33.マドンナは“パクった”のか?

(1)Whitney Houston Returns to Hot 100's Top 10 With 'I Will Always Love You'<誤解を招きやすいNHKニュース>

昨夜のNHKニュースで、「Whitney Houston<ホイットニー・ヒューストン>が、再び全米CHART入り」した事を伝えた。ただ、あの伝え方では、たいていの視聴者は今週の全米CHARTでCHART入りしたと判断したことだろう。

正しくは、来週2月25日付けの全米CHARTでCHART入りしたと言うことである。

 I Will Always Love You" re-enters at No. 7

ホイットニー・ヒューストンの「オールウェイズ・ラヴ・ユー」が、アメリカの音楽業界誌「ビルボード」の来週2月25日付けのホット100において7位に再登場した。

なお、35位にもホイットニー・ヒューストンの「I Wanna Dance With Somebody」、41位には「Greatest Love Of All」が再登場している。

いずれの曲も、拙ブログの「30.Whitney Houston が急死したのはなぜか?」で紹介済みですね。そこでも記述した通り、「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は、14週連続全米1位で400万枚突破のメガヒットを記録した。

 全米だけで400万枚以上売ったシングルの記録としては、USA for Africaの「We Are The World」<85/04/13-85/05/04の4週連続Billboard Hot 100のNO1、こんなに売れたのに1985年の年間CHARTでは、第20位だった。なぜそのような結果になったのかについては、いずれ機会があったら綴ります。まあ、いつになるかわかりませんが(笑)。いくつかの書きかけのままのテーマが放置PLAYですし。ちなみに、1985年の年間CHARTのNO1は、 Wham!のCareless Whisperでした。NO2は、MadonnaのLike A Virginでした。2月25日付けのホット100において、マドンナは、久々のTOP10入りを果たしました。後述します。>以来の快挙となった。

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↑We Are The World

なお、2月25日付けのホット100のNO1は、拙ブログで紹介済みのKelly Clarksonの「Stronger」、2週目の全米NO1となりました。

(2)Adele's '21' Set for 21st Week at No. 1

ホイットニー・ヒューストンは、来週2月25日付けのビルボードのアルバムチャート(Billboard 200)でも6位に「Whitney: The Greatest Hits」、72位に1985年発売のデビューアルバム「Whitney Houston」、80位に「ボディー・ガード」サントラ、118位に「I Look To You」、122位にセカンドアルバム「Whitney」、183位に「The Preacher's Wife」サントラが再登場している。

2月25日付けのビルボードのアルバムチャート(Billboard 200)のNO1は、アデルの「21」が20週目の1位となった。

つまり、3月3日付けでNO1になると、ALBUMのTITLEと同じ21週目となる。

With a 21st week at No. 1, "21" will become the longest-running No. 1 album by a woman in history. (It's currently tied with Whitney Houston's "The Bodyguard" soundtrack, with 20 weeks.) Further, "21" could become the biggest No. 1 album by any act since M.C. Hammer's "Please Hammer Don't Hurt 'Em" spent 21 weeks at No. 1 in 1990.

(3)albums with the most weeks at No. 1 in the nearly-56 year history of the Billboard 200 chart

Here are the albums with the most weeks at No. 1 in the nearly-56 year history of the Billboard 200 chart: (Weeks at No. 1, Title, Artist, Peak Year)

54 -- "West Side Story soundtrack, 1962**
37 -- "Thriller," Michael Jackson, 1983
31 -- "Rumours," Fleetwood Mac, 1977
31 -- "South Pacific" soundtrack, 1958
31 -- "Calypso," Harry Belafonte, 1956
24-- "Purple Rain," Prince and the Revolution/Soundtrack, 1984
24 -- "Saturday Night Fever" soundtrack, 1978
21 -- "Please Hammer Don't Hurt 'Em," M.C. Hammer, 1990
20 -- "21," Adele, 2011
20 -- "The Bodyguard," Whitney Houston/Soundtrack, 1992
20 -- "Blue Hawaii," Elvis Presley/Soundtrack, 1961

(4)逝去後のHIT<ヒット>曲

上記の歴代Billboard 200のCHARTのNO2に輝いたMichael Jacksonが逝去された際は、今回と同じように古い曲がダウンロードされ、ラジオでかかり、古いアルバムも売れたのに『HOT100』や『Billboard 200』にはあまり反映されなかった。

今日は、逝去後のHIT<ヒット>曲を何曲か紹介していこう。

(5)ジム・クロウチ

ジム・クロウチは、生前と死後の両時期に『HOT100』のNO1に輝いたアーチストである。

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 生前のNO1:73/07/21-73/07/28の2週連続NO1「BAD,BAD LEROY BROWN(ルロイ・ブラウンは悪い奴)」BY Jim Croce <1973年年間CHARTNO2>

ジム・クロウチは、道路工事の仕事や教師など職を転々としながら歌い続けた。

私事で恐縮ですが、貧困家庭に生まれ育った私は、中学校時代からアルバイトを始め、教職に就くまで、正社員・アルバイトを問わず、合計20種類の仕事を経験してきた。

 1.墓(西多摩郡日の出町にある「秋川霊園」、ここは元首相の中曽根康弘の墓<予定地>があります。)掃除 2.新聞配達(西多摩郡日の出町) 3.郵便配達(福生市) 4.多摩動物公園の食堂での雑用(日野市) 5.マンションの冷房の配管工事の手伝い(港区) 6.写真屋(小平市にある「石田写真館」という学校関係の写真業者)での雑用 7.着物の着付け教室のモデル(昭島市) 8.スーパー(ダイエー)での雑用(川崎市多摩区) 9.お中元配送センター内の作業(世田谷区) 10.アンケート調査(小金井市) 11.ドーナッツ屋(ミスター・ドーナッツ西八王子ショップ)の開店前のビラ配り 12.測量助手(六つの会社で、4年近くやる。作業現場:青梅市、日野市、西多摩郡瑞穂町、府中市、稲城市、八王子市、墨田区、朝霞市、富士見市、横浜市鶴見区、川崎市川崎区、川崎市中原区他) 13.テレビ番組<人生ゲームハイ&ロー>の裏方<出演で画面に映ったこともあります>(港区) 14.新人歌手のキャンペーンの司会(新宿区) 15.タクシー会社の事務(本社:渋谷区) 16.塾講師(練馬区) 17.PR会社の営業(一般企業と、テレビ・ラジオ局・出版社などを回る。本社:港区西麻布) 18.イベント・記者会見の裏方 (千代田区他) 19.結婚式の司会(新宿区他) 20.土木作業(町田市)

なので、職を転々としてきたジム・クロウチに親近感を感じます。

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↑秋川霊園

 72年7月、彼の初HIT「ジムに手を出すな」(邦題)が、Billboard Hot 100入りした。28歳であった。1年後の73年7月には、「ルロイ・ブラウンは悪い奴」が初の全米1位を記録し、期待のニューフェイスとして注目を浴びた。

 いよいよ大ブレイクという矢先、次のシングル「アイ・ガッタ・ネーム」<I Got A Name>がBillboard Hot 100にチャートインしている最中の1973年9月20日に、自家用飛行機の事故で逝去した。

 「I Got A Name」は、映画「ラスト・アメリカン・ヒーロー」のテーマ曲だった。

「I Got A Name」訳詞 
松林の曲がりくねった道を走らされてるような長い道のりだったけど、やっと思いついたよ、いい名前を。
響きがいいとか悪いとか、色々考えちまったけど、やっと思いついたんだ、いい名前なんだよ。
これで俺も一人前に、親父が俺にしてくれた事をしてやれる。
でも、名前に込めた意味は、絶対に教えてやらないんだ。親父がしたように、、、。
はやく高速を抜けてくれ はやくこの高速を抜けたいんだ。
俺が行ってやらなきゃ、あの子の人生が始まらないじゃないか。
空を、ヒューヒュー吹きすさぶ北風みたいなもんだけど、憶えはしたよ、ひどい子守唄なら。
あの子は喜ぶだろうか? 泣いてしまうだろうか?
歌えるようにはしてあるんだ、ひでぇ歌なら。
でも、かまやしない、大声で歌ってやるさ。
お前の親父はここにいるんだぞって感じで、偉そうにね。
はやく高速を降ろしてくれ、はやくこの高速を降りたいんだ
俺が名前をつけてやらなきゃ、あの子の人生は始まらないんだよ。
でも、うまく出来ねぇかも、、、。
俺は大バカ者で、それはなおらねぇ。
でも、やってみたいんだ 頑張ってみたいんだよ
駄目なままで終わるのか、そうじゃないのか判らないけど、
やってみたいんだ 頑張ってみたいんだよ
ああ、自分の分はわかってる、あの子が俺を必要としようが、自分の道を選ぼうがいいんだよ、ただやるしかないって思うんだ。
はやく高速を抜けてくれ、はやくこの高速を抜けたいんだ。
俺が行ってやらなきゃ、あの子の人生が始まらないじゃないか。
はやく高速を降ろしてくれ、はやくこの高速を降りたいんだ。
これをやらなけりゃ、俺の人生も始まらないんだよ。

逝去後のNO1:73/12/29-74/01/05の2週連続NO1「TIME IN A BOTTLE」BY Jim Croce

 追悼シングル「タイム・イン・ア・ボトル」は、「もし時間をガラス瓶の中にためることができるなら、僕は君と過ごすための時間を貯めておきたい」というような歌詞であった。

ながーい下積み時代を経て、ようやく努力が実を結んで約1年後の逝去に多くの人々が涙した。

ラジオ関東(1981年10月1日以降ラジオ日本)の「全米トップ40」では、湯川れい子が、命日の9月20日に追悼特集を組んだ。

(6)オーティス・レディング

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第8位。

1967年12月10日:自家用飛行機による事故死

逝去後のNO1:68/03/16-68/04/06の4週連続Billboard Hot 100のNO1:(SITTIN' ON THE)DOCK OF THE BAY BY Otis Redding<1968年年間CHARTNO4>

 事故の3日前に録音された『ドック・オブ・ザ・ベイ』は、1968年3月16日に週間ランキング第1位を獲得し、オーティスにとって唯一のビルボード誌週間ランキング第1位の曲となった。レコーディング中、それまでの曲調とは違う「ドック・オブ・ザ・ベイ」を本人はシングル化を望んでいたが、周囲は戸惑っていた。「俺の初めてのミリオンセラーになるぜ」と言ったらしい。

(7)イージーリスニングのHIT曲

DOCK OF THE BAYの前のBillboard Hot 100のNO1は、68/02/10-68/03/09の5週連続NO1に輝いたPaul Mauriatの「LOVE IS BLUE (恋はみずいろ)」<1968年年間CHARTNO2>であった。

現在と違い、1960年代から1980年代中盤にかけて、インストゥルメンタル<イージーリスニング>の曲が何曲か全米でHITした。

例えば

60/02/22-60/04/18の9週連続Billboard Hot 100のNO1:Percy Faithの「THEME FROM 'A SUMMER PLACE' (夏の日の恋)」<1960年年間CHARTNO1>

74/02/09のBillboard Hot 100のNO1:Love Unlimited Orchestra「LOVE'S THEME

74/04/20-74/04/27の2週連続Billboard Hot 100のNO1:MFSB featuring the Three Degreesの「TSOP(THE SOUND OF PHILADELPHIA)(ソウル・トレインのテーマ)

79/10/20-79/10/27の2週連続Billboard Hot 100のNO1:Herb Alpertの「RISE

1位にはなっていないんですが、1982年に最高位10位迄上がったRoyal Philharmonic Orchestraの「Hooked On Classics (フックト・オン・クラシックス)」と言う曲もあります。ピアノ協奏曲第1番に始まり、クラッシックの名曲がメドレーでミックス。運動会で定番な「ウィリアム・テル」「闘牛士の行進」やCMでおなじみのクラッシック曲が演奏されます。

(8)2月25日付けのBillboardは、往年のスター数名が復活!

前述のホイットニー・ヒューストンだけではない。2月25日付けのBillboardは、昔の(なーんて書くと、本人が読んだら、ご立腹なさるでしょうから。)、ではなく往年の(と書き換えても意味は同じか)、ではなく今も現役バリバリ長年のキャリアを誇るスターがCHARTに復活している。

2月25日付のアルバムチャート2位は、ヴァン・ヘイレンの「A Different Kind Of Truth」が初登場、5位にはこれまた初登場でポール・マッカートニーの「Kisses On The Bottom」が入っている。

そして、『HOT100』のNO10にMadonna Featuring Nicki Minaj & M.I.A.の「Give Me All Your Luvin'」がCHART INしている。

 この新曲、アヴリルっぽいと感じの曲です。

そう、あのマドンナの久々のTOP10入りHITです。

(9)Madonna Scores Record-Extending 38th Hot 100 Top 10

既にマドンナは、アーティスト別のBillboardの全米シングルチャートTOP10獲得数において歴代1位に輝いていた。

 この曲のTOP10入りにより、彼女は自己の記録を更に伸ばし、38曲のTOP10HITを誇るようになった。

なお、Wikipediaの「マドンナ (歌手)」の記述の当該の欄は、2012年2月18日(土)日本時間の17:43現在、「37曲」のままになっている。

もはや、これは間違いである。極めて多忙な私にこのWikipediaの記述を訂正する余裕はない。などと書くと、「だったら、ブログなんか止めろ。」と言われそうですが。

PCの苦手な私は、Wikipediaの記述を訂正する方法を知らないのです。

(10)2012年2月25日現在のアーティスト別のBillboardの全米シングルチャートTOP10獲得数ランキングTOP10

Here is a look at the artists with the most top 10 songs in the Hot 100's 53-year history:

「53-year history」は、Billboard Hot 100 がSTARTして約53年が経過していることを意味します。

NO1 38曲 -- Madonna

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NO2 34曲 -- the Beatles

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NO3 28曲 -- Michael Jackson

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NO3 28曲 -- Stevie Wonder

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NO5 27曲 -- Mariah Carey

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NO5 27曲 -- Janet Jackson

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NO5 27曲 -- Elton John

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NO8 25曲 -- Elvis Presley (whose career predates the chart's Aug. 4, 1958, inception)

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「Aug. 4, 1958,」は、1958年8月4日付けのBillboardからBillboard Hot 100 がSTARTしたことを意味しています。

NO9 23曲 -- Whitney Houston

NO9 23曲 -- the Rolling Stones

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(11)マドンナに盗作疑惑が浮上

 記念すべき20作目のスタジオアルバム「MDNA」が来月下旬に発売されるスーパーディーヴァ=マドンナ(53歳)だが、今月3日に発売されたばかりの先行シングル「Give Me All Your Luvin’」に盗作疑惑が浮上し、波紋が広がっている。

 マドンナが“パクった”と言われているオリジナルの楽曲は、ブラジル人ミュージシャン=ジョアン・ブラジルの「L.O.V.E. Banana」。

 この楽曲を発売しているレコード会社はすでに弁護団を雇い、法的手段に出る準備をしているという。

 しかし当のジョアンはマドンナの崇拝者であり、人生のヒロインであった彼女を訴えることはできないと及び腰のようだ。

 ブラジルのタブロイド紙Folha da Sao Pauloに対し彼は、「何が起こっているのかいまだに理解できていない。僕はマドンナの大ファンなんだ。もし仮に盗作だったとしても、喜ばしいことさ」とコメントしている。「彼女は常に音楽界をけん引する存在だし、僕がいい仕事をしたという証拠だと思うんだ」。

 「今後どうなるかはレーベルや弁護団にかかっている。でも僕個人としては何もしたくない。マドンナと闘うなんて、考えられないよ」。

 「Give Me All Your Luvin’」は、マドンナが新進気鋭のシンガーであるニッキー・ミナージュM.I.Aらとコラボレーションしていることでも話題となっている。

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↑ Nicki Minaj  Madonna  M.I.A.

11/02/26-11/04/02の6週連続Billboard Hot 100のNO1のLady Gagaの「BORN THIS WAY」は、マドンナが1989年にリリースした『Express Yourself』(Billboard Hot 100最高位2位)のパクリではないかと、ちょうど1年前の今頃多くの人々が指摘した。私もそう思った。

 あれからちょうど1年経ったところで、今度は逆にマドンナが盗作したのではないかと言われている。

陰謀論の立場に立って書くと、311からちょうど1年経ったところで、今度は「日本が人工地震を引き起こしたのではないか?」などと言われるのだろうか。

などと最後に意味深な事を書いてしまいました。

(12)Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)とWhitney Houston(ホイットニー・ヒューストン)

 前述の通り、Michael Jacksonが逝去された際は、Whitney Houstonと同じように古い曲がダウンロードされ、ラジオでかかり、古いアルバムも売れたのに『HOT100』や『Billboard 200』にはあまり反映されなかった。

 このことを訝る声が、ウェブ上にあった。今回の私の記事のように全米CHARTを紹介するブログであった。

Michael Jacksonは、どちらかと言えば、権力側に嫌われていたようだし、その為暗殺されたと言う説があるくらいなのに対して、Whitney Houstonは国歌を歌っているくらいだから、権力側に好かれていた。

その差が逝去後のCHARTの差を生んだのさ。

日本で言えば、国策に沿ったAKB48がちやほやされ、CHART上も大ブレイクしているのに対して、反原発を主張する制服向上委員会が冷遇されているのと似ているかもしれない。

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↑AKB48

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↑制服向上委員会

と勝手な解釈をしてしまいました。

(13)制服向上委員会の「脱原発の歌」に無言の圧力?(2011年09月14日)

あるブログ 転載START

 「制服向上委員会」というアイドル・グループがコンサートで「脱原発の歌」を歌う予定にしていたところ、出演を断られたとの情報が、一時流れて、その直後、2011年09月1日の東京新聞は、次のような記事を掲載した;

 福島の原発事故を機に、「脱原発」に動きだす人が増えた。ところが、原発を批判する歌はなぜか放送されない。反原発の姿勢を表明した俳優は、所属事務所を辞めなければならなくなった。大惨事を経験してなお、この国のメディアには”見えない壁”がある。だが負けずに「思ったことを言いたい」と発信する芸能人の思いとは-。  (出田阿生)

 8月10日夜、東京の日比谷野外音楽堂。ミニスカート姿の少女たちが跳びはねながら歌っていた。女子中高生アイドルグループ「制服向上委員会」のメンバーだ。かわいらしい振り付け。明るいメロディーに乗って「セシウム」「メルトダウン」など、一見似つかわしくない言葉が溢(あふ)れる。

 歌っていたのは「ダツ!ダッ!脱・原発の歌」。

「忘れないから 原発推進派 安全だったら あなたが住めば良い」「こんな時も 政治家さんはダメですネ」…。原発推進政策や事故対応を批判する歌詞が続いた。

◆社会的な歌詞やボランティアも

 「制服-」は1992年に結成。メンバーが交代しながら続く。反骨精神があるプロデューサー高橋廣行(ひろゆき)さんの意向でアイドルでも社会的なメッセージも歌い、ボランティア活動に取り組む。

 6月、ネットの動画で「脱・原発の歌」が流れると、瞬く間に再生回数が増えた。ところが話題になった割にはメディアで歌が流れたのは、ラジオで2回だけ。テレビは一切取り上げない。

 「これまでの曲は結構ラジオでは流れたし、デイーゼル車の排ガスを批判する歌をトヨタの店頭で歌ったこともある。今回は、何かすごく大きい力が働いていると感じる」と、「制服-」の元メンバーで、今は会長を務める歌手の橋本美香さん(31)は話す。

 発売元のアイドル・ジャパン・レコードは8月15日の発売に向け、JRや私鉄、地下鉄に新曲発売の広告を出そうとしたが、歌の題名が書かれたポスターを見て「意見広告は掲示できない」と断られた。CDショップからはポスターの店頭張りを止められた。新曲披露イベントでは、ファンとの握手会だけで「歌わない」条件がついた。

 7月末の日本最大のロック音楽祭「フジロック・フェスティバル」に、飛び入り参加の話が浮上したが、結局は「スポンサーの関係で」出られなくなった。8月下旬に出演予定だった放送局のイベントも、担当者が「申し訳ないが歌わないでほしい」と菓子折りを持ってきたという。

 メンバーはどんな思いで歌っているのか。

 リーダーの小川杏奈さん(17歳)は「事故前は原発について何も知らなかったけど、今は危険だなって思う。事故後にすぐ元通りになると思っていたのに、まだ家に帰れない福島の人が大勢いて、牛や豚が殺されて…。おかしいと思い始めた」。

 宮野愛沙さん(15歳)は「大人からは『何も知らないくせに、なんで歌うの』ってよく聞かれる。でも、自分で考えても原発は怖いと思うから」と続ける。「原発への賛否は分かれるので、アイドルのイベントで歌うのは難しいと思ってたけど、ファンの方々が『率直にメッセージが伝わる』『良い歌だ』と言ってくださって意外でした」

 CD一枚(千円)の売り上げから300円を福島の酪農家に支援金として届ける予定だ。

 2011年9月1日 東京新聞朝刊 24ページ「脱原発の歌 TV流れず」から引用

 この事件については、その後、アイドル・グループの所属事務所が「コンサート主催者との間に行き違いがあって誤解が生じたもので、お騒がせして申し訳ない」とのコメントが出されて一件落着した格好になっています。この事件が報じられた直後から、ネットには「ありもしない『弾圧』を騒ぎ立てて、話題性を獲得してCDの販売を促進しようという作戦じゃないのか」という推測も書かれました。そう主張する根拠は、フジロック・フェスティバルには「制服向上委員会」以外の「脱原発」または「反原発」をテーマにした歌を歌う歌手で、出演を拒否されず予定どおり歌うことになっている事実が指摘されました。私は、その推測には賛成できないと思いました。その理由は、一人や二人の歌手が「原発反対」の歌を歌ったところで、世間は「彼は元々風変わりなことを言う人で、そういう人が何を言おうと自分には関係ない」と、やり過ごすことができるわけですが、普通の女子高生のような恰好をした女の子のグループまでが「脱原発」なんて歌いだした日には、これは普通のお父さんも「自分に関係ない」と無視するわけにも行かず、身近な問題として「やっぱり原発は危ないかな」と考えざるを得ないのではないか。その辺に神経を使った「原発推進派」が、元々個性的な歌手の「原発反対ソング」は許容するが、普通の女の子然としたグループの「脱原発ソング」にはストップをかける、という事態は十分想定しうると思ったのでした。
 ちなみに、この記事によると「制服向上委員会」は、脱原発の歌について「何にも知らないくせに、なんで歌うの」とよく尋ねられるとのことですが、これも私たちの社会に蔓延する問題だと思います。「知らないことに口出しするものではない」というモットーを、自分に課すのは、個人の勝手ですが、他人に強要していいものではありません。「何も知らないなら、・・・してはいけない」というのが社会のルールになってしまえば、政治のことを知らない者は政治について発言できないし、経済に精通していない者は増税反対の意見も言えないという馬鹿げた事態になってしまうからです。したがって、原発問題についても、何シーベルト以上の被曝がなければ直ちに確認できる健康被害はないなどと、詳しい知識はなくても「原発って危ないんじゃない? そんなの、私はいやだ」という気持ちを表現することは、間違いではないし、他人に咎めだてされる筋合いではないし、そういう意思表示をする権利は、我が国憲法が保障するところであると、こういうことです。

転載終了

あるブログ

「CD一枚(千円)の売り上げから300円を福島の酪農家に支援金として届ける」と言う話、熱い物がこみ上げてきます。

CDを何枚も買うとたくさん握手ができるとか言う戦略を採っているどこかのアイドルグループとはえらい違いです。

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これでこの記事を終了すると、AKB48のファン(「お前もそうなのでは」と言われそうですが)からお叱りを受けそうなので、「AKB48が集めた震災義援金は合計12億円超え、今後も続けていくことをファンの前で約束。」の記事で今回の記事を終了しよう。

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