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2666.タイムラインは変えることができる

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↑画像 ジャニーズイケメン総選挙2019 5位 Sexy Zone 中島健人 出典はこちら

(1)タイムラインは変えることができる

 「2665.未来や過去を見る事ができる技術」の続きです。

>タイムラインは変えることができる<from2663の(2)>

 タイムライン、つまり時間線です。 wikiでは「時間線」を次の様に説明しています。

 <wikiから転載>SF作品において、並存する異なる時間の流れ(パラレルワールド)の1つ1つを指す。タイムトラベルによって歴史が改変される場合に、改変前と改変後は異なる時間軸だと説明されることがある。親殺しのパラドックスも参照。<転載終了>

(2)エリア51

>エリア51<from2663の(3)>

1599.日本版エリア51 十石峠地下施設 PART2
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1970.html

1598.日本版エリア51 十石峠地下施設 PART1
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1968.html

(3)ジャンプ・ルーム

>ジャンプ・ルーム<from2663の(3)>

1625.タイムリープ(Time Leap)「時間跳躍」
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1999.html

771.日本には時空転送装置<ジャンプルーム>があるのか?{拍手+いいね=31}
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1026.html

760.123便は時空を超えた!!!<123便の真実・最新1>{拍手+いいね=34}
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1011.html

(4)アインシュタイン-ローゼン・ブリッジ

>アインシュタイン-ローゼン・ブリッジ<from2663の(3)>

 アインシュタイン-ローゼン・ブリッジは、ワームホールの事です。wikiの解説をどうぞ。
 
 <from wiki>ワームホール (wormhole) は、時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である。

 ワームホールが通過可能な構造であれば、そこを通るとよりも速く時空を移動できることになる。ワームホールという名前は、リンゴの虫喰い穴に由来する。リンゴの表面のある一点から裏側に行くには円周の半分を移動する必要があるが、虫が中を掘り進むと短い距離の移動で済む、というものである。

 ジョン・アーチボルト・ホイーラーが1957年に命名した。

 ワームホールの概念は、1928年にヘルマン・ワイルが電磁場中の質量の解析を研究している中で発案した概念で、当初は「一方向のチューブ(One-Dimensional Tubes)」と呼んでいた。その後、シュヴァルツシルトの解を研究していたアルベルト・アインシュタインネイサン・ローゼンとともに数学的仮説に基づく時空構造モデルを発表し(1936年)、アインシュタイン-ローゼン橋と呼ばれた。1957年、この論文に触発されたホイラーがチャールズ・マイスナー(英語版)との共同論文の中で、空間を2次元で視覚化して空間上の2点を3次元のチューブ(実際はチューブ内の内側の表面)でつなぐ穴で表し「ワームホール」の語を使って引用した。

 その後、シュヴァルツシルトの解としてブラックホールの解が知られその性質が詳しく調べられるようになると、一方向の性質を持つワームホールと関連させたホワイトホールの存在仮説が現れる。ここではブラックホールとホワイトホールを単純に結んでワームホールと考えてもよいと説明された。

 シュヴァルツシルトの解で表されるブラックホール解は、周りの物質を何でも呑み込む領域を表す。電荷を持つブラックホールではワームホールを通って通過可能で、ただし物質は元の場所へは戻ってこられず、特異点が真空を分極するために人間が耐えられないほどの高エネルギーかつ高フラックスの放射線が発生しているとする研究もある。

 ほかにも、通行可能なワームホールは誕生した段階で進行方向に対して地平面も反地平面も持たず、特異点も持たないような時空構造を持つ必要があり、したがってブラックホールやホワイトホールを単純に連結した時空とは本質的に異なるものである。また人間が利用することを考える場合は、トンネルの内側は潮汐力が十分小さく通過に必要となる時間がトンネルの外を直接目的地に向かうよりも十分短くなるような時空構造になっていることが望ましいとする思考実験もある。

 しかし、これらはブラックホールの外の座標系をブラックホールの内側まで外挿できるとするなど、実証されていない多くの仮定を含むものが多く、妥当性に疑問が残る。ホワイトホールはアインシュタイン方程式時間対称性を許容するために現れる解の1つであり、実際は少なくとも巨視的には対称性の破れが示唆されており宇宙スケールでの実在は否定的とされている。

 ワームホールに関してもいまのところ数学的な可能性の一つに過ぎない。ワームホールでは落下不可能な反地平面を持つが、この反地平面は物理的にきわめて不安定であるためホワイトホールを仮定するようなワームホールはすぐに潰れてしまい通過不可能とする研究もある。

 観測的にも、ホワイトホールのような領域の存在を示唆する事実は全くないものの、SFなどでは理論的な理解が進まないままに多く引用され、現在に至るも人々の興味を集めている。また科学者の間でも理論的考察を深めるためのツールとしてたびたび取り上げられている。<解説終了>

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↑画像 ワームホールの概念図 出典はwiki


(5)ネイサン・ローゼン

>ネイサン・ローゼン<from(4)>

 ネイサンと言っても男なんです。ネイサン・ロスチャイルドもネイサンと言っても男なんです。

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↓動画 Sexy Zone 中島健人
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Comment

猫山 #-

タイムラインやパラレルワールドについては何年か前から気になっていたテーマでした。

ネットでも多くの方がその概念を解いておられます。
マンデラエフェクトやマンデラ効果と呼ばれるものもそのうちの一つだと定義付けられているようです。
以下参考URLコピー
https://donkey-earth.com/spiritual/real/mandela-effect/
単なる記憶違い節と並行世界移動説がありますが、後者ならばタイムラインが変わる事は個人的に誰にでもあると言えるようです。
自身もどうやって移動をしているか?については、ハッキリわからなかったのですが、今回の福田さんのホワイトホールの概念図がわかりやすかったです。

なぜ、私がこのような事に興味を持ち始めたのか?と申しますと…。
かれこれ40年前に遡ります。
東京から浜松に向かう東海道新幹線で以下のような体験をしたことからでした。
以下は、2016年間12月25日に私が某SNSの日記に書いた内容の一部です。
以下コピー
私が、その手の不気味で不思議と思える体験をしたのは四歳の夏休みだった。
母に手を引かれ埼玉県の叔母の家に行った帰りの新幹線の中だった。
ふと車窓から外を見ると、山を背景にPO○◯化粧品の工場が建っている風景が見えた。
工場の前には整備されていない池があった。
私は、興奮して母に「ポー◯の工場」と言った。
何故かと言うと、自分の家の近くにもそれと全く同じ工場があるからだ。
その時、母は「うちの近くと同じ形だね。でも、ここは横浜の辺りだよ」と教えてくれた。
年が明け春休みも再び母と叔母を訪ねた。
帰りの新幹線の車窓から、夏休みに見たPO○○化粧品の工場を見た。
同じ幼稚園でもその存在を知っている子が何人かいた。
しかし、その六年ほど後の小学校の修学旅行で新幹線に乗った際にはその建物を見ることは無かった。
帰宅して母に話したが、何も知らないと言った風に怪訝な顔をされた。
翌日、学校でも聞いてみた。
その工場を知る子はいなかった。
大人になってネットで検索をかけてみた。
まだ、2000年代初期のまだまだ今ほど資料の量は無い時期に「私が見たであろう横浜のPO○○化粧品の工場」について書かれた記事が一つだけあった。
記載によれば、その工場は壊されたような記載があった。
しかし、数年後にその工場について調べるとまるで無かったかのような記事ばかり。
まだ、パラレルワールドと言う言葉が二次元で使用されていた時代でもあり、変人と思われたら困ると思い黙っていた。
以上コピー終了

この出来事をきっかけに、私は少しばかり色々と調べるようになりました。
この近年でも、そのような現象に幾つも見舞われております。
二年前の事です。
亡き祖母の通夜の場の出来事でした。
生前の祖母には二つの名前がありました。
それは子どもの頃から祖父母に幾度か聞かされて知っていました。
子どもの頃から23歳まで繰り返し聞かされた話は以下の通りでした。
「おばあちゃんが嫁入りをした途端に家に不幸ごとが増えたから、改名をした。」と。
その話は、1998年のお盆に親族が集まった時に親族の半分が祖母から話を聞いていたはずでした。
しかし、その20年後。
祖母が他界をして葬儀の際の事。
1998年のお盆に祖母から一緒に話を聞いたはずの方々までがこんなことを口にしておりました。
「二つ名前があることは知っていたが、理由は知らなかった。」と。
後に親族らと話をしてわかったのは、「お盆に集まっていなかった。」と言うことだったのです。
しかも、葬儀の後で大叔父が改名の経緯をみんなに話してくれたのですが、その内容は生前の祖父母が繰り返し話してくれた事とは全く違っていました。

さらに今年の法事の際でした。
私が「そう言えば、この家って昔オルガンあったよね?8年前の春、おばあちゃんがそのオルガン売ってピアノ買ったと教えてくれたんだけど。」と言ったら、そこに居た親族一同に怪訝な顔をされました。
私は「何か悪い事を言ってしまったのか?」と思いました。
母が「オルガン?何を言ってるの?うちにはそんなのなかったけど?」と言いました。
しかし、私には幼稚園時代の一年間だけそのオルガンを使って練習をしながらヤマ○のエレクトーン教室に通っていた記憶があるのです。
そのエレクトーン教室がどこにあったのか?もハッキリと覚えております。
生前の祖母の話しによれば、「あんたのお母さんの強い希望でピアノを習わせる事になってオルガンを売って、その差額でピアノを買った。」と言う話だったのです。
自身もオルガンが家から無くなった日のことも、ピアノが来た日の記憶もはっきりと記憶があるのに、家族も親族は皆、「うちにはピアノしかなかった。」と主張して譲る様子はありませんでした。

私の記憶が耄碌をしたと言われたらそれまでなのだが、ここ二ヶ月あまり努めて家族や親族と話をするようにしてみました。
20年前後前から、ここ3年ほど前の話をすると私の記憶と私を除く家族や親族の記憶が全く違っていたのです。
22年前に私は大病をして死にかけた事があるのですが、家族や親族は「そんな出来事はなかった。ずっと元気だった。」と…。
一方で20年前に「完治をして通院の必要が無くなった」と言っていた母。それが「未だに通院をしている。」との事でした。
「まるで自分だけ似て非なる世界に迷い込んだのではないか?」と言う現象だと思いました。
ただ一つだけ殆ど変わっていなかった事がありました。
それは両親の私に対する私への態度でした。
私が小学生時代からずっと怯えてきた態度はそのままでした。

ここまで体験をして、私は「人間はわりと簡単にタイムラインを変えることが出来るのではないのだろうか?」と考えるようになりました。
両親の私への態度が変わらないのは、私の潜在的な部分がその恐怖心を手放せないでいるからではないだろうか?と言う結論に至っております。(今のところですが。まだ考察の必要があります。)

こうしたことから、ふっと考えました。
例えば…
私が両親への恐怖心を手放せば、過去から現在に至るまで、両親と仲良く生きているタイムラインが在るのかもしれない。
とか…
もしかしたら人工災害も戦争も無い、いや支配者すらいないタイムラインが在るのではないか?
などなど。
仮に、あるとしても支配者側からしたら蜜の味である現状は手放したくないだろうから、一般の人間が覚醒しないように洗脳を続けるのではないだろうか?
と言う考えに至りました。

何の霊力も持たない、一介の庶民に過ぎない私ではありますが…。
自身の体験をしてみたことから、タイムラインの変更は出来るかもしれないし、誰にでも有り得ることかもしれないと言う事を綴らせて頂きました。
長文、申し訳ございませんでした。

2020/04/22 (Wed) 16:23 | URL | 編集 | 返信

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