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2135.2019年9月15日の小泉純一郎の講演会は替え玉が来るかもしれません PART1

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↑画像 〒305-8505 茨城県つくば市千現2-1-1 JAXA (宇宙航空研究開発機構) 1F エントランスホール 乃木坂46「空扉」PV撮影場所 「空扉」は2018年8月8日にリリースされた乃木坂46の21枚目のシングル「ジコチューで行こう!」の収録曲です。
http://blog.livedoor.jp/fumichen2/archives/52299981.html

(1)JAXAの有名人はクライシスアクターと同じ

 「2134.あさって2019年8月29日の小泉純一郎の講演は中止になりました!」の続きです。

 冒頭の写真の撮影現場であるJAXA (宇宙航空研究開発機構)に所属するテレビに出てく有名な方々は、クライシスアクターと同じ役割を担っています。つまり宇宙に関するフェイクニュースをさも本当の事の様に演じる演技力が求められるという事です。

 多くの方々は宇宙飛行士と言えば、まず体力が求められると想像しがちですが、その認識は正しくないかもしれません。宇宙飛行士に1番要求される能力は、宇宙に関するフェイクニュースをさも本当の事の様に演じる演技力だと考えます。


(2)同じ茨城県内の

 冒頭の写真の撮影現場であるJAXA (宇宙航空研究開発機構)は、茨城県つくば市にあります。つくば市と言えば、「2051.削除予定日になりましたが<NHKは京都アニメーション放火事件が起きる事を事前に知っていたのではないか? PART15>」につくば市の上空からの写真を掲載しました。

 今回は同じ茨城県内の日立市の話題です。1983年夏、習志野高校男子バレー部の副顧問だった私は、茨城県日立市の男子バレーの実業団のチームの合宿所に宿泊する合宿に仕事で参加しました。「習志野高校」と言えば、2019年夏の甲子園、習志野高校が優勝して、中断している「習志野高校物語」の続きを書こうと思っていたのですが・・・。習志野チーム、よく頑張りました。

(3)日立国分トルメンタ

 その実業団のチームは、日立国分トルメンタです。日立国分トルメンタは、茨城県日立市を本拠地に活動していた男子バレーボールチーム。そう残念ながら過去形なのです。

 私が引率した1983年夏当時は、チーム名が「日立国分トルメンタ」ではなく「日立国分」でした。wikiに掲載されている1983年度の日立国分の有名選手と習志野高校男子バレー部の生徒が一緒に練習や試合をさせて頂いたのです。

 その合宿所は日立製作所国分工場からは確か離れていました。日立国分は日立製作所の企業チームでありながら、チームの運営費の大半を社員や地域住民を中心とした後援会の会費から捻出していました。一方で選手は社業を行いながらプレーしていたことから、クラブチームに近いチーム体制であったと言われています。

 日立国分は私が生まれる3年前の1954年に創部されました。私がチームの皆様と接点があった翌年の1984年に実業団リーグ昇格を果たすも、その後は一進一退、地域リーグで苦しい戦いが続いていました。

 チームにとって転機となったのは1996年。NKKでプレーしていた元日本代表の井上謙が加わり、翌年の地域リーグを制して実業団リーグ復帰を果たしました。1999年にはV1リーグ(実業団リーグから改称)優勝を果たし、初めてVリーグとの入れ替え戦に進出(旭化成に敗れ、昇格はならず)。2000年、V1リーグ2位で再び入れ替え戦に進出。豊田合成に連勝して念願のVリーグ昇格を決めました。昇格に伴い、愛称を「トルメンタ」に決定。これはスペイン語で嵐を意味し、Vリーグで嵐を巻き起こすという意気込みを表したものです。

 「嵐」と言えば、ジャニーズの嵐が、2000年から2003年までの4年間、春の高校バレー【春高バレー】の応援ソング<テーマソング>を担当しましたね。

 話を日立国分トルメンタに戻しましょう。初のVリーグとなった第7回Vリーグ(2001年)では、苦戦しながらも前年に四強入りした堺ブレイザーズを破るなど、4勝を挙げ大いに健闘しました。翌年はオーストラリア代表のデビット・ベアードを獲得。飛躍を目指すもチームは開幕から流れを掴めず、18戦全敗の最下位に終わりました。 入れ替え戦に勝利し、残留を決めた直後の2002年4月2日、翌月の黒鷲旗全日本選手権をもって活動を休止することが発表されました。同大会終了後の同年5月11日に行われたセレモニーをもってチームとしての活動を終了しました。

(4)男子バレーボール、競技人口の減少

 日立国分トルメンタの活動終了の要因の一つが、男子バレーボールの競技人口の減少が考えられます。競技人口が減少すれば、どうしてもレベルの高いチームは減りますからね。

 1996年度から5年間、都立小金井北高校で、女子バレー部の主顧問を担当しました。ある日、小金井北高校の女子バレー部と男子バレー部が試合をしました。男子が負けました。男子バレーボールの競技人口の減少を象徴する出来事でした。

(5)客車列車

 さて、1983年の日立市の合宿ではよく国鉄常磐線・常陸多賀駅近くの線路に近い位置にあった食堂に行きました。その行き帰りに仙台方面に向かう客車列車を見ました。鉄道好きの私にとって楽しいひとときでした。 当時、既に客車列車は減少しつつありました。
 
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↑画像 東京都台東区 1982年 上野駅19番線 国鉄常磐線 客車列車 出典はこちら 

(6)常磐線全線開通阻止!

 いつの頃だか忘れましたが、私も上野駅で国鉄常磐線の客車列車を見ました。確か仙台行きだったと思います。昼下がりの2時頃でした。ご存知の通り、311でJR常磐線は寸断されたままです。ですから現在、上野から常磐線を利用して仙台までは行けません。

 ところが来年2020年春、常磐線が全線開通してしまい東京~仙台の特急が復活します放射能まみれのエリアを開通させるなんて狂っているとしか思えません!

『前進』&ZNN更新情報‏ @ZenshinSokuhou
【更新情報】〈安倍への反撃が始まった 改憲・戦争・貧困、労組破壊に、労働者の怒りたたきつける時 常磐線全線開通阻止!9・22水戸へ〉『前進』3062号(2019年8月26日付)を発行しました。 http://zenshin.org #中核派
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