383.下山事件に白洲次郎が関与したのか?

Bvd5VFtCYAEO1eK.jpg
↑画像:2014年8月 広島市安佐南区

(1)広島市土砂災害

 フジテレビ系(FNN) 8月23日(土)1時20分配信のニュースによれば、広島市で20日に起きた土砂災害による死者は40人、安否不明者は47人となった。 広島市安佐南区では、懸命な捜索活動が続いている。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20140823-00000181-fnn-soci

「ここまで事態が悪化しているのに安倍晋三は」と言う話題は最近よくしている。8月22日の日刊ゲンダイは、一つ前の記事382番で批判した読売新聞とNHKと違い、きちんと安倍晋三を批判した。あっぱれである。なお、382番の記事をお読みになりたい方はこちら

思えば、安倍晋三は、今月前半も同じような有様だった。台風11号は2014年8月10日、高知県に上陸して西日本を縦断、北陸沖を経て日本海に進んだ。お盆休みの行楽客や帰省客らを「直撃」した台風は各地に大雨被害をもたらし、台風の影響とみられる死者は11日までに計10人。行方不明者は2人となった。避難勧告・指示の対象も130万人以上に上るなど「大災害」に発展する恐れがあった中で、ノンビリと夏休みを楽しんでいたのが安倍首相だ。その時の写真がこれ。

stt12111818010007-p8.jpg

現在、広島市安佐南区で懸命に救出活動をしている自衛隊員の引き締まった頼もしい顔つきに比べると、何とも弛緩しきった幼稚な顔つきをしている。

000033032_640.jpg
↑画像:広島市安佐南区で懸命に救出活動をしている自衛隊員

8月21日、安倍晋三は、別荘でのんびりとランチを楽しんで、午後2時近くになってようやく重い腰を上げて東京に戻り、夕方4時3分から18分まで、たった15分間、形だけの「関係省庁災害対策会議」を開いてアリバイ作りに励んだ。下のリンク先「平成26年8月21日 8月15日からの大雨に係る関係省庁災害対策会議」をみただけでは、たった15分間とは誰も考えないだろう。話し合った時間をきちんと書くべきである!

http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201408/21ooametaisaku.html

 多くの新聞が、「首相、夏休み切上げて公務復帰」とさも立派な首相であると言いたげな見出しを掲げた。腐りきったる御用マスコミどもめ!たった15分間、形だけの「関係省庁災害対策会議」を開催してアリバイ作りをしただけ。これが「公務」かよ? ふざけるな!

我々の世界で何かあれば、休暇中の校長はすぐ休暇を切り上げて、職場に駆けつけますよ。だから、学校現場で何かあると、できるだけ早く校長がマスコミを相手に語ったりするでしょう。校長が海外にいるとか病気の場合は、副校長・教頭が対応しますけど。そうした私たちの世界の常識から言っても、この安倍晋三と言う男が、いかに無責任かご理解頂けると思います。

 多くのマスコミがこの件で体たらくの状況の中、382番の記事で紹介した北海道新聞と今回紹介した日刊ゲンダイは立派です!

(2)「チェルノブイリよりガンの発症リスクは深刻で、9000人以上の死亡者が想定される」

この7月にはUNSCEARから出された報告書で「チェルノブイリよりガンの発症リスクは深刻で、9000人以上の死亡者が想定される」と記載されるなどますます危険な状況に直面しているフクシマ。

実は、ネット検索をかけても、これだけ重要な衝撃の事実がほとんど引っかからない。と言う事は多くの人々に知られていないと言う事である。

この話は、私が尊敬する浜田和幸氏のブログに出ている。

http://ameblo.jp/hamada-kazuyuki/entry-11912792386.html?frm_src=thumb_module

o0400022313041135127.jpg

(3)自由シリア軍❤ISIS(イスラム国家)

骨のある日刊ゲンダイは、既に2011年8月11日付けの記事で、「首都圏もチェルノブイリ並みに汚染されている」と言う記事を書いている。その記事から約3年が経過した。事態は悪化の一途をたどっている。だから、「チェルノブイリよりガンの発症リスクは深刻で、9000人以上の死亡者が想定される」との記載も正しいと考えられる。むしろ、見通しが甘くもっと多くの死亡者が出るかもしれない

740ade2f1601cc2c2eb9bee363b1f946.jpg
↑画像:2011年8月11日付け日刊ゲンダイ 「首都圏もチェルノブイリ並みに汚染されている」

ところで、最近の拙ブログの記事で取り上げてきた自由シリア軍とISIS(イスラム国家)、実は、裏ではつるんでいると言う話がある!

http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2014/08/isis_8d28.html

4)下山事件に白洲次郎が関与したのか?

多くの皆様は、1949年7月から8月にかけて起きた下山事件・三鷹事件・松川事件を、その年の選挙で飛躍的に議員数を増やした日本共産党のイメージDOWNを図り弾圧<レッドパージ>する為に起こされたGHQによる謀略事件と認識なさっているかもしれません。

三鷹事件・松川事件はその解釈でよろしいかと思います。ですが、下山事件はそれとは違う解釈が正しいのかもしれません。

1949年6月1日、日本国有鉄道(国鉄)が発足した。初代総裁に就任したのが下山定則であった。

6月3日、GHQから国内電源開発への巨額資金投入が示された。この巨額資金で東北本線電化を行なえば国鉄に莫大な見返り利権が生じることになるわけであった。しかし、下山総裁はこの段階での東北本線総電化には反対だった。それより国鉄内合理化を先に進めるべきだと考えていた。

 1949年7月2日夜、下山定則は、西銀座の「出井(いづゐ)」という料亭にある政財界の大物と同席していた。その大物が白洲次郎と考えられている。柴田哲孝著『下山事件 最後の証言』によれば、その大物は、「吉田首相やGHQにも強い発言力もあって日本の電力事業(東北電力)に強い影響力を持った」人物との事である。

 1949年7月3日、後に初代フジテレビ社長の水野成夫氏に下山総裁は「俺は殺されるかもしれない」と語った

 ネットでこの話題を記載しているブログ等のほぼすべてが、1949年7月3日の段階で、既に水野成夫氏が初代フジテレビ社長に就任しているかのような書き方をしている。正しくない! そもそもこの段階で、テレビ放送は始まっていない!

こういった間違った記述が転載によってどんどん拡散していく。「さてはてメモ帳 Imagine & Think!」も間違っている。拙ブログの転載記事をすべて削除してしまった「大摩邇(おおまに)」も間違っている。2014-08-22付けの「放射能を天恵の海に流す六ヶ所再処理工場閉鎖を!(katsukoのブログ)」も間違っている。他にもあるが、きりがないので止める。どなたも日本のテレビ放送がいつSTARTしたかという基本的な知識がないから、こういう間違った記述を堂々と出すのである。ひょっとしたら、柴田哲孝著『下山事件 最後の証言』が間違っているのかな?

さてはてメモ帳 Imagine & Think!
http://satehate.exblog.jp/22176529/

大摩邇(おおまに)
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1848184.html

放射能を天恵の海に流す六ヶ所再処理工場閉鎖を!(katsukoのブログ)
http://ameblo.jp/sannriku/entry-11913378908.html<

1949年7月5日午前9時37分頃、下山定則は、公用車から降りた。「五分くらいだから待ってくれ」と運転手に告げ、急ぎ足で三越に入りそのまま消息を絶った。

1949年7月6日午前0時30分過ぎ、足立区綾瀬の国鉄常磐線北千住駅 - 綾瀬駅間で汽車に轢断された下山の遺体が発見された。

a href="http://blog-imgs-69.fc2.com/a/b/5/ab5730/m_1007250006.jpg" target="_blank">m_1007250006.jpg
↑画像:下山定則遺体発見現場

遺体が発見された当時の現場の線路脇は田んぼであった。現在はご覧のように宅地化されている。また当時複線だった常磐線は、1971年に複々線になった。写真左に見える東武伊勢崎線<現・東武スカイツリーライン>も当時複線だったが、現在は複々線である。

 下山事件はかっては他殺説、自殺説という文脈で常に論じられてきたが、自殺説は最近の笹井氏の場合と同様に論外であって、誰が何の目的で行なったかの正確な究明の段階に現在はある。

 下山事件は今まで数多くの本が出版されてきたが、結局、自殺説主張は事件究明の妨害目的であって論じる以前の愚説であってもう価値はゼロである。

 近年、出版された「下山事件・最後の証言」柴田哲孝は事件関係者の子孫による決定版というべき内容でこの本を越える下山事件についての本はない。

 柴田氏の驚異的な調査で実行犯もほぼ特定されている。柴田氏が下山事件追究<ここで、この話を取り上げてる拙ブログを除くほぼすべての記事が「追求」と言う漢字を使用している。この場合にこの字は適切ではない。ネット上で、内容からしたら、「追究」と書くべきところを、「追求」と間違って書いている例が余りにも多い。>に乗り出したのは、戦前、満州諜報機関の残党による「亜細亜産業」が下山事件に深く関わっている、との情報を入手したことに始まった。別名「Y機関」と呼ばれ、三越に近い室町三丁目の「ライカビル」にそのアジトがあった。

 その三階には「サロン」と呼ばれる奇妙な部屋があって旧日本軍の諜報機関員、右翼関係者、政財界の大物連中、米軍関係者が集まっていた。

 柴田氏がY機関の総帥だった矢板玄氏を訪問した際、矢板氏は「他殺ですよ

◆白洲次郎は、なぜ常軌を逸脱の奢侈を極めた贅沢な生活が可能だったのか? 要職にあっても、その収入であのような生活は不可能である。

2_on.gif

スポンサーサイト

Comment

Post Comment

非公開コメント

Latest posts