180.日本国憲法第9条改正<改悪>に反対なのに、自民党に入れようとしている人々が実にたくさんいるのはなぜか? 原発反対なのに、自民党に入れようとしている人々が実にたくさんいるのはなぜか?

ホームラン級のバカだな

(1)"ホームラン級のバカだな"

拙ブログは一定の品格を旨としているので、今まで「馬鹿」と言った表現を使用してこなかった。石原慎太郎は、演説の中でこの表現を多用している。

 例えば、一昨日<2012年12月13日>13時10分、日本維新の会の石原慎太郎代表が宮崎県で街頭演説した。弟の故・裕次郎氏が出ていた刑事ドラマのテーマ音楽とともに登場。「9条なんて馬鹿な条文があるから、あの国は絶対戦争ができない。自分で手を縛っていると(北朝鮮が思う)。だから次々に仲間がさらわれていった。憲法のせいじゃないですか」と演説した。今回は、敢えてこの「馬鹿」と言う表現を使用させて頂く。

日本国憲法第9条改正<改悪>に反対なのに、自民党に入れようとしている人々、原発反対なのに、自民党に入れようとしている人々、はっきり言って"ホームラン級のバカ"だと思います。"ホームラン級のマゾヒスト"だと思います。

憲法9条を変えて国防軍をつくると言うことは、拙ブログの「178.北朝鮮ミサイル発射、中国領空侵犯、なぜ、選挙戦で自民党や日本維新の会に有利になるような出来事が連続して起きるのか?」「179.自民党圧勝で日本社会はどうなってしまうのか?」で記載した通り、当然、徴兵制が復活する可能性が高い。

 私の現在の勤務校の生徒の中にも、それを心配する生徒がいる。「先生、選挙で自民党が勝って、国防軍ができると、僕らは徴兵される可能性があるんですか?」とある生徒が声を掛けてきた。「もちろん、その可能性がある。」と答えました。

拙ブログの178番の記事で、ジャーナリストの大谷昭宏は、国防軍ができると、それに伴い徴兵制度が当然出てくる。」と言った趣旨の発言をしている。「当然」と言う表現にご注目頂きたい。

 自衛隊を国防軍と位置づけ、人員や装備、予算を拡充していくので、現在の自衛隊の志願兵<憲法9条の理念を考えれば、「兵」と言う表現は適切ではないのだが。>SYSTEMだと要員を維持できない可能性が高い。よって徴兵制度復活と言う訳である。

高校生でも想像ができるのに、大人で想像できない人々が結構いる。自民党は自由民主党であり、私たちの自由を奪う徴兵制度を敷く訳がないと素朴に思っている人も結構いる。実におめでたい人である。そのおめでたい人の子どもが戦場に行かされるかもしれないのに。

本格的な軍事独裁ファシズム国家になった時に、「まさか、こんなことになるなんて。」という言葉は通じない。でも、その段階になってようやく気づく人々も多数いるだろう。はっきり言って"ホームラン級のバカ"だと思います。

そもそも、徴兵制度は憲法違反だとする考えがあります。法的根拠は、日本国憲法第18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」にあります。それを知って、短絡的に、徴兵制度が敷かれる心配はないと考える人、「内野ゴロ級のバカ」だと思います。自民党は改憲案で、日本国憲法第18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除してしまいました。

なぜこちらは「内野ゴロ級」かと言えば、日本国憲法第18条の現行の条文すら知らない人々が多い中で、その条文の重要な部分の削除についてマスコミはほとんどふれていないからです。

一方、自民党が改憲政党であり、特に9条に改憲の照準を合わせてきたことは、現代史の常識ですし、マスコミもこれについては多少ふれている。また、自民党が原発推進であることも、マスコミは伝えている。その証拠は、拙ブログの「176.自民党は本当に変わったのか?」の冒頭の写真である。なので、冒頭の事例は、"ホームラン級のバカ"と表現させて頂いた。また、本格的な軍事独裁ファシズム国家になる前に、さすがに「これはまずい!」と多くの人々が気づくであろうから、そうした段階に至って、ようやく気づく人も、同様の表現にさせて頂いた。

(2)徴兵制度は現行憲法違反

参議院の自民党の礒崎陽輔議員は、「軍隊の存在イコール徴兵制は間違った認識。自民党は徴兵制は採りません」と主張している。だからと言って、安心してはいけない。ただ「自民党は徴兵制を採らない」としているのみで、「徴兵制を採れない」とはしていない。

 自民党は憲法改正草案Q&Aでも「党内議論の中で『国民の国を守る義務』について規定すべきでないかとの意見が多く出されたが、規定をおいたとき、具体的な内容として『徴兵制について問われることになるので』憲法上規定に置くことは困難であると考えました」と解説している。

 憲法上規定することは困難としたが「憲法前文において『国を自ら守る』と抽象的に規定するとともに、憲法第9条3項として、国が『国民と協力して』領土等を守ることを規定した」と説明した。

 これは、憲法前文の趣旨、9条3項の下に国会で法律として『徴兵制』を敷くことができる余地を残したとみられ、「自民党は徴兵制を採りません」との説明ながら、憲法改正により自民の憲法草案内容で改正され、国会で必要な法律が通れば、徴兵制は採れる解釈になる。

そもそも、自民党の石破茂は、2002年、”徴兵制も憲法違反ではない”という発言をした。「も」と表現したのは、その前に、当時、内閣官房副長官であった安倍晋三が、”有事法は先制攻撃を否定していない”とか”核兵器の使用は違憲ではない”という発言をしたからであった。そう、安倍晋三は核兵器使用肯定論者なのです!

私は、徴兵制度は現行憲法違反だと考えます。「168.解散総選挙後の日本は、戦時国家となるのか?」で紹介した通り、敗戦前の徴兵制度における一兵卒は人間扱いされていなかった。絶対服従とリンチが日常生活であった。

↑天皇制軍隊に入ると絶対服従とリンチが日常生活となった

 これを「奴隷的拘束」と言わずして何と言うか。1957年生まれの一兵卒の死にものぐるいの苦労を知らない石破茂さん、もっと歴史を勉強して下さい。一兵卒の兵士は馬以下の扱いをされたのです。つまり、人間扱いされなかったのです。そして、悪逆非道な日本軍は、占領地の人々を人間扱いせず、虫けらのように殺していきました。日本の侵略を受けた国々の歴史教科書には、それがきちんと具体的に記述されています。

(3)学徒出陣と徴兵検査

日本男児と生まれたからには貴賎上下の別なく行われた徴兵検査。徴兵検査は本籍地で行われる。そして、壮丁はそれを選ぶことはできない。徴兵検査には婦人会や処女会などの見学が許された。

 1925年生まれの作家・色川大吉は、1944年、19歳で徴兵検査を受ける事になった。同時に色川の場合は学徒出陣としての徴兵検査でもあった。19歳のうら若い学徒出陣であっても、徴兵検査場は憲兵の監視のもとで、愛国婦人会のタスキをかけた女性のいる場所で全裸にされた。

 1944年早々に、私は故郷の町で徴兵検査を受けた。憲兵の監視のもとで陸軍の下士官たちが、私たちを叱咤しながら物体のように人間の体を扱った。愛国婦人会のタスキをかけた女性のいる場所で全裸にされ、検査官の前で肛門をひらいて四つん這いになることを命じられた。

 一年遅く入隊した十八史会の榎本宗次の場合は、こんな程度の屈辱では済まなかったらしい。『入隊早々戸外で身体検査が行なわれたが、それはショッキングなものであった。

 一小隊に相当する人数は横隊に並べられ、いっせいに下半身を白日の下にさらされて、当時学生言葉で『Mケン』と称される検査が片っ端から行なわれた。それが一通り済むと、今度は両手を地につけて順番を待つという無様な格好で『裏ケン』である。

 こんな乱暴なやり方は、一兵卒で入った私たちを馬以下のものとも思わない仕打ちのように思われ、入隊早々やり切れない気持であった。』
(ポツダム一等兵の記録〈「学徒出陣の記録」〉

(4)自民党は、改憲・原発推進政党

 多くの人々が自民党の本質をわかってない ~新聞は自民党の憲法<改憲>草案を載せて問題点をきちんと指摘すべき! ~放送局も自民党の憲法<改憲>草案を取り上げて問題点をきちんと指摘すべき!

(5)中日新聞2012年12月5日 こんなに怖い選挙はない 社会部長 島田佳幸

 気になることがある。衆院選を前に過日、小紙が行った世論調査の結果だ。例えば、優勢が伝えられる自民党についてみてみよう。
 
 比例で自民党に入れるとした人の三割弱が、「憲法九条」の改訂には反対だと答え、実に半数近くが、将来的な「原発ゼロ」を求めているのである。
 
 言うまでもないが、自民党は九条を変える、と宣言している。そして、原発は維持していく立場だ。
 
 無論、この二つの課題に対する回答者の賛否と投票先の主張がずれている例はほかの党でもみられる。
 
 こうした〝矛盾〃、考えられる理由は二つだ。一つは、九条や原発以外にその党を選ぶ決め手の公約があるという可能性。そして、もうひとつは、その党の主張をよく咀嚼せず、「何となく」投票先に決めているというパターンだ。前者ならまだしも、後者はあまりに危険である。
 
 二度と戦争をしてはいけない、というのは無論、戦争に少しでも近づくことがないようにせよ、というのが、先の大戦で途方もない犠牲を払って、日本が得た教訓だ。戦後の日本はその教訓の上に築かれている。

 その礎である九条を変えるというのは、とてつもなく重大な判断である。
 
 さらに、あの原発事故は夥しい(おぴただ)しい数の人から故郷を奪い、大事な国土の一部を放射能で汚して、事実上、二度と人の住めない土地にした。(あとで閉められない扉は開けてはならない)。そんなペルシャの諺(ことわざ)をあらためて苦々しく想起する。
 
 大震災後初の衆院選が始まった。ここで問われるものとは、だから、私たちが失敗や悲劇から学べる国民なのかどうか、である。
 
 「何となく」は禁物だ。この国の行く末、子どもらが生きていく国のありようを決める投票。そう考えれば、こんなに怖い選挙はない。

中日新聞

(6)自民党の改憲案:一部抜粋
現行憲法第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる

自民党案第十一条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

現行憲法第十一条の赤字の部分が削除されたので、将来的には、さらに人権を制限していきたい・・・、と読める。第九十七条と関連する。

現行憲法第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

自民党案 全文削除

この現行憲法第九十七条は基本的人権を制限するような改正をさせないという仕掛けの意味があると言われている。ということだと、こいつをばっさり切り捨てたので、将来さらに人権を制限することを考えている・・・とも考えられる。第十一条と関連する。

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