定も経ていない。「心のノート」はあくまでも副読本であるため、通常の教科書検定は必要ないとされている。

(15)「心のノート」への批判

 この「心のノート」配布をめぐっては、当時大論争が起こった。国家に忠実な日本人を作ろうとするものだ、戦前の修身の復活である、事実上の国定教科書だ……。そういった心ある批判が相次いで現場の教員たちやリベラル派の評論家たちから発せられた。

 哲学者の高橋哲哉は『「心」と戦争』(晶文社)の中で、「心のノート」は「グローバル化時代の修身」だと批判する。たとえば「心のノート」の中にはやたら富士山の写真が出てくる。本来は住む地域によって岩手山や桜島というように「心の中にある山」は違うはずなのに、まるで誰もが「日本人」として「富士山」を愛することを強制されているようだ、と主張している。

 まだママデビューする前の教育評論家・尾木直樹も朝日新聞のインタビューに「心に関するものを権力の中枢が出すのはいかがなものか」と答えている。

(16)「心のノート」 事業仕分けの対象に

なお、この「心のノート」、民主党政権時代の事業仕分けで、教材として配布することが停止されていた。しかし、「教育再生」を掲げる安倍新政権の方針により、再び全国の小中学生に配られることになった。

事業仕分けの対象になった理由は、民主党の支持母体の一つである日教組の意向が働いたからではないだろうか。

(17)2013.02.11 尾木ママが自民党教育再生実行本部での講演で「心のノート」による道徳教育の重要性を強調 俵義文氏の問いと尾木直樹氏の反論

http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-520.html

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↑画像:尾木直樹氏「尾木ママ」

 自民党のホームページにいまを時めく(テレビ番組などで人気者の意)「尾木ママ」こと教育評論家の尾木直樹氏が同党教育再生実行本部主催の初会合で講演したことが報じられています。

 その自民党のホームページの記事によれば同党教育再生実行本部主催の初会合での尾木氏の講演内容は次のようなものであったようです。

 「尾木教授が講演。尾木氏はいじめ件数が減少しない理由について、「加害者の罪の意識がまひしており教師が指導しても効果がでない」と指摘し、「心のノート」を使用した道徳教育を充実させる必要性(強調は引用者。以下同じ)を語った。/また、わが党の教育改革については、『スピードが速くパンチ力がある』と評価。そのうえで、 『いじめ防止対策基本法案は可能な限り早く成立させてほしい」と要望し、「(同法案の成立により)社会全体でいじめ問題に取り組む体制を構築すべきだ」と訴えた。」(自民党ニュース「政府・与党一体で教育改革 教育再生実行本部が初会合」 2013年1月17日)

 この尾木氏の講演内容について子どもと教科書全国ネット21の俵義文さんが先日教育関係者の多いメーリングリスト上で次のような警告を発していました。

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↑画像:俵義文氏

 「安倍政権の『教育再生』政策の基をつくった、自民党教育再生実行本部は、本部長の下村博文氏が文科相になったので、基本政策分科会座長だった遠藤利明議員が本部長になり、1月17日に安倍政権後の初会合を開催しました。/その会合で、『尾木ママ』こと尾木直樹氏が講演しています。/下記の自民党のHPによると、尾木氏は次のように語ったということです。/(記事の内容は上記と同じなので省略)/これが事実だとすれば、尾木氏までが自民党・安倍政権の『教育再生』政策にすり寄ったということで、大変重大であり、憂慮すべきことです。/無視できない情報なのでお知らせします。」

 ところで尾木氏はどこかでこの俵氏のメーリス発言を知ったのでしょう。自身のブログ上でこの件について次のように反論しています。

 「びっくり!!・尾木氏までが自民党・安部政権の教育再生政策にすり寄ったということで、大変重大であり、憂慮すべことで、無視できない情報なのでお知らせします。

 子どもと教科書全国ネット21/こんなメーリスが送信されているようです。/読んだ人はびっくりしています。/当の私はもっと驚いています/第一に、こんな内容話すわけがないし、講義内容の確認もしないで主催が/載せるとは無責任甚だしい。/第二に、いかに引用とは言え、私への確認もしないで、メーリスに流すとは/これまたいかがなものか。ネットにアップすれば、世界中に次々流れること/ご存知ないのでしょうか!? いかにも軽率ではないでしょうか!?/私は送信者の名前は伏せます。

 尾木ママブログの皆さん/ネットの噂は恐ろしいですね…/なりすまし被害には会いましたが、これもそんなに私を信用していないのか。/どうして事実だとすればー情報を流すのか。私は悲しくなります。/私は今日初めて知りましたので、当然ですが自民党に対して、抗議、訂正を求めます。/おかしいな?あの人がいつもと反対のこというかな?/って思ったら/皆さん/その情報/本人確認もしないで流しますか?/当日はメディアも詰めかけておられました/映像も配信、TVカメラも回っていました。/こんなに我田引水の記事はどこも書いていませんよ。/だから、私にとっては青天の霹靂です。

 まぁ~せっかくいじめ問題の前進目指して、あらゆる人々と考え合おうとしているのに…/背後からバッサリ切られた心情です。/悲しくさみしいですね。/でも大津の子どもたちも/入試直前苦しい中奮闘しています!/尾木ママも一緒に頑張りますよ」(尾木直樹オフィシャルブログ 「事実確認してから情報流すべき」 2013-02-10)
*現在の文面は上記とは若干異なります。少し改稿したのでしょう。

 さらに以下は、その尾木氏の反論への昨日10日付けの俵義文氏の再反論的コメントです。

 「俵義文です。昨日、私が流した尾木直樹氏が自民党教育再生実行本部で講演した、/という情報について、尾木氏がブログで講演内容が事実ではないと書いています。/それを以下に紹介します。/(省略)/なぜ、本人に確認しないで流したのかという問い合わせをいただきましたので、/それについて、私の考えを以下に述べておきます。/私は尾木氏とは直接の親交はないので連絡先も知りませんので、/本人には確認していません。/私も自民党の記事を見たときにはびっくりしました。/自民党のHPは1月17日の記事であり、すでに3週間以上たっています。/もし、事実でないのなら、すでに尾木氏が自民党に抗議して削除されているであろう、/3週間も載っているというのは、事実と考えざるを得ない、という判断です。/それでも、私は、コメントの最初に『これが事実だとすれば』と書いています。/尾木氏のブログでは、なぜか、この『これが事実だとすれば』は引用されていません。」

 さて、尾木氏は上記の自身のブログで「こんな内容話すわけがない」と自民党のホームページに掲載されている同党教育再生実行本部での自身の講演の内容を否定した上で「当然ですが自民党に対して、抗議、訂正を求めます」とも記していますが、「抗議、訂正を求め」るまでもなく下記のニコニコ動画のサイトに当日の尾木氏の講演の模様がアップされており、私たちは尾木氏と俵氏のどちらの言い分が正しいのかを検証することができます(ニコニコ動画を視聴するためには登録(無料)が必要です)。

■H25/1/17 自由民主党【教育再生実行本部 いじめ問題対策分科会】(ニコニコ動画 2013年01月17日投稿)

 その動画を見るかぎり上記の自民党のホームページに掲載されている尾木氏の講演内容に関する記事に粉飾はありません。尾木氏は同講演でたしかに自民党の教育改革について「スピードが速くパンチ力がある」(19:02頃)と評価していますし、「いじめ防止対策基本法案は可能な限り早く成立させてほしい」(28:42頃)とも要望しています。また、「『心のノート』を使用した道徳教育を充実させる必要性」(34:55頃)についてもその旨語っています。この部分の尾木氏の発言は次のようなものです。

 「個々の教育の日常化ということ。心の教育、『心のノート』を使ったりとかそういう特別な時間も大事です。ぼくはいま道徳教育を大学で講義している専門家ですけれども道徳教育を世界で最も重視しているのは日本だと思います。直接道徳やそれからすべて、総合主義ともいいますけれども、すべての生活の中でも重視している国はないですね。日本だけなんですよ。」(34:55頃~)

 講演の全体を聞いてみて、尾木氏が誠実に語っていることを私は否定しませんが、「心のノート」についての認識は尾木氏は浅いようです。尾木氏は「心の教育」の重要性ということと、「『心のノート』を使用した道徳教育」の違いについて果たして認識しているのだろうかという疑問を持ちました。その違いを尾木氏は明確に認識していないのではないか。尾木氏はおそらく自民党教育再生実行本部での講演について次のように思っているのでしょう。「自分はくだんの講演では『心の教育』の重要性を語ったのであって、『心のノート』使用発言はその教授方法のひとつの応用としての例示でしかない」、と。そうした尾木氏の「心のノート」問題の非認識が自身のブログでの「こんな内容話すわけがない」発言になっているのでしょう。

 私たちは尾木氏の教育思想をもう少し注意深く注視する必要があるように思います(私にとっては尾木氏が自民党の教育再生実行本部の初会合に出席し、同党の教育改革を「「スピードが速くパンチ力がある」と評価している時点ですでにアウトですが)。「いじめ」問題について一応理のある発言をテレビや雑誌でしているからといって(この点についてはいわゆるリベラル・左派の側が付和雷同的な無節操さで尾木氏がテレビ、雑誌などでもてはやされる時流に乗って彼を同じくもてはやしてきたことにも大きな責任があります。たとえばしんぶん赤旗日曜版「教育評論家 尾木直樹さんに聞く」2012年8月5日号)、また30年の教員歴があるからといって、なにゆえに教育基本法は「公権力からの独立」(「教育は不当な支配に服さないこと」)を謳っているのか(現行法16条)。また、謳ってきたのか(旧法10条)。その精神を十分に理解しているとは限らないのです。尾木氏は「こんな内容話すわけがない」と否定する前に自身の考える「心のノート」問題についてのその認識、あるいは非認識を率直に語るべきでしょう。それが「現場」の教育をよく知る者の態度というべきものではないでしょうか。

 なお、「心のノート」についてはこれまでも次のような批判がありました。

 「心のノートは修身教科書の復活・現代版だ」「画一的・宗教的『徳目』による『心の支配』」「国家に忠実な『日本人』を作るための修身教科書」「差別・選別教育徹底のための道具」「女の子キャラクターが男の子キャラクターと比べて可愛らしく優しく語りかけたり、リボンを付けている点について『ジェンダー・イメージを固定化させる機能をもひそかに果たす』」(三宅晶子『「心のノート」を考える』p66)などなど。(ウィキペディア「心のノート」、「戦前の国定『修身』教科書復活につながる=文科省『心のノート』」)

(18)尾木直樹氏は変節してしまったのか?

尾木直樹氏は変節してしまったのだろうか。だとしたら、悲しい事である。(17)で登場する俵義文氏とは、何回か酒の席を含め、私は話をした事があります。ぶれない反権力の骨のある方です。

(19)教育基本法改悪

http://www.jinken.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97/%E9%98%BF%E9%83%A8%E6%B5%81-%E6%95%99%E8%82%B2%E5%86%8D%E7%94%9F-%E3%81%AF-%E6%94%B9%E6%82%AA%E6%95%99%E8%82%B2%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A0/

教育改革を掲げて第一次安倍政権が登場したのは2006年9月末のことでした。直後の10月には早くも首相の私的諮問機関として教育再生会議が設置され、12月には教育基本法が改悪されたのです。

 改悪法第2条は、徳目まがいの十数箇の一覧表を掲げています。とりわけ、日本の「伝統と文化を尊重し」「わが国と郷土を愛する…態度を養う」としているところが注目されたのでした。「従軍慰安婦」の問題をはじめ、かっての侵略戦争を「自存自衛」の戦争として肯定するような愛国心を国民に押し付けるものに他なりません。

 また、「教育の機会均等条項」(第3条)は、47年教育基本法では「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける」とされていたのが、「能力に応じた」とされました。それぞれの能力を固定的にとらえ、競争原理に基づいて、ひとりひとりを序列化し、企業社会が求めるエリートを養成しようというのです。

 さらには、「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って」行なわれなければならないとあったのが、「教育は、不当な支配に服することなくこの法律および、他の法律の定めるところにより行わるべきものであり」、そのため「教育行政」が、「公正かつ適切に行われなければならない」としています。個々の教師がおこなう教育を〝国民全体への奉仕〟から、〝行政主導〟へと転換させたことが注目されるところです。

(20)自民党教育再生実行本部「中間報告」を見る

http://www.jinken.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97/%E9%98%BF%E9%83%A8%E6%B5%81-%E6%95%99%E8%82%B2%E5%86%8D%E7%94%9F-%E3%81%AF-%E6%94%B9%E6%82%AA%E6%95%99%E8%82%B2%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A0/

 2012年9月、安倍自民党総裁が誕生すると、その直後の10月には総裁直属の「教育再生実行本部」が設置されました。毎週会議が開かれるなど、急ピッチで論議がすすめられたといいます。11月16日には、早くも「中間まとめ」が発表されました。そして、その提言の多くは、昨年12月に行なわれた総選挙に際して、自民党の公約に取りいれられたのでした。安倍首相の経済政策が「アべノミクス」と称されるのに対して、教育については「アべ」と「エデュケーション」をひっかけて「アべデュケーション」などといわれ始めていますが、この「中間まとめ」こそ、そのアベデュケーションの主柱をなすものといえるでしょう。

 では、その「中間まとめ」とは、どのようなものか。

 まず、「子どもの成長に応じた柔軟な教育システムヘ」として、現行の6・3・3・4制の見直しにより「平成の学制大改革」を行なうとしています。多様な選択を可能にするというのですが、つまりはとび級制度を導入してエリートを養成しようということに他なりません。

 それは、「質・量ともに世界トップレベルの大学強化などを行う」とした政策に、はっきりと表れています。高校在学中から、何度も挑戦できる達成度テストを創設するなど、大学入試を大幅に変えるとしているからです。

 また、「いじめ問題でも露呈した現行の無責任な教育行政システムを是正する」としています。いま多くの国民が関心をもつ「いじめ問題」を利用して、地方自治体の首長が任命権をもつ教育長を、教育委員会の責任者にしようというのです。

 戦後、教育委員会公選制により、地域の実態に即した教育がめざされました。その後、地方自治体の首長による教育委員の任命制に変わりましたが、それでも制度としては、複数の非常勤の委員による合議制は維持されてきたのです。つまり教育長は、教育委員会の事務局の責任者でしかありませんでした。ところがその教育長が責任者になれば、首長の悉意的な教育政策がそのまま教育委員会の政策になりかねないといえるでしょう。首長が代わるたびに政策が変わるのでは、そのつど翻弄されるのは子どもたちや学校です。

 さらに大きな問題は、「子供たちに日本の伝統文化に誇りを持てる教科書を」としていることがあげられます。教育基本法が「改正」され、新しい学習指導要領が定められたのに、いまだに自虐史観や偏向した記述の教科書が多いとして、「教科書検定基準」を抜本的に見直すとしているのです。しかも、第二次世界大戦で侵略したアジア諸国に配慮して設けられた「近隣諸国条項」も見直すというのです。これらの提言が、先に見た改悪教育基本法の具体化であることはいうまでもないでしょう。

(21)教育再生実行会議の提言 「いじめ問題等への対応について」

http://www.jinken.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97/%E9%98%BF%E9%83%A8%E6%B5%81-%E6%95%99%E8%82%B2%E5%86%8D%E7%94%9F-%E3%81%AF-%E6%94%B9%E6%82%AA%E6%95%99%E8%82%B2%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E6%B3%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A0/

 2013年2月26日、教育再生実行会議は、「いじめ問題等への対応について(第一次提言)」を発表しました。ここにも、自民党教育再生実行本部「中間まとめ」の考えが、色濃く表れているのです。

 その柱のひとつに、「道徳教育の教科化」があげられています。もちろん交通道徳のように、それを守らなければ重大な事故に遭遇しかねないということはあるでしょう。しかし、道徳観というのは、家庭やその個人が属する集団によって異なることもあり、むしろ多様な価値観への寛容こそが求められる領域です。それが教科化され、価値観が「右へならへ」というように一律化されることで、かえつて「いじめ問題」に名を借りて、「愛国心」の洒養という方向に収赦されるのではないかと危倶されます。

 もうひとつの柱は、「社会総がかりでいじめに対峠していくための法律の制定」です。自民党教育再生実行本部の「中間まとめ」では、「いじめ防止対策基本法」とされていました。

 しかし、いま日常化している「いじめ」は、報道されているような犯罪に該当する特別な場合を除けば、「からかいや冷やかし」、「遊ぶふりをしてたたいたり蹴ったりする」、「仲間外れや集団により無視される」といったものが大半で、そのことは、文科省も認めているところです。法が制定されたからといって、こうした「いじめ」がなくなるという保障はどこにもありません。人が集まるところ、何となくウマが合わないということはいくらでもあります。そこの処理いかんによって差別意識が形づくられ、「いじめ」につながることもあるからです。

 さらには、「学校、家庭、地域、全ての関係者が一丸となって、いじめに向き合う責任のある体制を築く」といいます。しかし、その実態は、加害児童・生徒への出席停止、警察への通報と連携、第三者的組織による解決というもので、総じていえば、家庭、学校、地域総ぐるみの監視と罰則の強化ということに他なりません。これで「いじめ問題」が解決するといえるのでしょうか。

 そうではなくて、国民に等しく保障された幸福な生活を営む権利を、国民ひとりひとりの心深くまで押し広め、そのような権利感情を培う教育こそ、いま喫緊の課題といわねばなりません。

 こうみてくると、安倍流「教育再生」は、改悪教育基本法の実質化を狙ったものであることは明らかといえるでしょう。これに抗して、今後とも論議を巻き起こすとともに、こういう方向に反対する国民的運動へと発展させることこそがいま求められているのです。

(22)下村博文文科相 教育勅語を美化

下村博文文科相は2014年4月8日の記者会見で、戦前の天皇制のもとで国民を戦争に動員する教育の基本原理となった「教育勅語」の原本が約50年ぶりに確認されたことに関し、「活用のされ方ということについて軍国主義教育のさらなる推進の象徴のように使われたことが問題だと思う。教育勅語の中身そのものはまっとうなことが書かれている」とのべ、教育勅語を美化する暴言をはきました。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-04-09/2014040901_04_1.html

「軍国主義教育の象徴のように使われた」ではなく、「軍国主義の象徴」そのものだったのです。

(23)「道徳」の教科化案

文部科学省は小中学校の「道徳」を「特別の教科」(道徳科)にするため、学校での教育内容などを示した学習指導要領を改定する案を発表しました。「道徳」が教科化されると、国が定めた基準でつくられた検定教科書を使い、国の定めた観点で子どもたちを「評価」することになります。道徳への国家統制を強める方向です。

(24)「道徳」の教科化案への批判

 村野瀬玲奈氏は「道徳」の教科化案を次のように批判した。

道徳の教科化、評価対象化は、国民を国家に従属させようとやっきになっている現在の自民党政権下では特に、長期的に見て最悪の弊害が大きくなるでしょう。自民党による日本国民の奴隷化、と私は表現します。

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-6332.html

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↑画像:東京新聞2月22日付

「戦前回帰的な性格を帯びる安倍政権下で進む道徳教科化を危惧する。国への忠誠を迫る誤った愛国心教育が再び悲劇につながるような事態を許してはならない」【琉球新報】<社説>道徳教科化 「愛国心」強制に歯止めを

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-238462-storytopic-11.html

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↑画像:息苦しいだけの「道徳」(東京新聞3月3日投稿欄)

 道徳教科化指導要領改定案を読んだ。「集団や社会との関わりに関する事」を子供に強制するのは、個人より国や全体を優先する全体主義につながりかねないと危ぶんでいる。ただでさえ、日本では空気…

(25) 不正献金の下村文科相、日本の子どもに愛国心強制しながら息子は小学校から英国へ

http://lite-ra.com/2015/02/post-901.html

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↑画像:下村博文

 「週刊文春」(文藝春秋)で違法献金を報道された下村博文文科相だが、本人は強気の姿勢を崩していない。「法のルールに則って処理している」と強弁し、文春の報道を「一方的な誹謗中傷」と決めつけ、追及した民主党議員に「非常に失礼なことを言いましたね。訂正してください」と逆ギレする始末。

 だが、下村大臣の金集めは明らかに違法だ。政治団体の届け出をしていない全国6団体以上の後援会で金を集めさせ、その団体から講演料などを裏金として受け取っていた。さらに、この後援会「博友会」には逮捕歴や実刑判決を受けている複数の暴力団関係者まで入り込んでいた。そんな真っ黒な状況で潔白を主張するのだから、下村大臣の神経の図太さには唖然とさせられるではないか。

 しかし、二枚舌を駆使して、表の顔と裏の顔を使い分け、言ってることとやってることがまったくちがうのが、この政治家の特徴なのだ。

 それは、下村大臣がライフワークと自認する教育政策にまさに表れている。安倍首相のオトモダチで、ゴリゴリの右派である下村氏は、これまで一貫して愛国教育の重要性を主張してきた。

 教育勅語にある「よく忠に励みよく孝を尽くし、国中の全ての者がみな心一つにして」という意味の文言を「日本の国柄を表している」と絶賛し、「万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気を奮い一身を捧げ」の部分を「わが国が危機にあった時、みんなで国を守っていくという姿勢は当たり前」と述べたこともある。

 実際、第二次安倍政権の文科相として、その愛国心教育を徹底する政策を次々と打ち出してきた。2013年には「教科書改革実行プラン」を発表し、愛国心を養うなど教育基本法の趣旨に反した教科書は不合格とする、検定申請時に教科書会社が編集方針をまとめて文科省に提出する書類にどの程度教育基本法の趣旨を反映しているかを明示させる、などの方針を打ち出した。

 さらに、2014年には道徳を「特別の教科」へと格上げし、真っ赤な嘘であることがわかっている「江戸しぐさ」やアパルトヘイトを称賛する曽野綾子を取り上げた「私たちの道徳」を教材として学校に配布した。しかも、この道徳の教材を、学校に置きっぱなしにせずうちに持ち帰っているか調査させる通知まで出した。

 まさに、「私」を捨て、その身を「国」に捧げることのできる日本人を育てようとしているわけだが、しかし、その下村大臣は自分の子どもにはまったくちがう教育を受けさせている。なんと、長男は小学校からずっとイギリスの学校に通い、今もイギリスの大学で学んでいるのだ。

 下村大臣は著書『下村博文の教育立国論』(河出書房新社)で、その事実を自ら明かしている。というか、美談として自慢げに語っている。同書によると、下村大臣の長男は小学校4年のときにディスレクシア(学習障害)であることがわかったのだという。そこで、下村氏が学習障害に合った教育支援に取り組み、学習障害を差別せずに社会全体で受け止めているイギリスに着目。小学6年生からウェールズ州の全寮制の学校に入れることを決める。
 
 その結果、長男はコンプレックスから解放され、のびのびと自分の才能を発揮できる場所を見つけ、ロンドンの美術大学(University Arts of London)に進学。今はこんな夢を語るまでになったという。

 「自分の考えを絵にしたい。絵なら自分を表現できるし、人に自分の考えを伝えられる。コミュニケーションもとれる。絵やイラストレーションで、とくにファッションをいうコンテンツに絞って、生計を立てていきたい」

 言っておくが、長男をイギリスに留学させた、そのこと自体を責めているわけではない。むしろ、ひとりひとりの個性を尊重するイギリスの自由な教育に出会った結果、長男が学習障害を乗り越えたのは、とても喜ばしいと思う。

 下村大臣が問題なのは、自分の子どもにはそういう機会を与えながら、日本では真逆の教育政策を進めていることだ。今、安倍政権下で下村大臣がやろうとしているのは、教科書改革実行プランなどに見られる国家主義的な「思想統制」、
道徳の教科化に見られる新保守主義的な「人格統制」、
全国学力テストの学校別結果公表や大学入試改革に見られる成果主義的な「教育統制」、学校現場・教職員の管理主義的な「行政的統制」……ひとりひとりの個性にあった居場所を見つけさせるどころか、国家による統制教育と管理なのだ。

 しかも、下村大臣は「江戸しぐさ」や「親学」などのトンデモ理論の旗ふり役もつとめている。とくに親学は “子どもを産んだら母親が傍にいて育てないと発達障害になる。だから仕事をせずに家にいろ”という科学的にはなんの根拠もないことをふりかざす差別的な教育理論だが、下村大臣はこの親学推進議員連盟の事務局長まで務め、2012年5月のブログ(現在は削除済み)では、〈そもそも発達障害にならないためには、赤ちゃんの時からテレビを見せ続けないことや、これまでの伝統的育児をすることだが、今の若い親はそういう方法を知らないし教えられていない〉と発言。「障害者差別だ」という批判コメントが殺到して大炎上したこともある。

 自分の子どもは親元から離れたイギリスにやって、自由な教育を受けさせたことで障害を乗り越えたのに、日本では親がそばにいないと発達障害になると脅し、根拠のない江戸しぐさを強制しているのである。

言っていることとやっていることがちがうのは、こうした点だけではない。

 下村大臣は同書の中で「貧困家庭の子供は教育を受けられない。ディスレクシアやできない子のレッテルが貼られる」といい、さまざまな子どもがそれぞれの事情に応じて教育を受けられる制度の整備、そして貧困が生み出す教育格差をなくすことを主張している。

 その言やよしだが、しかしこれも、下村文科相が今、教育行政でやっていることはまったく逆なのだ。小中一貫教育の制度化、塾や教育産業の学校経営促進、さらには公立学校の運営を民間に委託する計画まで。ようするに、公教育は最低限にとどめ、充実した教育を受けたければ金を払え、といわんばかりの教育改革を推し進め、「教育機会の制度的格差」をさらにエスカレートさせているのである。

 そして、裏ではこの制度格差化で恩恵を得る塾や教育産業から、違法な団体を使って献金をかき集める──。これが下村大臣のやっていることなのだ。これでは「教育を食い物にしている」と批判されるのも当然だろう。

 こんな文部科学大臣はすぐにでも退場してほしいものだが、官邸は西川農水相のケースとはちがい、下村文科相のことはなんとしてでも守る方針のようだ。

 「安倍首相にとって、下村さんがもっとも親しいオトモダチであることはもちろんですが、もうひとつは、安倍首相自身にも同様の政治団体の届け出をしていない『安晋会』という後援会組織の疑惑があるからです。下村さんを辞任させたら、自分にも飛び火しかねない。この疑惑はメディアへの圧力を総動員して、つぶしにかかるでしょう」(全国紙政治部記者)

 「週刊文春」は来週、第2弾を用意しているともいわれているが、新聞・テレビははたして圧力に屈せずに疑惑追及ができるのだろうか。これはもしかすると、日本の教育の未来にとって分水嶺になるかもしれない。(野尻民夫)

(26)道徳心のない奴らが推進する特設「道徳」の教科化を許していいのか?

いいわけがない! 「道徳」の教科化案 断固 粉砕!

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