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2504.花粉症は本当に花粉が原因なのか? PART2

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↑画像 2020年公共交通機関利用促進キャンペーン・空港3 2019→2020冬の風景14 24442501の冒頭の写真とは別バージョンです。 2020年1月18日 台湾台北市松山区 台北松山空港(台北国際空港) 乃木坂46“未来のヒロイン”賀喜遥香 出典はこちら

(1)敗戦の年は?

 「2503.花粉症は本当に花粉が原因なのか?<花粉症は温暖化詐欺と連動している!>」の続きです。

>花粉を大量につけるようになる樹齢30年をこえるスギが急速に増えた1970年以降、スギ花粉症患者も急増していったといわれています。<from2503の(5)>

 2503の(4)に書いた事情により敗戦後にたくさんのスギが植えられました。「敗戦の年は?」と生徒に質問すると、解答できない生徒がいますが、「1945年」と正解を言える生徒が結構います。年配の方にそうした質問をした事はありませんが、1945年をリアルTIMEで経験なさった方は、「昭和20年」と答える方が多い様に思えます。

(2)約5年のギャップの謎

 いずれにしても樹齢30年をこえるスギが急速に増えたのは、1945年+30年=1975年以降という事になります。そう、1970年ではないのです。しかし1970年以降にスギ花粉症患者が急増したとされています。1957年生まれの私の実体験からも流布している1970年以降という話は正しいと考えられます。つまり約5年のギャップがあるのです。これは花粉症の原因は花粉ではないという傍証になります。

(3)ケムトレイル散布開始年

 アメリカ合衆国のアポロ11号が月面に着陸したとされる1969年が、ケムトレイル散布開始年だという説があります。その説が正しいとすれば、ケムトレイル散布が花粉症の原因ではないか? そう考えると前述の約5年のギャップの謎が解けます。

(4)花粉症は本当に花粉が原因なのか?

 マスコミなどによる洗脳の結果、圧倒的多数の方々は、花粉症の原因はその名称の通り花粉にあると考えています。花粉症は本当に花粉が原因なのか? スギ林に囲まれたエリアで、花粉症の方が一人もいないエリアがあれば、花粉症の犯人は花粉説が音を立てて崩れます。

(5)和歌山県東牟婁郡北山村

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↑画像 和歌山県東牟婁郡北山村 奥瀞(北山川・オトノリ) 出典はwiki

 奥瀞瀞峡の1つであり、オトノリは奥瀞の1つである。川の中間に県境があり、左岸は三重県熊野市紀和町小森である。道路の下には観光向けの筏下りの乗り場があり、ここから北山村小松まで筏で川を下ることができる(北山川観光筏下り)。オトノリは筏下りのコースの中で最も危険な場所である。

 和歌山県東牟婁郡北山村は、紀伊半島南部の山間部に位置しており、和歌山県全体でも最東端に位置する自治体である。平成の大合併で県内の他の村が消滅した結果、和歌山県で唯一の村となった。

 和歌山県に属しながら、周囲を奈良県三重県に囲まれており、都道府県単位の飛地がそのまま領域になっている、日本では唯一の自治体である。また、1889年の町村制施行以来一度も他の市町村との合併をしていない。

 日本の自治体の中では離島を除くと高知県土佐郡大川村に次いで人口の少ない村である(福島第一原子力発電所事故の影響を受けている福島県飯舘村葛尾村を除く)。

 紀伊半島南部の山間部に位置している。その村域の約97%が山林地帯であり、三重県熊野市との境を流れる北山川沿いにある村の南端部分に小さな集落が点在する。

 古来よりこの辺りで木材を切り出し、北山川に流して下流の新宮で商人がそれを受け取り売るという形態でこの辺りの人々の暮らしが成り立っており、新宮との結びつきが強く江戸時代にはこの地域は紀州藩新宮領に属していた。廃藩置県で新宮が和歌山県に入ると、この村は新宮との結びつきの強さゆえに和歌山に入ることを望み、それが叶った結果、飛び地村が出来た。以降、1889年(明治22年)に自治体として発足して以来この村に合併などは一切なく、飛び地ゆえに人口が少なくとも一村を維持してきた。

 筏は大台ケ原方面から新宮まで北山川を流し運ばれ、北山村大沼付近が中継点となっていた。上流の筏師はここから引き返し、下流は北山村の筏師が引き継ぎ、夏場は2日程度、冬場は3日程度かけて新宮まで材木を運搬していた。北山川でも北山村から瀞峡付近までが最大の難所とされた。現在の北山川観光筏下りの最初の瀬であるオトノリはかつて弟乗りといわれ、後継ぎの長男は乗らないといわれた逸話がある。ここを乗り切る北山村の筏師の櫂さばきは筏師の華とされていた。北山川の筏師の技術は国外でも評価され、鴨緑江まで請われ出稼ぎに行った話も伝えられており、鴨緑江では馬賊に襲われたことがあるといわれている。命がけで材木を新宮港まで運ぶ筏師は非常に高収入だったといわれ、新宮まで下ると高額な報酬を手にすることができたが、新宮で豪快に遊んで帰ったため資産は蓄えなかったともいわれている。しかし、食糧難だった当時、宿泊する宿では食料を持参してくるため、筏師は大喜びで迎えられたようである。

 戦後にダム建設計画、道路整備計画があり、村内にダムと道路網が整備されて、筏流しの文化は1964年3月を最後に一旦途絶えた。しかし復活してほしい要望があり、1979年に北山川観光筏下りとして復活し、当時の筏師に再び活躍の場が与えられた。

 ダム建設により、熊野市までの道路が整備され、現在はむしろ三重県の熊野市などとの結びつきが強くなった。三重県の市町村との合併により和歌山県の飛び地でなくなろうという動きも見られたが、住民投票の結果和歌山県に残った。2005年に多く行われた市町村合併のときは、新宮市に合併する具体案があったが、直前に中止になった。

 2020年1月1日現在の推計人口は416人です。

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↑画像 和歌山県東牟婁郡北山村の位置 右真ん中の茶色の部分が北山村です。 出典はwiki

>この村に合併などは一切なく、飛び地ゆえに人口が少なくとも一村を維持してきた。

 飛び地ゆえに人口が少なくとも一村を維持って説明になってませんね。飛び地だって過疎化が進み財政赤字だったら一村を維持できないと考えます。何か理由があるのでしょうね。
 
 「花粉症は本当に花粉が原因なのか? PART3」に続きます。


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↓動画 アポロ11号が月面に着陸したとされる動画
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Comment

猫山 #-

私は酷いアレルギー体質でした。
40代に近付き段々と緩和してきたものもあります。
幼稚園時代には、市販のお菓子を食べただけで全身に湿疹が出ました。
医者から注意を受け数ヶ月ほどお菓子を禁止されました。
小学校低学年時代までは、加工食品は一口かじった時点で具合が悪くなることもありました。
当時は給食を残すと食べ切るまで帰らせて貰えない時代でした。
食品アレルギーに対する理解も乏しい時代でした。
だから時間内に食べ切るようにしていたら、いつのまにか免疫?が付いたのでしょうか?
雨上がりの草や木に残る雨露が付着しただけで全身かぶれてプールの授業を受けられない年もありました。
三年生から六年生までは、毎年春には結膜炎で検査に引っかかっていました。
とうとう五年生にはアレルギー性鼻炎と診断も加わりました。
しかし、検査をしても原因不明と言われただけで薬も治療も無いとの事でした。
翌年以降反応は出ていません。
中学生以降は、インスタント食品やワクチン注射や湿疹や鼻血が出るようになりました。
高校生になってからは、金属アレルギーやヘアスプレーで頭皮に反応が…。
それだけアレルギーを持っていて、私に今のところ一度も出ていないのが花粉症です。

実家の近所の山には沢山の杉の木がありました。
物心が付いて間も無くまで、庭にも一本だけ杉の木がありました。私は年間通してその近くで遊んでいました。
毎年春になると週に二回くらいの頻度で杉の木が沢山生えている山に山菜を採りに行っていました。
その山あいで毎日農作業をしていた、祖父母と母も花粉症は出ませんでした。

おかしなことに、浜松市の緑地の少ない場所に位置する職場に勤務をしていた父は酷い花粉症で毎年治療を受けていました。
父は職場にいる時間の方が長かったのですが。
また、私と同市に住んでいた叔母も毎年花粉症に悩まされていました。
家や勤務先の近くに杉の木が生えている緑地帯が無いにも拘らず。
今から20年程前でしょうか?
父や叔母がお医者さんに行ったら、「杉花粉が車や洋服に付着している方が知らず知らずにアスファルトに落としている。
それに車の排ガスが付着した物を吸い込んだ場合に起きるのが花粉症。杉の花粉のみで花粉症を起こす人は極めて少ない。」と言われたと話していました。
それならば毎日、通勤の為に自転車で20キロ近くアスファルトの道を走る私は尚更花粉症になるのではないか?と思っていました。
ですが、マスクなどの予防もした記憶も無いのに花粉症は出ていません。

何年か前からは、「秋にはブタクサやヨモギの花粉症もある。」「温暖化で春の杉花粉が昔より早く飛ぶようになった。」などとも言われるようになったようです。
もしそれが本当ならば、日本では一年の半分を花粉症で悩まされるという事になります。

福田さんの今回のブログを拝読をさせて頂きまして、杉花粉がケムトレイルを隠蔽する為に使われているかもしれない…と言う説は頷けました。
私の家族以外の知り合いの方でも、花粉症が出た人達を見ても、山あいの畑で農作業をしていた方々には花粉症は出ていませんでした。
寧ろ、緑地帯が少ない都会的な場所に住んでいる又は、都会的な場所に勤務をしていた知人や友人の方が花粉症と診断される方が多かったです。

2020/02/11 (Tue) 21:46 | URL | 編集 | 返信
猫山 #-

訂正箇所です。
>>中学生以降は、インスタント食品やワクチン注射や湿疹や鼻血が出るようになりました。☓
>>中学生以降は、インスタント食品やワクチン注射などで湿疹や鼻血が出るようになりました。○
>>私の家族以外の知り合いの方でも、花粉症が出た人達を見ても、山あいの畑で農作業をしていた方々には花粉症は出ていませんでした。☓
>>私の家族以外の知り合いの方を見ても山あいの畑で農作業をしていた方々には殆ど花粉症は出ていませんでした。○


失礼致しました。

2020/02/11 (Tue) 22:24 | URL | 編集 | 返信

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