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1797.2月11日 7月4日 7月14日 10月1日 PART1

山崎怜奈 2018→2019 冬 済み
↑画像 2018→2019冬の風景18 乃木坂46 山崎怜奈
https://web-zine.net/835

(1)乃木坂46 山崎怜奈

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↑画像 乃木坂46 山崎怜奈 山下美月 他 
http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/nogizaka/1543931522/l50

★乃木坂46山崎怜奈、グループ発足前からの親友・井上小百合への想い語る「乃木坂を離れても付き合っていきたい」 2/9(土) 20:38配信 リアルサウンド
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190209-00010016-realsound-ent

 乃木坂46の山崎怜奈さんは、乃木坂46のメンバーにして、慶應義塾大学の学生という才色兼備なアイドルです。向井地美音と同様に高偏差値アイドルですね。2015年中盤に学業のため活動を休止した山崎怜奈。2016年春には慶應義塾大学に合格し、晴れて大学生の仲間入りを果たした。

1523.高偏差値アイドル・向井地美音と『NHK高校講座 日本史』 PART3
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1877.html

1522.高偏差値アイドル・向井地美音と『NHK高校講座 日本史』 PART2 http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1875.html 

1521.高偏差値アイドル・向井地美音と『NHK高校講座 日本史』
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-1874.html

 私の30年以上にわたる都立高校の教員だった時代の実に数多くの教え子の一人に、山崎怜奈さんとよく似たフルネームの教え子がいらっしゃいました。教え子とはいえもう立派な大人ですから敬語を使っています。結婚後は男女別姓を選択していないので名字がかわりましたが。

(2)2月11日

 30年以上にわたる都立高校の教員だった時代、日々の激務の中で仕事がたまり、勤務をしなくてもよいはずの日曜日や祝日に勤務先の高校に出向きたまった仕事を片付ける事が結構あった。特に2月11日は勤務先に行く事が多かった。

 勤務先によっては玄関にノートがあり、出校者の名前などを書く欄があり、そこに出校理由を書く事になっていた。たいていは「仕事がたまっているので」と書いた。しかし、2月11日だけは「本日が国民の祝日である事に反対なので」と書いた。ですから仕事がたまっていなくて、部活動の引率がない2月11日は建国記念の日反対集会に参加していました。

(3)歴史に学び憲法が生きる日本と世界を切り拓く 建国記念の日反対 2019年2・11

2019/02/11 歴史に学び憲法が生きる日本と世界を切り拓く 建国記念の日反対 2019年2・11集会(東京・中央区)
案内→https://twitter.com/GAKU_IZ/status/1075604452306968578

*憲法改悪反対
*立憲主葬を取り戻そう
*戦争法・共謀罪法・秘密保護法廃止
*自衛隊を海外の戦場に送るな
*辺野古・高江の新基地反対 沖縛の民意を尊重せよ
*教育・教科書への国家統制・政治介入を許さず子どもを大切にする教育を
*貧困と格差をなくし、くらしと命を守ろう
*震災・自然災害・原発被災者の生活再建を
*「紀元節」復活反対
*主権在民と思想・信教の自由を守ろう

歴史に学び憲法が生きる日本と世界を切り拓く「建国記念の日」反対 2019年 2・11集会
と き:2019年2月11日(月)午後1時半開会
会 場:中央区立日本橋公会堂ホール(ホール愛称:日本橋劇場)4F
    〒103-8360 東京都中央区日本橋蛎殻町1-31-1 日本橋区民センター内
    半蔵門線「水天宮前駅」徒歩2分
    日比谷線「人形町駅」徒歩5分
    アクセス→http://www.nihonbasikokaido.com/shisetsu#access
講 演:
●「天皇制が遺したものから代替わりを考える」
  渡辺賢二さん(明治大学平和教育登戸研究所資料館展示専門委員)
●「自民党・安倍改憲の非現実性-破綻した「壊憲」の狙いとスケジュール」
  永山茂樹さん(東海大学教授・憲法学)
リレートーク:
・朝鮮半島情勢の転換と日本の責任
・辺野古新基地建設をめぐる情勢と課題
・教育への統制・介入とたたかう
参加費:500円(高校生以下無料)
主 催:「建国記念の日」に反対し思想・信教の自由を守る連絡会
    (2・11連絡会)
事務局団体:
 歴史学研究会(3261-4985)
 歴史科学協議会・東京歴史科学研究会(3949-3749)
 憲法会議(3261-9007)
 都教組(3230-3891)
 歴史教育者協議会(3947-5701)豊島区南大塚2-13-8

参照:http://www.9jo-tokyo.jp/

 他にも結構あります

(4)渡辺賢二さん

 (3)で紹介したイベントの講演者の一人・渡辺賢二さんは、私が所属している歴史教育者協議会などで活躍した元教師で著作もあります。代表的著作は、「陸軍登戸研究所と謀略戦 337 科学者たちの戦争」です。

 1943年、秋田県に生まれた渡辺賢二さんは、1968年に横浜市立大学文理学部を卒業後。法政大学第二高等学校教諭を経て、明治大学文学部非常勤講師を務め、現在は明治大学平和教育登戸研究所資料館展示専門委員です。

 法政大学第二高等学校は一昨日2月9日に放送された「ブラタモリ」(NHK総合)で取り上げられた武蔵小杉にあります。武蔵小杉はここ10年で駅前に11ものタワーマンションが立ち並んだ街です。神奈川県川崎市中原区にあります。

 私は部活動の引率で1984年1月上旬に連泊しました。確か3泊4日でした。その頃の武蔵小杉駅は、東京急行電鉄(東急)の東横線と日本国有鉄道(国鉄)の南武線だけの駅でした。1984年1月10日、佐藤佳代<岡田有希子>さんが、若年男性向け情報誌『スコラ』(スコラ)から、アイドルとして初めての取材を受けました。

★<ブラタモリ>タワマンに憧れる林田理沙アナに反響「いつもより楽しそう」 2/10(日) 18:25配信 ザテレビジョン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00178499-the_tv-ent

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↑画像 神奈川県川崎市中原区 武蔵小杉 ブラタモリ 「#125 武蔵小杉」 タモリとNHK林田理沙アナ
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/1081/2009127/index.html

(5)大日本帝国陸軍の登戸研究所

 登戸研究所(のぼりとけんきゅうじょ)は、現在の神奈川県川崎市多摩区生田にかつて所在した、大日本帝国陸軍の研究所です。

■設立

 1939年1月、「謀略の岩畔」との異名をとった陸軍省軍務局軍事課長・岩畔豪雄大佐(正確には軍事課長就任は同年2月、大佐昇進は同年3月)によって、特殊電波・特殊科学材料など秘密戦の研究部門として、通称「登戸研究所」が「陸軍科学研究所」の下に設立された。

 登戸研究所の前身は1919年4月に「陸軍火薬研究所」が改編して発足した「陸軍科学研究所」のため、当初の正式名称は「陸軍科学研究所登戸出張所」であった。

■運用中

 所長には篠田鐐大佐が就き、1939年9月に正式発足した。

 1941年6月に「陸軍科学研究所」が廃止され、「陸軍科学研究所登戸出張所」は「陸軍技術本部第9研究所」に改編。1942年10月、陸軍兵器行政本部が設けられ、その下の「第9陸軍技術研究所」に改編。1943年6月、電波兵器部門を多摩陸軍技術研究所へ移管。

 1945年1月、「帝国陸海軍作戦計画大綱」が発表され、本土決戦準備のため、登戸研究所は長野県各地、兵庫県丹波に分散移転した。

 同年8月15日、敗戦が決定すると、陸軍省軍務課は「特殊研究処理要綱」を通達し、すべての研究資料の破棄を命令した。それらの資料の殆どが処分され、また、ほとんどの関係者が戦後沈黙したため、長らくその研究内容は不明だった。

■研究・開発された兵器

 原子爆弾、生物兵器、 化学兵器、 特攻兵器、 謀略兵器、 風船爆弾缶詰爆弾怪力光線殺人光線電気投擲砲

 上記の通り、怪力光線などのようにいささか空想じみた研究をしており、実態が不明な点が多いこともあって、各種創作物の中ではオカルトめいた怪しい研究所として描かれることが多い。しかし実際には、どちらかといえば謀略やBC兵器、特攻兵器のような、地味かつあまりイメージの良くない研究が主だった。

 中華民国の経済を乱すため、当時として45億円もの中華民国向けの偽札がこの研究所で作られ、30億円もの偽札が中華民国で使用された「杉作戦」が有名である。

■帝銀事件

 1948年1月26日に発生した帝銀事件では、警視庁は犯行に使われた毒物が登戸研究所が開発したものと推定し、第二科の研究者を中心に捜査が行われた。この中の捜査メモ「甲斐文書」に、関東軍防疫給水部と共同による人体実験の関与を指摘する供述が記録されている。第二科の関係者の多くは、登戸研究所で開発されたアセトン・シアン・ヒドリン(青酸ニトリール)である可能性があると証言している。

■関係者

 1950年に朝鮮戦争が勃発すると、東側に対抗するため、戦犯免責者の公職復帰が行われた。登戸研究所関係者では第三科の関係者がアメリカ軍に協力し、横須賀基地内の米軍印刷補給所で、偽造印刷の技術を使い、共産圏の各種公文書の偽造を行った。1952年に研究班の一部がアメリカ本土に移動。入れ替わりでかつて登戸研究所所長を勤めていた篠田が合流した。

■跡地

 戦後、登戸研究所跡地は慶應義塾大学や北里研究所、川崎国民学校などが使用し、慶應義塾は同地を医学部予科、工学部予科、法学部予科(一年)の登戸仮校舎とした。1949年秋の日吉校舎の接収解除に伴い、登戸仮校舎は翌年春明治大学に譲渡し、1951年4月に同大学の生田キャンパスになった(農学部が千葉県誉田村から移転)。

 明大への譲渡後も多くの建物は校舎や学生寮となった。老朽化のため建物の大部分は取り壊されたものの、枯葉剤の研究が行われたと見られる「36号棟」のほか、動物慰霊碑や消火栓など当時の施設がまだ幾つか現存している。

 2010年3月29日、前述の「36号棟」の建物をそのまま利用する形で資料館が開館した。当時の貴重な資料や解体された棟のドア、柱などの建築部材が展示されている。開館日並びに開館時間は、毎週水曜日から土曜日の10時より16時まで。

■参考文献

川崎市中原平和教育学級『私の街から戦争が見えた―謀略秘密基地・登戸研究所の謎を追う』 (教育史料出版会、1989年) ISBN 4876521689
熊野三平『「阪田機関」出動ス』 (展天社、1989年) ISBN 4886560539
赤穂高校平和ゼミナール・法政二高平和研究会『高校生が追う陸軍登戸研究所』 (教育史料出版会、1991年) ISBN 4876522022
木下健蔵『「消された秘密戦研究所』 (信濃毎日新聞社、1994年) ISBN 4-7840-9401-6
伴繁雄『陸軍登戸研究所の真実』(芙蓉書房出版、2001年) ISBN 4-8295-0275-4
斎藤充功『謀略戦 陸軍登戸研究所』 (学習研究社、2001年) ISBN 4059010928
海野福寿・渡辺賢二・山田朗『陸軍登戸研究所―隠蔽された謀略秘密兵器開発』 (青木書店、2003年) ISBN 4250203050
新多昭二『秘話 陸軍登戸研究所の青春』 (講談社、2004年) ISBN 4062738201
姫田光義・旧陸軍登戸研究所の保存を求める川崎市民の会『フィールドワーク陸軍登戸研究所』 (平和文化、2009年) ISBN 4894880431
山田朗・渡辺賢二・齋藤一晴『登戸研究所から考える戦争と平和』 (芙蓉書房出版、2011年) ISBN 9784829505106
渡辺賢二『陸軍登戸研究所と謀略戦 科学者たちの戦争』(吉川弘文館、2012年) ISBN 4642057374
『陸軍登戸研究所<秘密戦>の世界』 山田朗・明治大学平和教育登戸研究所資料館、明治大学出版会(原著2012年3月20日)、初版。ISBN 9784906811007。2013年1月27日閲覧。
木下健蔵 『日本の謀略機関 陸軍登戸研究所』 (文芸社、2016年) ISBN 978-4-286-17525-6
慶應義塾 『慶應義塾百年史』 中巻(後) 1964年
明治大学百年史編纂委員会 『明治大学百年史』 第四巻 通史編Ⅱ 1994年

 私は1978年に枯葉剤の研究が行われたと見られる「36号棟」を見に行きました。渡辺賢二先生は、「36号棟」の建物をそのまま利用する形でOPENした資料館のお仕事をなさっているのですね。

(6)しんぶん赤旗 2019年2月11日(月) 主張 「建国記念の日」 明治以後の「伝統」から脱却を 転載記事 赤文字・太字は福田元昭の判断

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2019-02-11/2019021101_05_1.html

 きょうは「建国記念の日」です。この日はもともと、天皇を神格化した戦前の「紀元節」を復活させたものです。

■戦前の「紀元節」の復活

 「紀元節」は、明治政府が1873年、天皇の専制支配に神話による権威を与えるため、初代天皇とされる神武(じんむ)天皇の即位の日が紀元前660年2月11日だったとしてつくりあげたもので、なんの科学的・歴史的根拠もありませんそのため戦後、国民主権や思想・学問の自由、信教の自由と政教分離を定めた日本国憲法のもとで、1948年に廃止されました。

 ところが66年、当時の佐藤栄作内閣が祝日法を改悪して「建国記念の日」を定め、同年、政令でその日を2月11日と決めました。明治の「紀元節」を自民党政権がよみがえらせたのです。それは天皇元首化など憲法改悪や軍国主義復活の意図と結びついたものでした。日本共産党は一貫して「建国記念の日」反対を主張してきました。

 天皇一代に一つの元号をあてる「一世一元制」も、1868年に明治新政府が定めたものです。日本の歴史上、最初の元号は645年の「大化」だとされています。それから江戸時代まで、元号は天変地異などを機にしばしば改められました。つまり「一世一元制」も明治以後の「伝統」にすぎません。それが1979年の元号法制定によって固定化されたのです。

 今年は現天皇の退位に伴う「代替わり」があります。安倍晋三内閣は昨年4月、今回の「代替わり」儀式の「基本方針」を閣議決定しました。そこでは「各式典は、憲法の趣旨に沿い、かつ、皇室の伝統等を尊重したものとする」と記し、前回の「代替わり」儀式の「基本的な考え方や内容は踏襲されるべき」としています。この方針には重大なまやかしがあります。

 89年の昭和天皇から現天皇への「代替わり」では、戦前の登極令(とうきょくれい)(09年)をほぼ踏襲した儀式が実施されました。それ自体、憲法の国民主権と政教分離の原則に反するものでした。

 安倍内閣は「皇室の伝統」の名で、それを踏襲しようとしています。しかし、幕末まで即位式は中国風の衣装をつけ、神仏習合的な形で行われていました。神道式に“純化”したのは、たかだか明治以後の百数十年のことです。

 今回「代替わり」儀式を5月と10月の2回行うのも、神話にもとづく「三種の神器」を受け渡す「践祚(せんそ)」の儀式と、大嘗祭(だいじょうさい)の神事と結んで日本国の統治権を継ぐ「即位」の儀式を、二つとも登極令から引き継いでいるためです。

 天皇は日本国憲法に規定された憲法上の存在です。新天皇の即位にあたっても、その行事は憲法の国民主権と政教分離の原則に沿って行われるべきです。安倍内閣が国会でまともに議論もせず、戦前の「代替わり」儀式を踏襲しようとしているのは問題です。

■憲法に沿ったあり方を

 秋篠宮が昨年11月、宗教的儀式である大嘗祭について「国費で賄うことが適当か」と述べ、皇室の私費(内廷費)で行い「身の丈に合った儀式」にすべきだと語りました。この発言自体は憲法の原則にかなっています

 国民の祝日や元号についても、明治政府がつくった「伝統」から脱却し、憲法原則にもとづいたあり方を考え、議論すべき時です。

(7)<しんぶん赤旗 2019年2月11日(月) 主張 「建国記念の日」 明治以後の「伝統」から脱却を>を拝読して

>今年は現天皇の退位に伴う「代替わり」があります。

 徳島の服部さんみたいに平成天皇という現時点では不適切な表現である表現を使用せず「現天皇」と書いているのが良いですね。

>幕末まで即位式は中国風の衣装をつけ、神仏習合的な形で行われていました。神道式に“純化”したのは、たかだか明治以後の百数十年のことです。

 最近、多くの日本人が日本の昔からの伝統と考えている多くの事が、実はたかだか明治以後の百数十年の歴史しかないという事がネットでよく話題になっていますね。結構な事です。

>新天皇の即位にあたっても、その行事は憲法の国民主権と政教分離の原則に沿って行われるべきです。

 私は天皇制粉砕論者ですが、当面、粉砕できそうもないので、せめて新天皇の即位は憲法の原則に沿って行われるべきだと言いたいですね。

(8)<1730.「平成最後の年」と表現しているマスコミは馬鹿マスコミ>への猫山さんのコメント

猫山 #-

 1月11日より公開される「この道」という映画。大正時代の童謡作家の友情を描いた作品です。あらすじを拝読致しました。関東大震災、そして第二次世界大戦。

 この映画は、来たる新元号の時とシンクロをさせて作ったのではないか?と考えました。最近、騒がれている南海トラフ地震。そして第三次世界大戦への流れを意味しているのかもしれないと感じました。

2019/01/09 (Wed) 10:49 | URL | 編集 | 返信

(9)この道 (映画)

 『この道』(このみち)は、2019年1月11日から公開されている日本映画です。監督は佐々部清、主演は大森南朋と EXILE AKIRAのダブル主演です。1918年に文学者の鈴木三重吉が児童雑誌「赤い鳥」を刊行して100周年になるのを記念して製作された映画です。「赤い鳥」において多くの童謡を発表した詩人・北原白秋と作曲家・山田耕筰の人生を描いています。


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