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2384.1851年生まれと1852年生まれの大きな差

NGT48 2019 クリスマス 済み
↑画像 2019クリスマスシリーズ12 NGT48 

(1)極めて低評価

 「2383.第二次世界大戦戦死者ランキング(習志野高校物語 PART4)」の続きです。2383は投稿後24時間時点で、拍手+いいね=5という低評価です。こうした低評価だった2383の続編であるこの記事も低評価になる可能性が高い。

 投稿後24時間時点で、拍手+いいね=5という低評価は、今年2019年のすべての記事の中でも極めて低評価と言える。こうした低評価の続編はもしかしたら読んで下さる方が少ないかもしれませんが、書かせて頂きます。お読み頂ければ幸いです。

(2)アンラッキーな世代

 2383の「(1)いつどこで生まれたか?」に、「人間はいつどこで生まれたかによって運命が大きく左右されます。」と書きました。

 2383の「(4)1922年~1925年生まれの男性」で、この世代の男性がアンラッキーな世代である事について書きました。「アンラッキー」という言葉は使いませんでしたが。

 同世代の女性も「アンラッキー」と言えるかもしれません。同世代の男性がたくさん戦死しているので、他の世代より未婚女性が多いのです。

(3)私の父

 2383の(4)に書いた通り、私の父は1927年生まれです。父は1989年9月に61歳で亡くなったので、直接聞く事はできないのですが、自分が戦場に行かされずに敗戦となった幸運を喜んだと考えられます。

(4)兵役の義務を課せられた世代

 とは言え1927年生まれは兵役の義務を課せられた世代に入ります。兵役の義務を課せられた世代は、国民義勇隊沖縄戦を考慮しなければ、1852年生まれから1928年生まれ迄です。
 
★東京新聞 【伝言 あの日から70年】 2500万人 知らぬ間に義勇隊

 1852年はマシュー・ペリー率いる4隻の黒船が浦賀(現・神奈川県横須賀市浦賀)沖に来航した前年です。つまり1851年生まれは徴兵制の対象にはならなかったのです。日本の近代における兵役がSTARTした1873年、1851年生まれの男性の多くは、内心その幸運を喜んだ事と考えられます。

(5)金子増五郎

 黒船が浦賀沖に来航した1853(嘉永6)年、金子増五郎武蔵国久良岐郡松本村(現・神奈川県横浜市港南区)、農民・吉兵衛の次男として生まれた。金子増五郎は兵役の義務を課せられた世代の2年目に当たる年に生まれた。私の父は兵役の義務を課せられた世代の最後から2年目に当たる年に生まれた。金子増五郎が生まれた段階では横浜港はまだ開港していない。


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