293.2013年大晦日、巨大地震を起こす計画があったのか?

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(1)最大震度5弱の地震が、2013年12月31日午前10時3分頃、茨城県北部で起きた!

テレビ朝日のモーニングバードでは、東京下町で震度6と言う画面が出た。もしかしたら、東京がターゲットで、事前にフリップでも用意しておいたのだろうか。

 ただ、揺れる前の緊急地震速報では、「間もなく茨城県北部で・・」と言っていた。

 気になるのは、テレビ朝日のモーニングバード、孫崎享氏が登場するような重要な部分は緊急地震速報前に放送してしまったと言う事である。

その後のモーニングバード、地震の話題はあっさりで、その後はパンダや日光猿軍団などどうでもいいような話題が続いた。

つまり巨大人工地震が起きたら、ボツになってもまったく構わないような内容がだらだらと放送されていた。

 前述の「東京下町で震度6と言う画面」は、事前に準備していたと思える程、素早く画面に出て、素早く消えた。

 「282.拙ブログの更新が滞っているのはなぜか?」の「(14)2013年8月8日 人工地震失敗?」で紹介した安藤アナのような件もあるので、とても気になります。

http://ab5730.blog.fc2.com/blog-date-201308.html

最初、東京を狙ったけど、妨害されて、東海原発に狙いを変更したのだろうか。

なお、過去の拙ブログで孫崎享は何度か登場している。

268.テレビでTPP問題を放送する時間が大幅に減ったのはなぜか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-371.html

260.この人たちは、なぜあらかじめ311を知っていたのか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-358.html

250.メタンハイドレート採掘で、人工地震を引き起こそうとしているのではないか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-336.html

247.地球人約70億人の真の敵は、ハザール王国の子孫の人々ではないだろうか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-332.html

243.沖縄県・奄美群島・小笠原諸島の人々を怒らせた『主権回復の日』を閣議決定した安倍晋三が、TPP交渉参加表明で主権を放棄する。これを許していいのか?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-327.html

172.今日<2012年11月19日>、小沢一郎の無罪が確定した。小沢一郎を「犯罪人」にでっち上げ、小沢一郎が「カネに汚い政治家」だというイメージを国民に植えつけた奴らは誰だ?
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-225.html

(2)茨城で震度5弱

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131231-00000030-jij-soci

時事通信 12月31日(火)10時11分配信

 31日午前10時3分ごろ、茨城県北部を震源とする地震があり、同県高萩市で震度5弱の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約10キロ。地震の規模(マグニチュード)は5.4と推定される。

 茨城県によると、この地震で日本原子力発電東海第2原発など県内の原子力関連施設に異常はないという。また東京電力によると、福島第1、第2原発とも新たな異常は発生していない。

主な各地の震度は次の通り。
 震度5弱=茨城県高萩市
 震度4=茨城県日立市、常陸太田市、北茨城市
 震度3=水戸市、宮城県大河原町、福島県郡山市、宇都宮市、埼玉県加須市、千葉県野田市。 

(3)2014年の1月~2月の巨大地震

ブログ「黄金の金玉を知らないか?」によれば、2014年に1月~2月に巨大地震の可能性が高いと言う

http://golden-tamatama.com/blog-entry-1327.html

http://littleumi.blog.so-net.ne.jp/2013-12-22#comments

昨日、千葉県柏に行き 夜、スーパー銭湯に立ち寄りました。
そこの銭湯は井戸水を使用しており、昨日は突然濁ったそうです。
シャワー・湯船のお湯は井戸水を使っており、黄茶色に変わっていました。(通常は、透明です
隔週あたり立ち寄るお風呂屋さんなのですが、こんなことは初めてでした。
湯量はどうなのか、いつも起こることなのか聞きませんでしたが
気になったのでご報告します。
by まき@東京 (2013-12-23 08:31) 』

http://jp.earthquake.weblike.jp/?eid=195

『 首都圏において12月23日に、この地域としては、非常に強い電磁波を観測しました。特に千葉県周辺での電磁波は年間最高値を大きく更新するレベルとなりました。

また、同じく23日に千葉県銚子市の遥か東の沖合いの関東東方沖でM5.7、M5.8の地震が発生しており、10月26日 福島沖M7.1発生以降、首都圏周辺でM5.0を越える地震が9回も発生しており、ワンランク上の地震が発生する下地が整ってきています

今後、2週間程度を目処に下図赤枠内の地域において、M6.5程度を中心値とする発震の可能性がありますので、ご注意いただきたい。

想定規模:M6.5±0.5 注意期間:1月11日まで

(4)福田元昭の「桜の木になろう」 3年目に突入!

 2011年12月26日にSTARTした福田元昭の「桜の木になろう」は、2011年12月26日で3年目に突入しました。

 お陰様で、2012年1月9日0:30以降の新規来訪者は8万名様を越え、2012年3月7日13:20以降のリピーターを含めた来訪者は14万名様を越えました。

 今年は更新回数が少なかったせいか、昨年よりアクセス数が減った。とは言え、実に多くの皆様にご来訪賜った。深く感謝申し上げます。
拙ブログは、権力側にマークされているのか、拙ブログで綴られている語句を検索しても上位に来る事はない。

 そうした中で、縁あってアクセスして下さった皆様、もしよかったら他の記事もぜひお読み下さい。

また、来年もぜひご来訪下さい。ブログ内で「口封じの歴史」を書き始めます!

年末多忙で、コメントの返事やオリコン年間CHARTについて書けずに、年を越してしまいそうです。

ミュージシャンの大滝詠一氏の逝去に際し、哀悼の意を表します。
 
それでは、読者の皆様の2014年が、素晴らしい1年になるように祈念しています。

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↑動画:モーニング娘。の譜久村 聖(ふくむら みずき)
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123 #mbrkiaZY

中央アジアが暗躍

http://ja8119.iza.ne.jp/images/user/20130509/2152544.jpg
中央アジアが暗躍しています。

2013/12/31 (Tue) 21:45 | URL | 編集 | 返信
123 #mbrkiaZY

娘の代では、爬虫人類?の横暴にも対応しているのが興味深い

先日口頭で紹介させていただいていた カータンブログ
http://ameblo.jp/yuka703/
ですが、どう見ても、カータンは通常の人類とは想定できません。
日航も、こういう超人?をスチュワーデスとして乗せて攻撃を防いでいるわけです。

さて、この、カータンに対し、長女の方は見事に対応しているところが興味深いです。
この長女ならば、爬虫人類の横暴も見抜きながら賢く対処していくことが可能でしょう。

2013/12/31 (Tue) 22:11 | URL | 編集 | 返信
123 #mbrkiaZY

手かざしの時代が到来する

当方は「ユダヤ12子息の特殊能力」を重要視しておりますので、先日の福田様の手かざしのパワーに、大変感動した次第であります。

「ユダヤ人の能力回復」というシオニズム運動がこれから展開される時代になるのではないでしょうか。

2013/12/31 (Tue) 22:26 | URL | 編集 | 返信
123 #mbrkiaZY

123便乗客の落合さんを背負っている方のヘルメットに「PLO」と書いてあります

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/7016.jpg
123便乗客の落合さんを背負っている方のヘルメットに「PLO」と書いてあります。

2013/12/31 (Tue) 22:30 | URL | 編集 | 返信
123 #-

8月12日に行われたフィラデルフィア実験(JAL123便のワープは米軍を物まねした事象)

フィラデルフィア実験画像↓
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%AE%9F%E9%A8%93&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=A8fCUt_3OojRkwWs_YDwAQ&sqi=2&ved=0CDYQsAQ&biw=1093&bih=490
です。
1943年8月12日にフィラデルフィア実験が行われましたが、この、物まねをしたのがJAL123便のワープだったわけです。当然「物まね国家」が裏にいるわけです。

当然、米海軍横須賀の前でワープさせて米軍をぎゃふんと言わせようという魂胆な訳です。

2013/12/31 (Tue) 22:38 | URL | 編集 | 返信
123 #mbrkiaZY

ユダヤ皇室勢力の巻き返しが重要であります

・御巣鷹で、米国の稼ぎ頭、ボーイング747SRジャンボが撃墜されている。
・御巣鷹で米軍(人類)最強SR-71等の軍機も撃墜されている。
・御巣鷹に日中友好協会会長の加藤紘一氏が、夜間、勝利凱旋ヘリ飛行している。
・1943年8月12日に米海軍フィラデルフィア実験が行われましたが、1985年8月12日に、米軍の物まねをしたのがJAL123便のワープだったわけです。当然「物まね国家中国」が実行部隊となったソ連自衛隊の裏にいるわけです。
・525人のJAL123便乗員乗客(胎児1名含む)は、孝明天皇の命日である5月25日(1913年5月25日)を示している。

これだけ見ても、親皇室派の欧米が、反皇室派の野蛮な中華マルキスト勢力に敗退したことが分析できます。自由ユダヤ主義勢力が敗退したため、マルキストKGBさながらの警察国家が展開される無茶な世の中になってきています。

2013/12/31 (Tue) 22:50 | URL | 編集 | 返信
123 #mbrkiaZY

LOC(ロケーション)の値が突如としてぶっとんでいるのはワープしたということ

JAL123便JA8119号機報告書
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/bunkatsu.html
の4番
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-11.pdf
内の305~306ページのロケーション(LOC1 LOC2)に注目する必要がございます。
18:12頃に離陸して、オートパイロットを入れているのに、18:16頃に、突如としてLOCがぶっ飛んでいます。ワープしたということです。

米ニューヨークタイムス1985年8月14日(現地)の「離陸3分後の異常」
時事通信「レーダーから消えた」http://www.jiji.com/jc/v?p=jal123-crash-02 等からもワープしたことがうかがえます。

2013/12/31 (Tue) 23:16 | URL | 編集 | 返信
123 #mbrkiaZY

群馬県道43号線夫婦岩付近または群馬県道51号線の254号線近くでワープしたとみられる日航ジャンボ123便を目撃した方の証言抜粋です。音響が物語山付近でワープした時の音ということになります。

新たな真実 投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月 9日(木)21時41分47秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


実は妙なことを今頃思い出したのです。それは最近日航機事故を検証した分厚い本を本屋の新刊書の中から見つけて立ち読みしたことによります。(DVD付き)20年後の今頃その本のおかげで私の見たものが123便だったことを知ることになりました。

私たち家族は恒例の北軽井沢キャンプから未割り当て区域であった福島のある村に向かう途中でした。もう何処の山間であったかは記憶にありません。しかし今思えば旅客機があんな低空で飛ぶような場所ではありませんでした。

私はその機体をわずか数十秒間見たに過ぎません。それは123便が最初頭上に来たとき異常に低い高度であったことと山の谷間にいたため視界が限られていたことによるのです。しかし、今思い出せば上空を私が見上げてその機体の姿を見たいと思ったその動機となる現象があったのです。

それは異常なエンジン音だったのです。フオー、フューン、ゴオー、としょっちゅうエンジン音が変化していたのです。ジェット機のエンジンは普通車のエンジンのように回転を上げたり下げたりを短時間で繰り返すような使い方ができないものなのです。そうした使い方をすれば異常燃焼を起こして生ガスが思わぬところで爆発することだってあり得るでしょう。

パイロットはそうした極限状態を試しているように思えたのです。私たちの頭上を飛び越えていくその機体は異常なエンジン音を除けば若干機首を上に向けすぎているようではあったが報道で言われているようなひどいダッチロールはなく比較的正常に飛んでいるように見えたのです。主脚は出ていて着陸態勢のようにも見えます。比較的速度は遅くフラップも降りていました。

かなり低空で私たちを中心に右旋回しその後は割に安定した姿勢で上昇していきました。フラップをおろしているためエレベーターで持ち上げられるように。そのままでかなりな高度を取り10キロほどの距離を進んだと思います。

そして上がりきるとかなり急な右旋回360度。そして今度は急激な降下をしながら来た方向と反対側の稜線の向こうに降りていった。その後しばらくまたあの変化の激しいエンジン音。それがだんだん遠ざかりエンジン音がほとんど聞こえなくなった2.3秒後ぐらいだろうか最初のバシッという直近の落雷のような音。そしてそのさらに3秒後にバリバリバリト言う雷鳴のような音。私は雷が落ちたようだねと言った。

まさか墜落した音だとは思わなかった。その後また雷の音がするかと耳を澄ましていたがジェット戦闘機が複数飛び回る音が遠くで聞こえるだけ。旋回し遠ざかっていった。雷はその後鳴らなかった。これが私の記憶の飛行状態の全てです。今思えばあの日は晴れていたはずだった。夕方とはいえ落雷は平地であればあり得ない。私たちは山岳地にいたので晴れていてもあり得ないことではなかったのでそう思いこんだのだと思う。

それだけではありません。私はその機体の窓が見える高度で見たわけですが、機体の損傷がほとんど分かりませんでした。機体後部の隔壁のさらに後部部分も(ソフトクリームのコーンのような形の尾部部分)壊れていませんでした。垂直尾翼が異常に小さいように見えたのが唯一の異常でした。家族に向かっておかしいなあの機体垂直尾翼が異常に小さいぞと言ったのです。

私はその本を読むまでその機体と確かに日航ジャンボであったのですが墜落した機体と同じだとは思っていなかったのです。それは事故原因とされる隔壁破壊による機体後部の大幅な損傷をイメージしていたからに他なりません。報道された損壊状況とは著しく違うのです。

私は今証言できるのです。あの日航機は隔壁破壊はなかったと。そして見事に垂直尾翼はほとんどなかったと。その機体を機長たちは見事に操縦していたと。それもエンジンコントロールだけでである。そしてあの操縦を可能にしたのは水平尾翼の存在であった。ほとんど見た目の損傷はなかった。昇降舵も存在したと思う。

私は専門家並に航空力学を独学で勉強した人間であり、中二でラジコン機を最初から設計して自ら作り飛行させた人間である。ラジコン技術には天才少年とまでそのころ言われたのだ。私の航空機を見る目は全くの素人ではないのです。

私はそうした専門的な目で機長たちの超人的な努力に並の敬意を越えた敬意を覚えざるを得ない。その努力会ってあの数名の生存者を可能ならしめたと思う。

それに引き替え。アメリカ軍と日本政府の対応はとんでもなく。憎むべきものと言える。なんと墜落の二時間以前にアメリカ軍のヘリは現場に到着し生存者救出のためワイヤーで降下する寸前であった。それを中止させ帰還命令を出していた事実が明らかとなった。(米軍パイロットの証言)そのことは生存者たちの証言でも明らかだが、その証言は無視されていた。

日本側が墜落現場を特定し救出活動を開始したのはなんと12時間後のことであった。この遅さは異常である。なぜならばその救出をいち早く行おうとしていた米軍のパイロットたちは二機の自衛隊機を現場付近で確認していたからである。

つまり自衛隊は事故の二時間後には墜落位置を知っていたという事実である。事故現場から目視で自衛隊機が確認できたと言うことは事故現場の煙を容易に自衛隊機から確認できたはずだと言うことが導き出せるのである。

これはいったいどういうことなのか。。。。?

隔壁破壊がなかったとすると、なぜボーイング社は隔壁の修理ミスを自ら言い出したのか。。。?

シンドラー社ではないが自ら自分のミスを認める会社は欧米にはない。そういう感覚は持っていないのが欧米流である。わたしは今国家というものの恐ろしさを改めて痛感している。聖書がそれを獣として著す正確さをあらためて感じている。

もしもっと真実を政府が語っていれば私はあれが日航機であったことを証言できたであろう。...残念である。今さら隔壁破壊は嘘だと言っても始まるまい。

以下はあるブログにあった証言である。私たちのいた北軽井沢と菅平はそれほど離れていない。
     「ドドーン」。
   物凄い大音響が菅平の奥、峰の原の山々にこだました。

 20年前、家族でペンションに休暇滞在中のときだった。
 夕闇が早い山の薄暗い午後7時前、「何だスゲー音だ!!」と
 子供達が口々に叫びながら、「落雷?」。晴れた空なのに?

 Pensionでの夕食後、TVのニュースに見入ったら、
 行方を追っていた自衛隊機が、御巣鷹山に炎上している
 形跡の場所を発見。

 それが墜落現場だった。
 峰の原から、東南東の方向へ直線距離で約80Km。

 時間的にもぴったしの轟音。
 いみじくも今も耳にこびりつく「ドドーン」は、
 墜落激突した時の音だった。
          私の8月12日の誕生日に。

 520人の上に冥福と、ご遺族の上に、
            主の平安を祈りつつ。


ところで私の記憶はだんだん鮮明になりつながってきました。私たちは子供のトイレか何かで車を止め車外に出ていました。その時尾根の向こう側からフオー、ヒューン、グオーとジェット機にはあるまじきエンジン音が右に行き左に行き近づいてきました。かなり低空で私たちを中心に右旋回しその後は割に安定した姿勢で上昇していきました。フラップをおろしているためエレベーターで持ち上げられるように。そして上がりきるとかなり急な右旋回。そして今度は急激な降下をしながら来た方向と反対側の稜線の向こうに降りていった。その後しばらくまたあの変化の激しいエンジン音。それがだんだん遠ざかりエンジン音がほとんど聞こえなくなった2.3秒後ぐらいだろうか最初のバシッと言う落雷のような強烈な音。そしてそのさらに3秒後にバリバリバリト言う雷鳴のような音。私は雷が落ちたようだねと言った。まさか墜落した音だとは思わなかった。その後また雷の音がするかと耳を澄ましていたがジェット戦闘機が複数飛び回る音が遠くで聞こえるだけ。雷はその後鳴らなかった。これが私の記憶のしている当時の状況全てです。

この記憶を前提に、いろいろな疑問がわいてきます。まずは墜落したと思われる寸前の無音時間と最初の爆発音のような激しいバシッという音と、その後の機体の崩壊が進む時間を示すバリバリバリという長い衝撃音。
その間3秒ほどの時間があった。その時間差はボイスレコーダーの記録と一致する。事故記録によれば最初に導体の真ん中を尾根に打ち付け分解した機体がその斜面に機体が打ち付けられバラバラになったということになっている。私はこの3秒間とあのジェット戦闘機の高速で飛行するエンジン音は気になる。ジェット機の速度である最初に接触したとされる尾根の頂上から下の斜面でバラバラになるまで3秒の時間は長すぎる。3秒あれば尾根二つ三つ飛び越えてしまう速度のはずなのだ。最初のバシッという爆発音がどうしてもよけいなんです。そして私たちの耳に届いていたあの戦闘機のジェット音の正体は。最初に墜落現場に行ったのは米軍のC130輸送機とされています。でも私の記憶では直後から戦闘機が一機以上いたはずだと申し上げられるのです。自衛隊の撃墜説まで出てくるのはこう言った事実が存在するからだと思います。墜落の瞬間は山の遙か向こうで見ていませんので何も言えません。ただ私の記憶と事実とは調べれば調べるほど撃墜された事がより疑われる事実だったことが分かります。

みなさんに申し上げておきます。近くで銃弾を肉眼で見ることは不可能です。でも速度はマッハ1を超えます。本物のミサイルは映画と違ってマッハ2を越えます。それが意味することをさとってください。ただしまっすぐこちらに遠くから近づいてくる場合は砲弾でも見えるのです。ペンタゴンに突入した旅客機を近くの高速道路があり車がたくさん走っていた時間にだれも目撃できていない事実はそれがマッハを遙かに越えた飛行物だったことを意味しているのです。

あの窓から写したものは墜落間近に撮られた写真であればそれが何であるかは理解できるでしょう。低空であることから最初の衝撃とは関係ない写真でしょう。










投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月11日(土)04時14分22秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用 編集済


ご質問にお答えします。
あなたはおいくつですか?その当時のニュースを本当にごらんになっていましたか。今公表されている図柄は事故直後の推定図とは似てもにつかぬものだったですよ。テールコーンが無く水平尾翼の昇降蛇も無いという絵柄だったのです。ですから飛行が継続できたの意味でかまいません。

昇降蛇も存在したと思うと書いたのはそうした報道を前提に語っているのです。水平尾翼の面積が著しく小さくなった場合ダッチロールは大きくなり全くコントロール不能に陥ります。エンジンのコントロールなどで修正できる範疇ではありません。模型で試してみては? その当時の報道ではあなたの言う隔壁大破壊が墜落原因と報道されたのです。亀裂や損傷でではありません。事実を確認してからものを言ってください。

あなたが主張されていることは事故ご調査が終わり何ヶ月か、いや何年後かの結論だったかも知れませんね。

あなたはミサイルがサイドワインダーと決めておられるようだがそれはどんな根拠によるのでしょう。私は自分に向かって飛んでくる22口径の弾丸を目視した経験を持ちます。相対速度という概念をご理解されますか? 記録さんの>赤いプロペラの付いた物体が、畑の上を飛んで行き、それがJAL123便に当たって飛行機が爆発した。{匿名・・テレビ取材、農家主婦と息子}という証言もあるようですがこれがサイドワインダーの特徴を顕していますか?

あなたは自分の操縦で空を飛んだことがありますか?空では10キロ以上先の鳩やカラスがよく視認できますがサイドワインダーはそれより小さいのでしょうか。ペンタゴンは巡航ミサイルだという説があるのですね。だとするとあの破壊ではほとんど爆薬を積んでいなかったことになりますね。私は通常の地上攻撃用小型ミサイルかと思っていました。

写真に詳しくない? 確かに専門家ではありません。中学時代から現像引き延ばしを自分でやる程度のものです。カメラはニコンF、ニコンFE、マミヤRBZー67などをつかっています。あなたはどれほどの専門家ですか。航空機から撮るような場合まず間違いなくピントは無限大でぴたりです。ぶれは相対速度と撮影者の腕次第でしょう。

私がミサイル説を採るのは限りなく自分が聞いた音だけです。私が仕事先にしていたところが厚着基地近くでした。輸送機が着陸に失敗して墜落したときその音を聞きました。ずーんと言う鈍い音のあとドラム缶を引きずったような音が続きました。123便より堅いコンクリートに打ち付けられてもあんな鋭い音はしなかったのです。私は自分が経験した事実のみから推論している。それだけのことです。もう私も60近くになりますのでそれなりの経験則を持つと自負しております。





写真探し 投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月12日(日)23時51分16秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


実はあの当時のことをできるだけ正確に思い出そうと家族にも協力をしてもらい、記憶をたどっているうちに写真を撮っていたかも知れないことを思い出した。だがあまりにもいいかげんな保存の仕方でネガが何処にあるやら。

ところで三太郎さんあなたの希望は希望として尊重しますが。事実をとやかく言ってもらってもねえ。それに三人が同一人物だとおっしゃるに至っては何とも。窓枠の写っている写真はどこかのサイトで鮮明なものが見られますか?白黒のぼやけたものは確認しました。三太郎さんあなたのご意見が正統なものかどうかはデーターを示してもらわないと何とも言えないね。たとえば35ミリレンズで撮ればまだ明るい空の写真はASA100のフィルムでf11で1/500秒が切れるかな。そして50センチ先からピントは合うでしょう。コントラストが強い絵になるがそれでもあんな感じでとれるでしょうね。ゴミと言うには大きすぎないかな。なんのためにゴミを撮ったのか?明らかに中心付近にあのゴミを持ってきているよね。

それからなんどもいうけど。私は長年この事件を調べてきたわけではないのです。たまたま本屋で20年目を迎えるに当たって出版されたあの本を立ち読みしたことから今日に至っているのです。そして今日まで私が見たものが123便であることに気づかなかった理由があの当時の隔壁大破壊説だったといっているのです。

まず第一に垂直尾翼が推定図では細長く小さくなっていかにも破壊されたような形状とされています。。強調しておきます。しかし、私の見た形は違います。あたかも最初からその様に作られたものであるかのような綺麗な三角形だったのです。もし破壊されたものだとすれば高速でスパッとかみそりで切ったかのように綺麗なものでした。

私は自分で実際に飛べる機体を設計し作った人間です。ですから垂直尾翼の必要面積の比率を感覚的に理解する能力を有します。家族との話の中でも私はおかしいなあの機体は垂直尾翼がないぞと言ったのに対して、息子はえっと言って眺めてからそんなことなないよちゃんと付いてるよと答えたことを思い出しています。私以外の家族はその面積が足らないことを何とも思わなかったのです。

それほど自然な姿形で外見上異常なく飛んでいたわけです。それとやはり私だけが異常を口にしたのですがあの二度と聞けない音。同じようなジェット音を聞くことはありません。あのこまめに切り替えるジェット音を。

また滑走路上に墜落したC130だったでしょうか。厚木基地での事故の音とも全然違う最初の衝撃音。二度目の衝撃音は似ていると言えば似ていました。ただ厚木の場合ドラム缶を引きずったような音が強かった点が違うのです。

私のあくまで想像の域を出ない発言ですが。123便が最初に垂直尾翼を失ったとき。高速で飛行する戦闘機の主翼のような鋭い先端でスパッともって行かれたと考えることができると思います。そうでないとああいう壊れ方にならないような気がします。あまりにも綺麗な三角形なのです。いわゆる二等辺三角形です。

このサイトの秩父の方が写したという写真のコンピューター解析図があります。あの垂直尾翼が三角形の図と同じです。見てみてください。






投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月13日(月)21時32分35秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


チョット質問です。私はジェット機の存在を音から証言しました。それはだれがなんと言おうと事実です。しかし、そのジェット機がミサイルを123便に撃ち込んだかどうかは別問題です。高度差がおそらく4.5千メートルはあったはずです。遅い止まっているような機体ですからロックオンは容易でしょう。でも監視していただけという可能性もあるのでは。

むしろ相模湾にいた2舟の自衛艦のミサイルでの撃墜の可能性はないのですか。自衛艦からのロックオンに気づいていたような兆候がボイスの中にあるような気がするのですが。射程距離からはずれますか。あまり兵器には詳しくないので宜しく。







投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月13日(月)22時41分30秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


プロペラ機?

いつ私がプロペラ付きの飛行体を見たと言いました? 123便はあの時着陸態勢のような速度だと言っているのです。最初から私は同じ事を書いています。

同じエンジンを積んでも搭載機が違えば違う音になります。ましてアフターバーナーの違う音は絶対音感はいらないでしょう。私が厚木にいた頃はインとルーダーとファントムが多かったように覚えています。明らかにそれぞれ違う音だと思いますが?

ところであなたはテレビなどで歌う若い歌手たちの歌を聴いていられますか。昔よりは今の若い人は進歩していますけどけっこうはずしていて気持ち悪いのです。絶対音感など良いことばかりでもありません。音程のずれが気になって楽しめないんです。

なんの音でもそうですが、近くではかなり違って聞こえても遠くなるとわかりにくいですよね。それが言いたいのかな。






投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月15日(水)01時56分32秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


写真の件にお答えします。あの写真の中では67番ががイメージに近いです。写真に向かって左側の路側帯にランドクルーザー60のトレーラー付きを止め休憩を取っていたと思ってください。その時画面上の右側から異常なジェット音です。そして私たちを中心に右回りで正面の山の上空に昇り右旋回360度のあと画面左側の尾根向こうに消えていたのです。

音はちょうど標識(手前勾配の)方向から聞こえてきたと思います。ただいた場所は小諸近辺かさくちかくのR254の方が可能性があります。だとすると墜落地点から30キロ未満となりますね。90キロ離れた菅平で大音響を聞いたとの証言がありますからかなりはっきり聞こえておかしくありません。最初のバシッが2つの音が短い時間でババンと重なっていたかどうかははっきりしません。

ところでRF4の情報ソースはなんですか。ファントムではなくRF4と形式を特定しているのはなぜ。外見で瞬時に判断できますか?
















聞こえたジェット音 投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月20日(月)18時52分13秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


間違いなく一機は上空におりました。しかし記録では2機いなければおかしいのですが。もう一機が定かでありません。上空にいた一機よりさらに離れた方向で最初は音が聞こえなかったのですが先に離脱していった機を追うように同じ方向に離脱していったように聞こえたのです。2機が全く同じ位置に並んで飛行していたようには聞こえていないのです。理由は分かりません。音だけで機影を見ていません。たぶん複数だと書いたのはそう言う理由からナノです。仮に一機が低空を遅い123便の速度に合わせるように近づいていったとしても全く同じコースを行く必然性がないため私たちから見えなかったとしても不思議はありません。それに飛行音も想像以上に低くなりますので。戦闘機はエンジン出力に余裕がありますし、F4だとすれば元々艦載機として開発されていますので低速での安定性に優れているはずです。可能性は高いのです。

反論したい人はその日の天気を調べ。落雷の音だと証明すればいいのでは?少なくともそれぐらいやってからものを言って欲しいね。








M2殿 投稿者:目撃者 投稿日:2006年11月22日(水)10時33分17秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


M2さんどうも

あの日は快晴で雲一つない天気でした。

生存者も夜間暑くて苦しかったと証言。雷雨では米軍のヘリもちかづけ無いが事故2時間後隊員を降下させる寸前まで言っていた。降下しなかったのは日本側の要請と証言されている。

F4は航空母艦に離着陸できる性能であった。低速での安定性が無い機は着艦できない。たとへばF104など。低速での旋回性能と安定性は別。もっとも低速旋回性能がよい機体はハリアー。その場旋回もホバリングも出来る。よってイギリスの空母の搭載機となっている。

貴方は有意的に書き込みをされている。なんのために?

ところでNAさん飛行機にはタブと云うものが付いています。それはどんなに新品の機体でもねじれや歪みがあるからなのです。それをまっすぐ飛ぶように調整します。トリムとは別ですよ。M2さんが変なつっこみを入れないように。(笑い)

みなさんは小学校で音叉の実験をやらなかったでしょうか。共鳴というやつです。教室の端で音叉をたたきます。反対側に音叉を置きます。すると、同じ周波数を持つ音叉だけが鳴り出します。これが無線の原理です。基本は我々が使っている携帯電話も同じなのです。音と電波の違いだけです。基本の物理原理は共鳴というものです。知っていましたか?

この共鳴という現象が時に怖ろしい力を発揮することがあります。もし著しい変形がありフラッターが起きたような場合可動翼が脱落なんて事があり得ます。そうでなくともこの機体にだけでなく他の機体にも劣化ウランのおもりが付いていることをご存知でしょう。当然垂直尾翼の固定部分にも特定の周波数に全体が共鳴するようなことの無いように最初から設計されています。

激しいフラッターが起きれば音もすごいがそれよりも操縦桿に反応が出てくるでしょう。機長がそれに気づかないと云うことはあり得ません。また記録にもはっきり現れているはず。それを公表すればいいだけです。ただしあればですが。どうなんでしょう。最近まであの本を本屋で立ち読みするまで私に関係なかったことなので全部を調べ尽くしているわけではありません。NAさんの読まれた本とは何ですか。そうした記録が書かれていましたか?

それがあれば共鳴しない垂直尾翼が一つの共鳴によるかのようにまっすぐに破壊されていることを除けば可能性が大きくなるのです。つまりその事故以前に垂直尾翼のおもりがとれていてそれが原因で大きなフラッター(一種の共鳴現象)が起きたという可能性です。






家族の証言 投稿者:目撃者 投稿日:2006年12月23日(土)10時04分51秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


人の記憶とは不思議なもので、あれこれ話し合っているうちに芋蔓式にいろいろ思いだしてくるもので。あの二度の衝撃音をなぜみんな雷だと思ったのかの話の中で、注目すべき事実が明らかになってきた。

最初の音がした寸前に下から上におおぎ型にぱっと光ったと一人が言い出し、もう一人は光りのリングのようなものがその時広がりすぐ消えたといいだした。そうなのだ、その光りと音のため落雷だと思ったのだ。

普通は空全体が光る感じが落雷だが...局地的な落雷は部分的に光るのだろうと思っていた。でもね~そんな落雷あり得ないと気象の専門家はいう。






投稿者:目撃者 投稿日:2006年12月27日(水)10時30分54秒 219x113x169x13.ap219.ftth.ucom.ne.jp 返信・引用


私たちは家族で123便を墜落数分前に目撃したものです。ただし墜落当時はその目撃した機体が123便だと思っていませんでした。理由はその当時マスコミでいわれていた状況と目撃した状況が違いすぎたからです。

正常な機体と垂直尾翼が綺麗な二等辺三角形で小さい以外は何の異常も見えなかったのです。圧力隔壁が破裂したという事故報告ですがその後ろのテールコーンも正常で壊れておらず飛行姿勢もひどいダッチロールはなく正常に飛行しているようにしか見えない状況だったのです。速度はまるで着陸しようとしているような比較的低速で、着陸ギヤを出し、フラップを下げているのを見ています。

高度も低く窓がはっきり確認でき、大部分の窓に日よけのブラインドのようなものがおろされていて開いている窓から女性が一人両手を頭の上で交差させて振る仕草が見えるほどだったと記憶しています。

この事を覚えていた最大の理由が異常なエンジンコントロールの音だったのです。頻繁にエンジンの回転速度を変化させるジェットエンジンの使い方においてタブーとされる使い方をしていたことでした。壊れた垂直尾翼もあまりにも綺麗にナイフで切ったような真っ直ぐな切れ口で元々そう言う形をしていたかのように思ったのです。

その123便が尾根の向こうに姿を消し音もほとんど聞こえなくなった数分後、最初の直近に落ちた落雷のような鋭い音があり、その時閃光が下から上に向かっておおぎを広げたように空にまるく広がるのを見たという話なんです。その3秒ほど後に今度は閃光はなく雷鳴が遠くで響き渡るような、厚木で輸送機が墜落したときに似たような音が響き渡ったのを家族で聞いたのです。

今考えればジェット音が聞こえなくなるほど離れたのに直近の落雷の音のようなバシッという鋭い音がしたのはおかしいのですが、閃光もあり落雷に似た音だったので20年もその音があの123便の墜落音だと気が付かないまま来てしまったのです。そのことを書いたわけです。

私が気が付いた理由は最近出版されたDVD付きの123便墜落事故に関する詳細な記録本を本屋で立ち読みしたことがきっかけでした。

そこには事故当時のTV報道とは全く違う事実がいくつも書いてあったのです。その事実が私の記憶を呼び覚ましたのです。あの当時の報道がいかに事実と異なっていたかの証明のようなものでした。

2013/12/31 (Tue) 23:39 | URL | 編集 | 返信

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