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2449.なぜ「日本は単一民族の国」と言いたがる人が後を絶たないのか?

川口春奈 2020 晴れ着 済み
↑画像 2020年正月・晴れ着<振り袖>特集27 川口春奈 
★大河登場の川口春奈が大反響!好発進生んだ女優としての成長 最終更新:1/21(火) 7:31 女性自身
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200120-00010013-jisin-ent
★大河「麒麟がくる」初回視聴率19・1% “沢尻の乱”で2週遅れスタートも好発進 最終更新:1/21(火) 5:30 スポニチアネックス
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200121-00000073-spnannex-ent

(1)総理大臣まで務めた人がなぜ、こんな発言を… 2020/1/18 10:40 西日本新聞 オピニオン面

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/576672/

総理大臣まで務めた人がなぜ、こんな発言を…という驚きがほとんどないのも残念だが、麻生太郎副総理がまた物議を醸す言葉を発した

▼「2千年の長きにわたって、一つの民族、一つの王朝が続いている国はここしかない」。福岡県直方市の国政報告会での発言。無論、日本は単一民族国家ではない。2019年4月にアイヌを「先住民族」と明記した「アイヌ民族支援法」が成立した

▼北海道や樺太(サハリン)で独自の文化を形成してきたアイヌ民族の生活を変えたのは明治維新だった。明治政府が進めた開拓で住み慣れた故郷を追われ、狩猟や漁業などの生業を奪われた

▼そうした歴史的事実を麻生副総理が失念していたというのなら、お薦めしたい小説がある。直木賞を受賞した川越宗一さんの作品「熱源」である

▼樺太や北海道を舞台に同化政策という名の迫害に耐えながら南極探検隊にも参画したアイヌらの生きざまを描く物語。「私たちは滅びゆく民と言われることがあります。けれど、決して滅びません」。主人公の言葉が胸を打つ

▼小説の最終章は1945年夏。日本の降伏後も樺太侵攻を続けたソ連軍の戦車にアイヌの女性が立ちはだかる。思えば太平洋戦争の国内最大の激戦地は琉球王朝があった沖縄だった。こうした少数派の人々の犠牲があり日本と世界の繁栄があることを政治家も私たちも忘れまい。「多様性」を認めることから始めたい。

(2)なぜ「日本は単一民族の国」と言いたがる人が後を絶たないのか?

朝日新聞(asahi shimbun)‏認証済みアカウント @asahi
【政治】「2千年の長きにわたって一つの民族、一つの王朝が続いている国はここしかない」―麻生太郎副総理が地元福岡・直方で開いた国政報告会で。政府は2019年5月にアイヌ民族を「先住民族」と明記したアイヌ施策推進法を施行しており、麻生氏の発言は政府方針と矛盾する
https://twitter.com/asahi/status/1216703170723729409

↑Shin Hori‏ @ShinHori1
なぜ「日本は単一民族の国」と言いたがる人が後を絶たないのか?
1.犬や猫の純血種みたいな感覚で、"雑種"より価値が高いように錯覚してるから
2.少数派の人を無視したいから
3.近代国家を部族や血族の集団みたいに思ってるから

https://twitter.com/ShinHori1/status/1216928974187548673

↑tombo‏ @Yama_to_Sima 単一民族論者はご指摘のような願望を秘めて主張するので、いくら事実で反論しても感情的に反発するばかりで聞く耳を持ちません。少数者の人権を擁護し多様な人種・民族・文化と共存することが現代国家の義務となっていることが、彼らには全く理解されていません。
https://twitter.com/Yama_to_Sima/status/1216950932790841346

↑がんと遺伝子の専門医 仲田洋美‏ @drhiromi
遺伝学的には雑種が強いですよ!純血は亡びますね!!
https://twitter.com/drhiromi/status/1216943117787549696

あわのうた ✨‏ @mononoke_34
4、知識の幅が狭く、現代解明された考古学や歴史を、改めて学ぼうという気が無いから。
https://twitter.com/mononoke_34/status/1217006530286850048

↑ラブテー@現政権から日本を、取り戻す。‏ @LeTheTresor 考えの根本に異常性を感じる。個人で勝負できないから、血族という努力ではどうにもならない部分にこだわる弱さも感じる。
https://twitter.com/LeTheTresor/status/1216985666438889473

(3)ひふみ祝詞とあわのうた

★リテラ 麻生太郎の“単一民族”発言への擁護とアイヌヘイトが跋扈するなか、アイヌのアイデンティティを描いた『熱源』が直木賞を受賞!
https://lite-ra.com/2020/01/post-5215.html

>あわのうた

 あわのうたを歌うと、「1712.2018年12月23日 人工地震の危険日」の「(5)アトピー体質やアレルギー体質を改善する方法」などで取り上げたひふみ祝詞を唱えるのと同じ様な心身にとても良い効果があります

 その1712で【初音ミク】のひふみ祝詞の動画を紹介しました。2020年1月18日付けの「American Top 40」で、DJのRyan Seacrestが9位の発表前に初音ミクについて語っています。もちろん英語で。

(4)あわのうた

あかはなま いきひにみうく

ふぬむえけ へねめおこほの

もとろそよ をてれせゑつる

すゆんちり しゐたらさやわ

(5)差別主義者麻生太郎<「221.2月26日夜に関東地方で観測された赤い月は、巨大地震の前兆なのか?」から転載>

 最近、新聞を読むと腹立たしいことが多い。2013年2月25日(月)の読売新聞の社説も実に腹立たしかった。今日はそれについては書かずに、昨日<2013年2月27日(水)>の毎日新聞の投書欄の腹立たしい投書について書くことにする。

 麻生太郎が度量の広い政治家であると主張する投書である。こんな愚劣な投書を書くような奴は、麻生太郎が同和地区出身の政治家・野中広務に書くのもおぞましい差別発言をしたことなど全く知らないのだろう。

 被差別部落出身者を差別するような奴が度量の広い政治家であるはずがないだろう! どあほー!
 
 こんな愚劣な投書を選ぶ毎日新聞社の社員も麻生太郎の差別発言を知らないのだろう。知っていたら、こんな愚劣な投書を紙面に載せるはずがない。

 そもそもこれを知らないようでは、新聞社の社員失格である。即刻辞職した方がいい! まして、投書を選ぶ担当者が知らないようでは救いようがない。差別に敏感な読者は毎日新聞から離れて行き、営業上もマイナスである。即刻辞職した方が新聞社の為になる。


(6)差別主義のDNAを受け継いだ麻生太郎<221から転載>

野中広務
↑画像 野中広務

 被差別部落出身者としてもっとも権力中枢に近づいた野中広務ですら、自民党内外での差別を浴び続けてきた。

 1948年10月に総理大臣に返り咲いた吉田茂はその後、被差別部落出身者の松本治一郎を「公職追放」処分にする工作を弄し、昭和天皇に対する「臣・茂」としての忠臣ぶりを披露していた。<蟹の横ばい事件をご存知でしょうか?>


 松本治一郎と吉田茂のいったいどちらが民主主義の政治精神をまともに認識していたかを,ここで議論する余地はない。

 そういえば,この吉田の孫で2009年の9月まで1年間首相を務めた人物がいる。この人物,どこかの街頭で演説をしたとき,聴衆に向かい「下々の皆様」と発声した。推してしるべし。祖父からの「悪しきヤマト精神」の伝統が,みごとに,孫である麻生太郎に受けつがれてきたというわけである。

(7)麻生太郎の野中広務に対する差別発言を決して忘れず、この悪辣極まりない発言を徹底的に糾弾するとともに、人権感覚が欠如したこのような愚劣な人物が大臣を務めることが誤りであることを天下万民に流布しよう!!!221から転載>

 2001年4月、森喜朗の退陣表明を受けた総裁選で、連立与党内から野中広務を推す声が強まった。もし野中が出れば圧倒的に有利とみられたが、彼はそれを固辞し橋本龍太郎を担ぎ出した。

 ジャーナリスト、魚住昭は自著「野中広務差別と権力」のなかで、「永田町ほど差別意識の強い世界はない。彼<野中>が政界の出世階段を上がるたびにそれを妬む者たちは野中の出自を問題にした」と書いている。おそらく、野中はそういう背景を考慮して辞退したのだろう。「自分が出馬したら橋本派が分裂する」と危惧したともいわれる。

 一方、麻生太郎はそのときの総裁選に出て、小泉純一郎、橋本龍太郎と戦った。党大会の前日、大勇会<河野グループ>の会合で、麻生は当然その場にはいない野中を名指しして言い放った。「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」野中はその話を伝え聞いたが、その場はじっとこらえて胸にしまいこんだ。

 やがて2003年の総裁選で小泉打倒を画策して失敗。引退を決意してのぞんだ自民党総務会の席上、政調会長だった麻生に向かって野中が激しい言葉を投げつけた。「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。

(8)差別を根絶する為に、麻生太郎のような差別主義者を政界から永久追放すべきである!!!221から転載>

 『野中広務 差別と権力』<魚住照著:講談社発行>には次のような記述がある。「私は一週間、泣きに泣きました。私に目が三つあるわけではない。皮膚の色が違うわけではない、口が二つあるわけではない、耳が四つあるわけではない。何も変わらないのに、そして一生懸命がんばるのに、自分が手塩にかけたそういう人たちに、なぜそんなことを言われなくてはならないのだという、奈落の底に落ちた私の悲しみは一週問続きました

 敗戦から28年後の1973年3月7日、京都府議会の本会議場は静まりかえっていた。演壇に立った府会議員の野中が大鉄局を辞めたいきさつを切々と語っていたからだ。私が調べた範囲では、彼が公開の場で自らの被差別体験を詳細に語ったのは、後にも先にもこの時しかない。「<一週間悲しみ抜いた末に>私が最後に出した結論は、私はあまりにもいい子になっていたということでした。大阪へ出て部落の出生であることを言いふらそうとも、隠そうとも思ってなかったけれども、自分の環境から逃げ出していい子になりすぎておった。やっぱりまっすぐ自分を育んでくれた土地へ帰ろうと。府議になることよりも、町長になることよりも部落差別をなくすことが私の政治生命であります。ここでこんな悲しいことを言わなくてはならないのも、これが私の最大の政治生命であるからです」

 いったい野中の身に何が起きたのか。もう一度、敗戦後の大鉄局<大阪鉄道局>に戻ってみよう。

 1950年、野中は大鉄局業務部審査課の主査になっていた。野中は審査課の族客係として切符の印刷工場の検査や、駅員たちの指導などの仕事をてきぱきこなし、課内で重用された。……

 野中の運命を変える事件が起きたのはそのころである。当時の審査課には野中のあっせんで入った園部中学の後輩が前出の黒田ら二人いた。野中は彼らを自分の下宿で寝起きさせ、食事の面倒も見てやっていた。ある日、野中が局の更衣室で着替えをしていると、衣裳棚を隔てた向こう側から聞き覚えのある声がした。

野中さんは、大阪におれば飛ぶ鳥を落とす勢いでやっているけれども、園部へ帰れば部落の人だ」…

 野中が部落民であるという話はあっという間に局内に広がった。野中の昇進ぶりをねたむ職員たちが「鬼の首でも取ったように」<野中の府議会での発言>騒ぎ、上司に対して「なぜ、野中をあんな高いポストにつけるのか」という抗議が一斉に起きた。

 これまで信頼していた相手が態度を豹変させるのを見るのは辛かった。野中は夜、下宿に帰ってふとんのなかで悶え苦しんだ。悔し涙がこぼれた。何で自分はこんな馬鹿なことを言われなきゃならんのだ。大阪へ来て、一生懸命働いたつもりなのに……


(9)考察

>2001年4月、森喜朗の退陣表明を受けた総裁選で、連立与党内から野中広務を推す声が強まった。もし野中が出れば圧倒的に有利とみられたが、彼はそれを固辞し橋本龍太郎を担ぎ出した。

 「2093.日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事において、100名のご遺体がフレキシブルコンテナに入って三國峠数百メートル地点に埋設されている。」などに書いた通り、天皇のDNAを受け継いでいないと日本の首相にはなれないと言われています。庶民出身とされる田中角栄氏ですら、それを継承しています。もしかしたら野中氏はそれをご存知で橋本龍太郎を担ぎ出したのかもしれません。


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↓動画 蟹
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