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4943.神武東征は九州で完結しています<九州は日本の原点 PART11>

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↑画像 2022年正月・晴れ着<振り袖>特集19 乃木坂46 筒井あやめ 出典はこちら

(1)神武東征は九州で完結しています

 {4942.ヤタガラス伝説は英彦山が発祥!?<九州は日本の原点 PART10>}などの続きです。最近UPされた記事の多くがいいね0の状況です。拡散の為にご協力賜れれば幸いです。よろしくお願い申し上げます。

 現在の歴史教育では実在が疑われている神武天皇は実在していました。しかし即位したのはB.C660年ではありません。神武東征もありました。しかし大和国<現在の奈良県>には入っていません。神武東征は九州で完結しています。

(2)「神武は筑豊に東征した!」福永晋三}から抜粋

https://youtu.be/zfWYmfHj0lU
↑動画 「神武は筑豊に東征した!」福永晋三 64,116 回視聴2014/04/27

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↑画像 「神武は筑豊に東征した!」福永晋三

 「[倭の五王]」も、こっちの「水沼の皇都」にいらしたんです。日本の古代史、上代史はみんな書き換えなきゃいけない。だから日本史の教科書がいかに「嘘」を教えてきたか、わかりますでしょう?戦前の神話教育も一方では良かったけど、みんな神武も教えてくれたし、神功さんも教えてくれた。しかし、場所が全部まずかった。これを全部「福岡県の歴史」だって言ってくれれば問題なかった。ここからですね、もうボロボロボロボロですね、地名のあちこちが出てくるわけなんですね。

 それでまず、『越境としての古代6』に「神武は筑豊に東征した」ってのを書きました。その中で、大正9年でしたかね?発行の『[鞍手郡誌]』というのがありましてね。その『鞍手郡誌』にですね、色んな地名がたくさん書いてありましてね。神武がどこをどう行ったかという、細かいルートが全部書いてあったんです。その中には例の「[立岩遺跡]」も出てきます。立岩に神武は寄って、ここで天祖を祀ったとかですね、色んな記録が書いてあります。

 更にですね、私が自分で探し出したのに、「[求菩提山](くぼてさん)の縁起」があります。みなさん神武天皇が、何となく、その[宇佐]に上陸したってのはご存知ですよね?古田さんも神武の出発地は、筑紫・[前原](まえばる)の辺りだって言いましたよね?宇佐まで廻ったって言いましたよね?これ、みなさんご存知ですね?

 ところがですね、『鞍手郡誌』もそうだったんですが、古田さんもそうだったんですが、そうやって福岡県をある程度、あちこちあちこち動き回るんですが、『鞍手郡誌』の編者も最終的にはですね、やっぱり瀬戸内海通して「東の大和」にやっちゃうんです。『日本書紀』の最大の「改竄」、「嘘」はここだけだったんですよ。神武は実は、瀬戸内海を渡っていない。

 なぜなら彼が倭の「初代王」なんですから。「倭」が福岡県下にあったんなら、彼は「福岡県内」に留まったんです。あの香春一ノ岳の麓に宮を建てたんです、「橿原宮」。だから、神武は決して向こうに行ってない。そういったことが『日本書紀』の端々を、全部編成し直して、そこに書かれてある地名を全部読み取っていったら、「全部こっちの地名」だったんです。「熊野」から何から、全部そうだったんです。

 そして日本書紀では知られていない有名な場所も、次から次にわかったわけですね。(*省略)日本書紀の中に出てきます、「[天磐盾]」(あまのいわたて)に登るというお話がございます。<[熊野の神邑](みわのむら)に至り、且ち天磐盾に登る>という、そういう一句があるんですね。日本書紀、お読みになればわかると思いますが。それを今までは、みなさんがご存じの通り「洗脳」されてきましたように、みなさん全部向こうの[熊野大社]辺り思われてあるわけでしょう?

 あっちの熊野、和歌山の端っこの、[紀伊半島]の所ですよね?あそこから[熊野古道]というのがあって、あそこを通ったと、みなさん思われてあるわけですよね?古田さんも麗々しく行っちゃったわけです。「神武の来た道!」なんて。「大嘘」です。あれがそもそも「大間違い」です。熊野はどこか?「飯塚市」です。立岩遺跡のすぐそばに、「熊野神社」があります。そこの古い場所を「熊野の崎」って言いました。「熊野の岬」です。

 だから、あそこまで海が入り込んでたんです。その高い所に建ってた熊野神社さん、その熊野神社さんの境内に行かれたらすぐわかります。神武天皇がやって来られたと。その時にあの例の[土蜘蛛]とか何とか連中が騒いだんで、それであれは[手力雄命](たぢからおのみこと)が霊となって現れてきて、それで大きな岩をちぎっては投げ、ちぎっては投げして、賊を退治したという、まぁムチャクチャな話が書いてあるんですけどね。

 でも、神武天皇は来たって書いてある。鞍手郡誌に採られたのが「[射手引神社]」という神社さんの神社誌なんですが、そこの中にもう、地名がもう50ぐらい並ぶんですね。「ここ行った。あそこ行った。ここ行った」と。それでじゃあ、少しずつ紹介していきますと、まず神武はですね、[第一次東征]の時にはですね、[前原]辺りを出発しまして、そして私が言いますように古遠賀湾に直接入り込んで、それで相手の[長髄彦](ながすねひこ)、これはまぁ[倭奴国](いぬこく)と言う国なんですけどね、あの「[金印]の国」なんですが。

 それをやっつけようとした。しかし、第一次東征では兄ちゃんの[五瀬命]が、これが敵の矢に当たって負傷して、撤退してしまうわけですね。撤退して、「[草香江]」に戻るわけです。この草香江というのが、「[草香津]」ですね、これが[博多]にちゃんとありますね。「草香江」が。あの「[住吉神社]」のすぐ西側です。あれ、鎌倉時代まで「草香江」って書いてある。「草香の入江」です。神武はあそこまで戻ってくるんです。

 一度負けたから筑紫に帰って来るんです。日本書紀、そう書いてないでしょう?鞍手郡誌、そう書いてあるんです。「[射手引神社社伝]」。負けたから草香江に戻ってきましたよと。そして[宝満山]、[竈山](かまどやま)に入る。あれ、竈山って言いますね?竈山に神社ありますね?ところが、日本書紀は今まであれを和歌山県の和歌山市ですか?あそこの、竈山(かまやま)って読ましてましたよね?あの「竈」という字は、一字でも「かまど」って読むんです、実は。

 だから竈山(かまどやま)に帰ってきたんです、宝満山。そこで五瀬命が亡くなっちゃって、かわいそうに。これも誰かに探して欲しいんですがね、五瀬命の墓、宝満山のどっかにありますよ。絶対ありますよ、間違いなければ。さぁ、そこで彼は最初に負けてしまったから、ここで5年間ですか?再軍備するんです。一生懸命。それで自分たちは日神(ひのかみ)の子孫でありながら、日に向かって戦ったから負けたんだと。

 だから、今度は敵を日を背にして、つまり相手を西に置いて戦おうっていうのが神武の神策ですよね?これで[第二次東征]を始めるわけです。
私が初めて分析したんです。最初に負けたやつが「第一次東征」だよと。で、一旦筑紫に帰る。「第二次東征」、また出てくるんです。この時の第二次東征が[菟狹](うさ)の宮に入るわけです。宇佐に入って、そこから[駅館川](やっかんがわ)を遡って、これも鞍手郡誌、つまり射手引神社社伝に書いてあるんですが、[守実](もりざね)という所、大分県[山国]にあるんですがね、[中津市]の所に。

 先週、久留米大学の講演が終わってからですね、それから一週間今日まで、ずーっと豊後の方走り回ってたんです。全部、山国まで行ってきたんです。これはまぁ、新しいお話ですが、(*省略)この神武天皇紀の所に、吉野の[国樔人]が出てくるわけです。「吉野の国樔人」。ご存知ですね?律令時代になっても贄物(にえもの)を捧げて(*不明)を過ごしたという部族ですがね。

 この吉野の国樔人とか、阿太の養鸕(うかい)等が祖(おや)とかですね、こういう連中と会うわけですが、最初この本を出した時にはですね、その吉野の場所と、それから吉野の国樔という人々は、どこにいたか?ってわかんなかったんです。これは日本書紀が結局、順番を書き換えていたから、わかんなかったんですね。それで菟狹、宇佐に来たことはわかってます。宇佐から[英彦山](ひこさん)を越える前に、実は西へ西へ向かったんですね。

 今日私また、[中津]のホテルから[久留米]までやって来ましたけど、実はあの通り沿いです。あの通り沿いに神武天皇、こう西へ行くわけです。西に行った所に実は「くず」という場所があるんですね。もう、おわかりでしょう?大分県の「[玖珠]」(くす)です。あれが「[国樔]」です。で、先ほど言った守実ですね、今の[山国町]ですが、[中津市]の。あそこに実は「[吉野]」という字名があるんです。英彦山の南なんです。英彦山を下りてきた所。

 そこに、[応神紀]の中にですね、<[吉野宮]に幸す~>という一節があるんです。そうしたらですね、神武の所に出てきた吉野の国樔人が、毎年は朝貢出来なかったけども、それからは度々、ちょくちょく来るようになったんだと書いてあるですよ。この時の都が、[大芝さん]や私なんかが言うように、その都が、豊前の都であれば、さっきみたいに香春の神武が始めた都ですからね、邪馬台国の都ですからね、一つの。

 この近辺に、とにかくあると。その都から英彦山を越えて、吉野の離宮に入り込んだ。それが吉野宮だと。それが大分県の山国町の吉野であった時に、そこに「若八幡」という神社があるんですね。行ってきました。田舎の神社にしちゃあ、やっぱり贅沢ですよ。両サイドに石垣があるんですよ。「何、この参道?」ちな感じで。宮居は小さいです。でも前をやっぱり、[山国川]が流れてましてね。だから、田んぼも開けてましたし、離宮で帝が食事をされる分には充分に、やっぱりその辺りの土地の物で賄えますね。

 そういう場所にありました。行って驚きました、「何だ、この石垣は?」両サイドに石垣があるんですね。多分、その所にやっぱりこう、衛兵が立ってて、すぐ簡単には通せないようになってたんでしょうね。で、地元の人がやっぱり吉野にあるから、若八幡とは言わないで、丁度近くの郵便局にいたおばさんに聞いたら、「あの、若八幡行きたいんですけど?」って言ったら、「あぁ、吉野宮のことでしょう?

 もう、おばさんが嬉しいこと言うんですね。「吉野宮」っち言うんですよ。吉野にある別所宮っち言うんです(笑)。「え!?お、お母さん今なんて言いました?」っちな感じで。「吉野宮でしょ?」って言うから、「はぁ、そうですが…」っちな感じで(笑)。だからそれで、おばさんに頼んでビデオ撮ってきたんですけどね、音声だけね。「私たちは吉野宮って呼んでます」っちな感じで。当たったんです。だから、その応神紀に書かれてある吉野宮を中心にして国樔人の場所を書いてあるんですよね、神武紀には。

 で、みなさん「じゅず」、ここお寺さんだからわかりますね?「じゅず」っていう漢字、思い浮かべられます?字、どっちが先に来ても良いです(数珠/珠数)。どっちにしても「じゅず」と読んだり、「ずず」と読んだりするんです。じゃあ、あの「珠」(しゅ)という字は「ず」と読むんですよ。仏教の世界がちゃんと証明してくれてる。だからあの、「玖珠」(くす)というのは、当然神武の時代には「くじゅ」って呼ばれてたんですよ、「玖珠」(くじゅ)ですよ。

 久留米の方、どうか知りませんけど、私筑豊の出身ですけどね。僕ら福岡県人って変な発音するでしょ?私、國學院大學に行って、国語学の授業の時に、先生がね、「ここに、九州出身の人おらんですか?」っちいうような感じでね、言われてね。それで、「あなたの田舎では、「先生」ってどう発音しますか?」って、わざと嫌がらせに言うんですね。「しぇんしぇ」っち言うんです。

 そしたらもう、東京の同級生が「ワァーーー(拍手)」。人馬鹿にしてですね。そうですよ、このインテグラル[ʃ]の世界ですよ、ここ。「しゃ・しぃ・しゅ・しぇ・しょ」なんです。「さ・し・す・せ・そ」が。じゃ、当然「ざ・じ・ず・ぜ・ぞ」って濁った時は、「じゃ・じぃ・じゅ・じぇ・じょ」なんです。だから「くじゅ」で良いんです。だからあの近くは、[玖珠郡]の近くには、「[九重山]」(くじゅうざん)があったり、「[九重]」の町があったりするわけでしょ?

 字が替わったって、みんな「くじゅ」じゃないですか?だから、あれが吉野の「国樔」の本拠地だったんですよ。あそこ、地形変わりようないんですね。「[伐株山]」(きりかぶやま)がある所、[玖珠盆地]。あれはもう、太古から変わらないんです。あのテーブルマウンテン。そして大宰府からは「[久須評]」(くすひょう)という、あの「[郡評論争]」の話題にもある「久須評」というのが、古くからありますよね?あれこそ多分、九州王朝の行政区域だと思いますがね。

 そこだけ玖珠というのは、やっぱり歴史古いわけですよ。これで「吉野の国樔」が揃っちゃったわけです。大分県で。そこ一生懸命、暑い中走り回ったんです。ブーっと飛ばして。そしたら、そのちょうど吉野宮、山国からですね、玖珠までね、今でもちゃんと道路が川沿いに通ってるんですね。「あぁ、神武がこれ来たんかなぁ」と思いながら走ってましたけどね。あんまりよそ見してたら事故会っちゃうから、しょうがないから前向いてましたけど(笑)。

 はい、また出しましたよ、「吉野=大分県中津市[山国町]」。「国樔=大分県玖珠郡[玖珠町]」です。また地名ですよ、ほら?多分信用されてないと思いますけど、これから書くんです。吉野宮は確定できたわけです。何が変わってくるんですか?「[壬申の乱]」は、やっぱり奈良県で起きてないんです。こっちで起きてるんです。じゃあもう一つ戻りましょう、さっきのお話です。[天智]の[近江京]、どこにあったんですか?天智の近江京?ほら…ね?

 琵琶湖じゃないんですよ。あの古田さんみたいに、通説にホイホイ乗っかっちゃいかんのですよ。古遠賀湾の北の方です。今「[岩瀬]」([中間市])という地名があります。この前行って、確認取ってきました。大体あの辺りです。あれが天智の近江京です。ほら、「[近江]」という地名一つでも、こうやって出てくるんですよ。あの岩瀬辺りから山国町までだったら、当時の交通機関、つまり足ですけどね。やっぱ急行2日半ですよ。歩いて行ったら、距離から行ったら。

 あそこ玖珠ってのは昔は道細いですよ。だから、天智の近江京から軍隊を派遣したって、あそこに入り込んだらもう地の利の有利で、[天武]・[大海人皇子]は簡単にはやっつけられないんです。だから良い所に逃げ込んだんです。あそこに入ったら、英彦山越えるの大変ですもん。せいぜい軍船出して、こっちから回ってきて、山国川上ろうとしたって、途中にやっぱ、ちょっと構えちゃえばもうすぐに敵、撃滅出来ますからね。

(3)八咫烏 熊野 賀茂氏 クロカモ

 熊野三山を訪れると、社にはヤタガラスの姿をたくさん見る事ができます。一つ前の記事のタイトルの通り、ヤタガラス伝説は九州にある英彦山がその発祥地なのですが、多くの方々は熊野がその発祥地と考えている様です。

 戦国時代の紀伊国の雑賀衆の鈴木家の家紋と旗印に、ヤタガラスがあしらわれていました。現代において、ヤタガラスは、勝利の導き役としてサッカーワールドカップ日本代表のエンブレムに使用された事は多くの方々がご存知の事と拝察致します。

866.ナチス❤シオニスト(6)八咫烏 日本サッカー協会のシンボル
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1137.html

 「807.2017年衆議院選挙の勝利者はロシアか?」の「(7)南極の地下に迄到達する地下ルート」に、「日本の和歌山県南部と三重県南部にまたがる熊野地方の地下施設が世界の地下施設の中枢」という記述があります。

 八咫烏は賀茂氏の始祖である賀茂建角身命(かもたけつねのみこと)とされています。wikiに「八咫烏 (結社)」という項目があります。その冒頭に「八咫烏(やたがらす)とは古代氏族の賀茂氏の一部が日本における神道、陰陽道、宮中祭祀を裏で仕切っているとされる組織。正式名称は八咫烏陰陽道。飛鳥昭雄、白峰、古歩道ベンジャミン、三神たける、中矢伸一、RAPTなどが存在を主張している。」と書いてあります。

 拙ブログで時々出てくる「クロカモ」という言葉は、その賀茂氏をはじめ天台宗の僧侶や裏で悪事を働く企業などの雑多な集団であり、123便事件の首謀者側であり、地下施設も仕切っている組織です。一時期拙ブログでは、「123便事件の首謀者側<裏天皇・尾張徳川・天台宗・クロカモ・八咫烏・国営テロ集団系企業、国内騒乱を希求する企業>」という表現を使用していました。<>内のクロカモを除く言葉がクロカモの主な構成要素です。

4255.ロスチャイルドは123便事件真相究明活動家に資金提供してきました。<本丸はロスチャイルドではなくクロカモ! PART3>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-4835.html

560.津久井やまゆり園殺傷事件<相模原殺傷事件>は、八咫烏・ 裏天皇・クロカモ系による自作自演テロ<偽旗テロ>の可能性が高いのではないか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-781.html

(4)薬漬けの輸入バナナ











(5)健康のために食べていたのに残念です











(6)九州は日本の原点シリーズ

4943.神武東征は九州で完結しています<九州は日本の原点 PART11>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-5573.html

4942.ヤタガラス伝説は英彦山が発祥!?<九州は日本の原点 PART10>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-5572.html

4941.天智天皇と天武天皇は兄弟ではない!<九州は日本の原点 PART9>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-5571.html

4940.九州は日本の原点 PART8 
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-5570.html

2621.隠された京都の本当の姿<九州は日本の原点 PART7>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-3135.html

2620.柿本人麻呂の子孫は佐賀県在住<九州は日本の原点 PART6>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-3134.html

2619.九州は日本の原点 PART5
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-3133.html

2609.九州は日本の原点 PART4
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-3122.html

1839.「九州は日本の原点」シリーズを止めろという脅しかもしれません<拍手+いいね=33>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-2246.html

1835.東電福島第一原発で大量蒸気が噴出! 九州の鶴岡八幡神社の不審火  <九州は日本の原点 PART3 徳川呪詛TOWN川越の桜 2019 PART4><拍手+いいね=35>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-2242.html

1814.九州は日本の原点 PART2<拍手+いいね=58>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-2216.html

1435.九州は日本の原点<拍手+いいね=38>
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1782.html


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