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1753.青山透子氏、植草一秀氏、森永卓郎氏、さてはてメモ帳の管理人氏の四氏は、123便事件に関しては寸止め言論人。 PART1

2019 晴れ着 指原 前田 大島 1 済み
↑画像 2019年正月・晴れ着<振り袖>特集21 指原 前田 大島 ふなっしー

(1)「1750.震災と言う名の人殺し<99%の人々がご存知ない阪神淡路大震災で死者が増えた恐るべき理由! PART3>」へのコメント

 2019年1月19日の3本目です。

http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-2141.html#comment4793

酔っ払い #7m2Nj2EM

https://blog.goo.ne.jp/beingtt/e/4644a28c162db3a5694e1b4c615ea93f

ボイスレコーダー音声「オールエンジン」の怪 植草一秀

ネットサーフィンしていたら目についたので貼っておきます。

2019/01/18 (Fri) 22:37 | URL | 編集 | 返信

(2)さてはてメモ帳 Imagine & Think! 重要情報をゴミに埋もれさせないよう絵本化 避難所 ボイスレコーダー音声「オールエンジン」の怪 植草一秀 2019-01-18 18:01:49 | 日記 転載記事

https://blog.goo.ne.jp/beingtt/e/4644a28c162db3a5694e1b4c615ea93f

前から大体判ってはいるが、モリカケがきっかけとなって、膿が吹き出している

ボイスレコーダー音声「オールエンジン」の怪 植草一秀 2019年1月17日 (木)
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-ac09.html 

拙著『国家はいつも嘘をつく――日本国民を欺く9のペテン』(祥伝社新書)
https://bit.ly/2TPxt0f

 4章 捏造と隠蔽と NO.5「日航ジャンボ機123便」の嘘 に1985年8月12日に発生した日航ジャンボ機墜落事件について記述した。

 森永卓郎氏が日刊ゲンダイのコラム「週末オススメ本ミシュラン」に掲載下さった書評 https://amzn.to/2KtGR6k でも、森永氏が日航ジャンボ機墜落について関心を持ってこられたことが記述されている。

 多くの人々は、ジャンボ機墜落という悲惨に事故としか受け止めていないが、重大な謎が残されたままなのだ。

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 拙著では、NO.4「2020東京五輪」の嘘も取り上げて、「買収工作」についても記述した。多くの方から反響がある。その結果として、重版が決定された。

 ありがたいことと感謝しているが、一人でも多くの方々が、拙著をご高読くださり、取り上げたテーマについての考察を深めてくだされればありがたいと思っている。

 日航ジャンボ機123便墜落事件に関して拙著が指摘したのは、謎を解く最大のポイントが、123便の衝撃音発生直後にコックピットで発せられた言葉にあるという点だ。

 8月12日18時24分に大きな衝撃音が発生した直後に、コックピットのフライトエンジニア(航空機関士)が重大な言葉を発している。その言葉とは「オレンジエア」である。この「オレンジエア」こそ、事件の謎を解くためのキーワードであると私は考える。

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 事故調査委員会報告書は、ボイスレコーダーに記録されたコックピット内の音声を文字に書き起こしている。しかし、そこに書かれている言葉は「オレンジエア」ではなく「オールエンジン」である。

 ボイスレコーダーの音声は、テレビの特集番組で放映されたことがあり、拙著では現在もインターネット上で閲覧可能なyoutube動画を紹介した。2000年11月9日に放送されたフジテレビ番組 「ザ・ノンフィクション 日本航空123便墜落事故 15年目の検証」 https://www.youtube.com/watch?v=7poQ8oyuBQM である。

 このことを1月15日付メルマガ記事で紹介した際に、改めてサイトを確認したところ、動画が削除されたことが判明した。12月に、ある国会議員と会食した際、その議員が拙著を読まれ、youtube 動画を確認された上で、「オレンジエア」という音声を確認されたと伺った。

 この時点ではサイト上で閲覧可能だったと考えられる。その後に、削除された模様だ。音声が「オレンジエア」であるとの指摘が極めて不都合なのだろう。しかし、メルマガ読者から早速、新しい情報をいただいた。

 下記サイトで音声を確認できる。深く感謝申し上げたい。

https://bit.ly/2RRj6v9

 冒頭に爆発音があり、コックピット内の緊迫したやり取りが録音されている。17秒経過時点で発せされているのが「オレンジエア」という音声である。重要なことは、この音声が「オレンジエア」としか聴き取れないことなのだ。事故調の報告書には「オールエンジン」とある。

 フジテレビ番組は音声解析の専門機関に当たって、「ボディギア」という言葉を提示した。私は音声を何十回も聴き直して、どう聴いても「オレンジエア」としか聴き取れないと判断して、その上で、「オレンジエア」とは一体何を意味する言葉なのかを調べ始めた。その結果、驚くべき事実が判明したのである。

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これを再掲(多少追加)

【JAL123便墜落事故】彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた 原発問題 2013-08-19 14:58:03 | 放射能汚染
https://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/a1a847e042b50e4899e8cc57750e87d1
 
【JAL123便墜落事故】
国家機密を守るため、特殊部隊が編成され事故処理にあたった。123便の乗客、乗務員はこの者達の手にかけられ、処分された。殺人鬼が迫って来る瞬間、彼等は一体何を思ったのだろうか?彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた。待機命令に反し、人命救助に急いだ隊員は射殺された。精神状態がおかしくなる隊員も少なくなかったという。口外すれば家族にまで危害が及ぶと言う事を暗にほのめかされ・・

日航ジャンボ機JAL123便墜落事故(M氏の証言_完全版)
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=Pf3-eJgnOkM
2011/1/8

証言を箇条書き
・13日午前4時、公式発表ではまだ発見されていないはずの墜落現場に自衛隊員が既に100名程度は来ていた
・自衛隊員は人命救助よりも何かの回収を優先していた
・4~50名の生存者の声が聞こえた
・1時間後には生存者の声が全く聞こえなくなった

(事故概略)

 1985年8月12日 18時12分に羽田を大阪に向け離陸した日航123便(ボーイング747型ジャンボ機・乗員15人、乗客509人、計524人)は離陸してまもなく大島西方上空付近で機体の異常を訴え、数十分間ダッチロールと呼ばれる異常飛行の後、18時56分すぎ、群馬県上野村の三国山の北北西約2.5キロメートル、標高1,565メートルの通称・御巣鷹の尾根に激突し炎上した。4名の重傷生存者と520名死亡の犠牲を出した。

 このとき、横田基地所属のC-130機が墜落現場を発見し、座間基地所属の陸軍ヘリUH-1が救助活動のため現場に入ろうとしたが、どうした訳か(日本政府から協力を拒まれ?)、墜落現場の真上でロープ降下しようとしていた救助ヘリと上空で待機していたC-130を引き返させるという不可解な命令が出た。米C-130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせている。

 自衛隊は、当日から明け方まで墜落場所の誤報を意図的に繰り返していた。朝になって長野県警のヘリが正確に位置を確認、生存者を発見したのも長野県レスキュー隊。自衛隊はそれまで何かを運び出すのに精一杯)だった。(意図的誤報についての引用元)

実際の事故機墜落現場は早くからわかっていたが、訓練中の標的機(オレンジ色)が123便にぶつかった残骸の回収を優先
JAL123軍事破壊・軍事焼却の背景は中曽根康弘軍事指揮にあり
http://heiwarikkoku.jugem.jp/?day=20100601 より(抜粋引用)
「おかあさーん」と呼ぶ男の子の声もしました。 

ナゾの自衛隊のチームの ナゾの10時間の行動。かれらは なにをしていたのか。

 狭い空間に三人もいて高浜(機長)さんだけ木っ端微塵になったのはなぜですか。コックピット部分には燃料タンクはないのに焼け爛れていたといわれます。それは、まるで火炎放射器で焼いた跡のようであったといいます。当時、突然、垂直尾翼が大破し 不可解な「攻撃されているというSOS信号」が発信され(JAL123便の「スコーク77」の発信) 自衛隊機2機がスクランブル発信しました(自衛隊のマッチ・ポンプ?)。そのあと墜落までの数十分間 管制塔との交信がされていて レーダーでも捕捉されています。

 そして 空中で ナゾの爆発が2回起こり(前後に付き添う2機の自衛隊機が目撃されています) とうとう 御巣鷹山に墜落。

 「奇跡的四人の生存」の件だが、これは現場自衛隊員による、上官命令に逆らった「名誉ある反乱」の結果だろう。軍事隠蔽からすれば「全員死亡」がシナリオだった筈だ。御巣鷹山墜落現場に辿り着いた消防・救命救急及びアメリカ軍・救命救急まで「軍事拒否」している訳だし。

 自衛隊員の告白 本当の話です。事故原因も分かっていない時期に、私に、いずれは分かると思うんだけど(直ぐに真の原因が分かると言う意味だったんだと思います)...と言って話してくれた事は、「123便の事故は、本当は○○隊が○落させたんだよ。当時訓練で標的機を飛ばしていて、それが操縦不能になって、行方が分からなくなり、そのとき近くを飛んでいた123便にぶつかったんだ。墜落現場には標的機のオレンジ色の残骸があったから、誰もいないうちにヘリで回収したんだ」と。 (引用注:「操縦不能」とはプログラムが操作されていたのだろう)

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 実際の事故機墜落現場は早くからわかっており、地元民らは救出に向かおうとしていたのに、わざと違う事故現場を報道させ、また地元民らにも救出に向かうことを禁止した。

 日本自衛隊・人命救助に急ぐ隊員を射殺! JAL123便墜落時には、「待機命令に反して御巣鷹山へ怪我人救助を急いだ自衛隊員1名が射殺された」旨、当日のNHKニュースで発表。これもまた鋭い資料だ!!!]2007年08月27日

●衝突6分前から気付いていた操縦クルー(EJ第1056号)

 JAL123便の操縦クルーは、謎の飛行物体にぶつかる少し前に気がついていたのではないかと思われるフシがあります。JAL123便が羽田空港を離陸したのは、午後6時12分のことです。そのまま順調に飛行を続け、水平飛行に移行した午後6時18分過ぎ、右側に富士山と江ノ島が見えます。高度は、約3500メートル。富士山と眼下の相模湾が一望できる風光明媚な場所で、この場所を飛行するパイロットたちがホッと息をつく瞬間だそうです。

 そのとき、右前方から奇怪な飛行物体が飛行機に近づいてきたのです。あり得ないことであるだけに、操縦クルーに緊張がはしります。「危ない!衝突する!」 それとほぼ同時に、座席中央部分の最後部から5番目に座っていた小川哲氏(当時41歳)も、その飛行物体に気がつき、それをカメラに収めているのです。この写真は、JAL123便事件の謎を解く、唯一の貴重な物的証拠として後世に遺ることになるのです。(抜粋引用終了)

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http://www.asaho.com/jpn/bkno/2010/0809.html

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 加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、事故当夜、現場の上空まで行っていた!! 遭難者を救助する前に、自衛隊が「大事件」証拠物件を搬出するのを見届けに行ったのか?
http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2010/08/post_1819.html より(抜粋引用)

 この"重大事件"を隠蔽しようと画策し、123便の横田基地への着陸を拒否し、2機の自衛隊機を発進させ、遠く御巣鷹(=地元)の尾根まで同機を誘導させた、その命令権者としての中曽根元総理は、当日、一体、何を考え、何を命令したのか?

 2機の自衛隊機が、ミサイルで123便を撃墜したという説(池田昌昭氏)もある。また、二つの原爆の様な「きのこ雲」が湧き立つのを見たという、多くの目撃証言もある。
 
 さらには、墜落した123便の機体後部(尾翼付近)に、ミサイルAIM4(オレンジ色の機体)が突き刺さっていたという証言(佐宗邦皇氏の言)さえもある。

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 いろいろあるが、後部はオレンジ。標的機に向けて追尾するそうだ

 実際、ご遺体の識別や鑑識に関わった医師や歯科医師が、「単なる墜落事故の遺体とは思えない」と語っているのを、われわれは、すでに聞いている。

 それゆえ、私は、正直に問いたい。中曽根元総理、あなたは、あの日、防衛庁、とりわけ航空自衛隊に対して、一体、如何なる命令を下されたのか?!

 何故、あなたは、墜落後の乗客の早期救出を命じられなかったのか? 事実、墜落直後、数十名の生存者がいたというではないか。そればかりか、早期救出に向かおうとした数名の自衛隊員が、待機命令違反というだけで、なぜ、射殺されなければなかったのか?!

 加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、当日、あなたは、当時の中曽根総理から、一体、如何なる命令を受けられたのか?! 第一、あなたは、事故当夜、現場の上空まで行っていたというではないか! 一体、何をしに行ったのか? 遭難者を救助する前に、自衛隊が、「大事件」の証拠物件を搬出するのを見届けに行ったとでも言うのか?!
(中略)

 実は、この時、操縦桿を握っていた佐々木副操縦士こそ、少年の頃、私が、心から憧れていた先輩である。まさに、「事実は、小説よりも奇なり」である。

 佐々木先輩のご母堂は、彼の没後、私の母に、こう語られた。「息子は、戦死しました」と。今、私には、この言葉の意味が、よく分かる。今日、そのお母様も、もう、この世におられない。

『日航123便はなぜ墜落したのか 2010年8月9日』 --> こちらhttp://www.asaho.com/jpn/bkno/2010/0809.html から引用
(抜粋引用終了)

日航ジャンボ機墜落と横田基地 「1985年墜落救助のぶざま、元エアマン証言」 「日本は現場到着に12時間もかけた」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/imaginenosekai/yokota-haijack.html

 横田基地所属のC-130機が墜落現場を発見し、座間基地所属の陸軍ヘリUH-1が救助活動のため現場に入ろうとしたが、どうした訳か(日本政府から協力を拒まれ?)、墜落現場の真上でロープ降下しようとしていた救助ヘリと上空で待機していたC-130を引き返させるという不可解な命令が出た。

 運輸省航空事故調査委員会の最終報告書には、C-130が墜落現場を発見し位置を知らせてきたことが記載されていながら、その後の米軍の救出行動は一切記述されていない。

 その事実が明らかになったのは事故から10年後、1995年8月27日付の米軍準機関紙「スターズ・アンド ・ ストライプス」パシフィック版が「1985年墜落救助のぶざま、元エアマン証言」「日本は現場到着に12時間もかけた」の見出しでカリフォルニアの地域紙「サクラメント・ビー」の記事を転載したことによる。記事を書いたのはC-130のナビゲーターだったマイケル・アントヌッチ中尉(当時)。その記事には、いち早く現場に到着した同機から見た米軍ヘリの活動、不可解な帰還命令などが詳しく書かれている。

 彼等は一向に生存者の手当をしようとはしない。大きな袋に何かを集めて入れる作業を黙々と続け、上空でヘリコプターがホバリングしながら集めた袋を回収するのみ。

助かるべき多くの生存者が情け容赦なく殺された
http://blog.livedoor.jp/ijn9266/archives/4121599.html より(抜粋引用)

 墜落は単なる事故ではなく、驚天動地、世界規模の大事件だった! 8月13日04:00頃 墜落翌日まだ夜も明けぬ早朝、白バイを振り切って、長野県からオフロードバイクと徒歩で駆けつけた若者達2人。生存者の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているのをはっきりと聴いた。およそ50人と推測。指が欠損しただけの、比較的軽症の人も。この人は助かる、と確信。既に到着していた100名くらいの自衛隊員。片手に抜き身の大型アーミーナイフ、目には暗視ゴーグル、また、靴は急峻な山での作業に適した短靴。1時間後、次の部隊が続々と到着。後から来た部隊は山で歩きにくいブーツ着用。

 しかし、彼等は一向に生存者の手当をしようとはしない。大きな袋に何かを集めて入れる作業を黙々と続け、上空でヘリコプターがホバリングしながら集めた袋を回収するのみ。何故だ!?何故この部隊は救助をしない!?目の前で多くの人々が手当を待っているというのに!!人命より優先される回収物とは、一体何だ!?以下にその件についてのウェブサイトを紹介する。

「JAL123便墜落事故-真相を追う- 闇夜に蠢くもの(4)」
http://blog.goo.ne.jp/adoi/e/9218d78bddf9f12a9d7bdc8ebec1c10a

 このオフロードバイクと徒歩で駆けつけた若者の一人は24年間海外勤務にあって真実を語る機会が無かったが、2010年5月16日、江戸東京博物館にて、その日目撃したことの証言を依頼される。ところが、講演の2週間前、アクシデント発生。車の後輪がバースト。あわや死亡事故につながる緊急事態を咄嗟の運転テクニックで回避する。損傷部分を検証した結果、軍関係者しか持たない、熱戦銃によるものと判明。「123便事件の真実について、これ以上語るのを止めよ」というメッセージが彼に送られる。幸いにも、かろうじて講演会当日は会場に無事駆けつけ、証言することができた。

 「やがて真っ暗闇のなかに、ヘリコプターの音が聞こえたのです。あかりは見えないのですが、音ははっきり聞こえていました。それもすぐ近くです。これで、助かる、と私は夢中で右手を伸ばし、振りました。けれど、ヘリコプターはだんだん、遠くに行ってしまうんです。このときもまだ何人もの荒い息遣いが聞こえていたのです」(落合由美さんの証言)。

 このように、1994年9月25日の「ニュース・ステーション」は、日本側の都合による米軍救援活動中止要請が事実であることを報道しています。何ということでしょう。米C-130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせているのです。もちろん日本側にもその時点で伝えられています。(抜粋引用終了)

 最重要証拠となるボイスレコーダーには、数々の編集跡がみられる。さらに大事な部分がカットされている模様だ。日航機墜落の真実を求めて「1985年8月12日発生の日本航空123便墜落事故」はネット上でも真実が解き明かされ始めた 
http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/

★★御巣鷹山日航ジャンボ機事件から23年目 特にボイスレコーダの編集疑惑や当時の加藤防衛庁長官の行動にも疑惑が。

 最重要な証拠となるボイスレコーダーを一切公開しなかった。10年ほど経ってから、その一部を公開したものの専門家の分析ではその音声には数々の編集跡がみられるとのこと、さらに大事な部分がカットされてる模様だ。おそらく自衛隊機との交信部分をカットされてるんじゃないかという気がする。(実際、スクランブルした自衛隊機が平行して飛んでいるにもかかわらず、両機が全く交信すらしないというのは考えられないこと。)

・ジャンボ機のあとを、戦闘機みたいなのが2機追いかけていった(『疑惑/JAL123便墜落事故』早稲田出版刊の筆者:角田四郎氏)

・マンションのベランダから西空を眺めていたところ、突然雲の 透き間から太陽が射すようなオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡で覗くと両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の方に消えた。―浦和市に住む住民の目撃証言

・飛行機が飛んで行った後から、流れ星のようなものが近くを飛んでいるのが見えた。―長野県南相木村中島地区の住人3人

<当時自衛官で、事故処理に参加した友達の兄貴の告白>
誤射、国家機密、緘口令、事後処理の為の特殊部隊の編成 情報撹乱、ガス、火炎放射器...。まさに地獄以下の有様 生存者をかくまったために 拘束されて送り返された者も少なくなかった

日航ジャンボ123便 ソ連軍機ベア~標的機誤射~緘口令~ 事後処理の為の特殊部隊の編成~情報撹乱~ガス~火炎放射器~地獄~
http://www.asyura2.com/09/lunchbreak27/msg/1221.html より(抜粋引用開始)
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 16 日 19:54:18: aijn0aOFbw4jc

 翌日のニュースは、もっと衝撃的だった。 日本の救助隊は現場を発見できず、やっと着いたのは墜落の14時間後だと言っているではないか。 私は焦って自分の地図を取り出し、墜落現場を正確に伝えたかどうか調べた。私には自信があった。 伝えた位置は正確だった。海軍のヘリは私の情報に従って現場に来たのだから、間違いない。我々はあの時、現場の上空を飛んでいた日本の救援隊にを任せた。それにしても、どうして墜落現場がわからなかったのか?一体、朝まで何をしていたのか?不思議でならなかった。事故から2週間たって、私は『タイム』と『ニューズウィーク』で 生存者が4人いたことを初めて知った。

 『疑惑/JAL123便墜落事故』(早稲田出版刊)の著者、角田四郎氏は、御巣鷹山の現場登山に行ったさい、ある金属片(添 付ファイル)をひろって持ち帰り、事前説明なしで、友人の航空機の整備士(米国人)に 鑑定を依頼しています。結果はどうだったのでしょうか。結果について書かれた部分を ご紹介します。

 彼の答えは、私のド肝を抜いた。「たぶん」と疑問視を付けて、慎重に、しかし、はっきりとこう言った。「ミサイル」(This is missile.) 「まさか!」(Not Really !) 「たぶん、ミサイル」(Maybe missile.)  ――角田四郎著、『疑惑/JAL123便墜落事故』より

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179 :NASAしさん[sage]:2009/08/29(土) 09:08:53
NHKアナ「ただいま長野県警から入った情報です。現地に救助に向かった自衛隊員数名が、何者かに銃撃され死者負傷者数名が出ている模様です。 続報が入り次第お伝えします」

495 名前:名無しさん@5周年:04/08/12 21:18 ID:jB9y0pGY
これはマジな話なんだが、友達の兄貴が当時自衛官で ●●隊情報●隊と言う部隊に所属していて 救助活動というか事故処理に参加したそうだ。その兄貴と何年か前に酒を飲んだ時に聞いた話だが、以前から事故処理に従事したと言う事は弟から聞いていたので、興味本位でその時の事を聞いてみたら顔色が変わったので、その話はそこまでにして馬鹿話に切り替えた。

 暫く飲み続けるうちに、その兄貴がポツリポツリと話だした。誤射、国家機密、緘口令、事後処理の為の特殊部隊の編成、情報撹乱、ガス、火炎放射器...。まさに地獄以下の有様だったそうだ。隊員の中には精神状態がおかしくなる者や、生存者をかくまったために、拘束されて送り返された者も少なくなかったそうだ。その兄貴もすぐに退官したが、その際に口外すれば家族にまで危害が及ぶと言う事を暗にほのめかされ、自殺を考えた事も有ると(抜粋引用終了)

 123便の乗客、乗務員はこの者達の手にかけられ、処分された。殺人鬼が迫って来る瞬間、彼等は一体何を思ったのだろうか? 彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた。

JAL123便墜落事故の真相① 助かるべき多くの生存者が情け容赦なく殺された
http://blog.livedoor.jp/ijn9266/archives/4121599.html

 ☆世界の真実の姿を求めて!TV新聞報道では、助かった4人以外に少なくとも生存者が3人、合計7人の生存者がいた(この日本経済新聞の記事は日航パーサー落合由美さんを忘れている。従って8人が正しい。)。しかし、4人は報道直後突然失踪!彼らは一体どこへ消えたのか!?

 さらに最低50人くらいの生存者が墜落現場にいた、指先が1本ちぎれただけの男の人もいた、と、まだ夜も明けやらぬ現場に駆けつけた若者は証言!生存者達も同様、墜落現場では多くの人達が助けを呼んでいたと証言。

 ☆川上慶子さん(当時12歳)は、同乗の両親と妹が亡くなるも奇跡的に生還。病院を退院後、島根の実家に帰った際に証言:墜落したあと、ふと気が付いたら周囲は真っ暗だった。あちこちでうめき声が聞こえ、私の両親もまだ生きていたような気がする。しばらくすると前方から懐中電灯の光が近づいてきたので助かったとおもった。そのあとまた意識がなくなり、次に目が覚めると明るくなっていたが救助の人は誰もいなくて、周りの人たちはみんな死んでいた。(慶子さんは意識が無くなって幸運だった。もしその時懐中電灯の人物に助けを呼んでいたら、彼女の今日は無かっただろう。近くに居た、落合由美さんや吉崎さん母子の今日も…理由は後述。)

 この墜落現場で「生き残った罪も無い乗客、乗務員にとどめを刺した者達」は恐らく国籍が日本では無い、と信じたい。来るべき極東有事を演出するために特別訓練された、日本の自衛隊を偽装した部隊の可能性が高いのでは?任務遂行のみに全神経を集中する訓練と共に、部隊を編成するに当たって「日本人を嫌悪する教育」を受けた者達が選ばれたのではないか?

 123便の乗客、乗務員はこの者達の手にかけられ、処分された。殺人鬼が迫って来る瞬間、彼等は一体何を思ったのだろうか?『お前達は何者だ!?乗客乗員の救助に来たんじゃないのか?』現場で何が起こっているのか、理解している人はほとんどいなかったであろう。彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた。

尋常ならざる遺体の状況 参考ウェブサイト:
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2010/0809.html 

 ジェット燃料は高くて1400℃に到達するというが、それは灯油の1100℃とたいして変らない。実体はほとんど灯油と同じと考えてよい。写真の子供は頭部の輪郭が崩れる程激しく燃えており、ジェット燃料(灯油)が原因ならば、まとまった燃料が本人にかかり燃えた、あるいは近くで激しく燃えていたことになる。しかし、子供の遺体に寄り添うように生えた木立にはほとんど焦げ跡がない。しかも雑誌の文面には「紙幣や書類が周囲に散乱していた」(写真誌フォーカス)と記載されている。ジェット燃料はこの子だけをめがけ飛び散り、この子だけを燃やして火は収まったというのだろうか?この不自然な状況を説明する理由を私はこう考える、「この子はごく間近から火炎放射器で焼かれたのだ」と。元記事

 当時、遺体の歯形で本人確認を行った大國勉氏(歯科医師、群馬県警察医会副会長)に、青山さん(元日航客室乗務員、青山透子氏)は何度もインタビューを試みている。「私は群馬県警察医として千体ほど焼死体を見てきたが、それでも歯は『すす』で黒くても、裏側や一部は白いままだし、骨もそこまで燃えていない。なのに、あの事故の時は骨の奥まで炭化するほど燃えていた。…二度焼きしたような状況だ」。周囲の木々が幹の中までは燃えていないのに、遺体だけが骨の芯まで焼かれているのはなぜか。群馬県の検視報告書において担当医が「二度焼き」という言葉を使ったことは、ただごとではない。

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写真上:女性4人の生存者が見つかったスゲノ沢の上流で発見された携帯用VXガス兵器と思しき容器。20数年経って、瓶には微量の液体が残っていた。持ち帰る際、念のため何重にもビニール袋で密封したが、調査に当たった方達2人は、密封を解いた途端気分が悪くなり、数日間寝込んでしまったという。(抜粋引用終了)

日航ジャンボ機JAL123便墜落事故の真相を追っていた佐宗氏は、不審死
政治的背景が疑われる不審死を遂げた人、冤罪で捕まった人
http://8260.teacup.com/astroecology/bbs/505
●ワールドフォーラム代表 佐宗邦皇氏

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 2009年8月8日、日本航空123便の御巣鷹山に墜落した事件(1985年8月12日)の真相を追っていた佐宗氏は、ビデオの月例会で話している最中、ペットボトル「おーい!お茶500ml」を一口飲んだ、そのわずか30秒~1分程で突然倒れ、翌日死去。

1985年の日航ジャンボ機事故の考察 ~国産OS「TRON」技術者の死~ てつ 2018-8-14
http://tetsu-log.com/nikkouzyanbo-180814.html

・・「このとき、事故を担当してつぶさに調べていた前橋地検の山口悠介検事正は、原告の遺族たちに異例の説明会を開催し「事故原因をぎりぎりまで追及すれば戦争になる」とまで語ったという。また、当時の総理大臣である中曽根元総理は、この事故に関することは墓場まで持って行く、といったという話がある。」・・これには注目したい。

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日航ジャンボ機撃墜儀式殺人は、一石何鳥だったかわからないほどだが、TRON潰しやプラザ合意への脅しがメインだったと思う。

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3.11ですか

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で、9.11

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まず、標的機ファイヤー・ビーが123便の胴体に突き刺さり、そして

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機体後部を襲ったと思われる追尾ミサイルの方ははどこから来たものだろう?

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呆~

あの探査船「ちきゅう号」が紀伊半島沖の南海トラフで掘削中!~台湾地震予測研究所が警告する中、口永良部島で噴火~予断を許さない状況か!?  2019/01/18 11:00 AM
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=186447

 あの探査船「ちきゅう号」が紀伊半島沖の南海トラフで昨年の11月から掘削をしていて、目標とする海底下約5200mの巨大地震を引き起こすプレート境界断層まで約半分進んだとのことです。・・

https://twitter.com/RothschildBoJ/status/1085704041026342912
𓅓日銀筆頭株主ロスチャイルド𓁹@RothschildBoJ 5:03 PM - 16 Jan 2019

【日本財団と在日米軍が出資する海洋研究開発機構の地球深部探査船()】2019年1月15日の時事通信社の一報、和歌山県新宮市沖75km地点で史上初の南海トラフ海底の震源断層を掘削中の外国船「ちきゅう号」が地下約3000mまで掘削に成功‼️
なお、水を流せば水素核融合が起きます()

「自衛隊が来ると新たな犯罪や事故が予想される」と沖縄・石垣島の「八重山毎日新聞」1面コラム 防衛協など3団体が抗議 惨系 2018.1.19 14:35更新
https://www.sankei.com/politics/news/180119/plt1801190024-n1.html

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尊敬されたければ、まず正直であれ!

神経ガスによるマインドコントロール 1 松本サリン事件
https://satehate.exblog.jp/7729962/

神経ガスによるマインドコントロール 3 地下鉄「サリン」事件
https://satehate.exblog.jp/7739630/

東京地下鉄ガス攻撃は安倍の最初の攻撃であった By Yoichi Shimatsu + 麻生の水道攻撃
https://blog.goo.ne.jp/beingtt/e/439dcf0b0ee1d22fe9786bf755162119

311東日本大震災陰謀情報 麻生太郎政権の練習ほか
https://blog.goo.ne.jp/beingtt/e/3804c8366961975b3cce571a15a09bde

(3)御巣鷹山ゲストブック 青山透子氏、植草一秀氏、森永卓郎氏の三氏に共通のこと 投稿者:池田昌昭 投稿日:2019年 1月19日(土)08時21分19秒 a-fhn3-07191.noc.ntt-west.nsk.ne.jp

https://8005.teacup.com/suzan/bbs/2142

 青山透子著『日航123便墜落 遺物は真相を語る』、植草一秀著『国家はいつも嘘をつく』、森永卓郎著『なぜ日本だけが成長できないのか』の三氏が、JAL123便について、押しなべて言っていることと、言っていないことが共通している。

 まず三氏に共通して、三氏が押しなべて言っていることは何か。それはJAL123便ボイスレコーダー冒頭の、福田博航空機関士が相模湾上空で発声した、「オレンジエア」である。

 三氏とも『航空事故調査報告書』では「オールエンジン・・・」となっている個所を「オレンジエア」と聴き取っていることは、まったく正しい。

 ではその「オレンジエア」とは何かとなった場合に、これまた三氏とも共通して、自衛隊のオレンジ色の「ミサイル」だと主張しているのも、共通している。その「ミサイル」誤射により、JAL123便の垂直尾翼が破壊され、墜落の原因になったとしている点も、共通している。

 ところでこの「オレンジエア」について、筆者(池田)は以下のように考える。「オレンジエア」発声は、午後6時24分過ぎ、相模湾上空を飛行中のJAL123便近辺で炸裂した「核爆発」のオレンジ色ではなかったかと推測する。オレンジ色の光色は、広島原爆の際にも目撃されている。

 航空機関士の「オレンジエア」発声直前には、「ドーン」という音が、ボイスレコーダーにも記録されている。この「ドーン」音は、真下の伊豆半島東海岸河津町では、「カミナリが落ちたような音で、ビリビリ響いてきたようでした」(鶴岡憲一・北村行孝『悲劇の真相』、187ページ)、またドラム缶が、焚火の中で爆発したような大きな音が、地上でした。これは静岡県河津町上空を飛行中のJAL123便垂直尾翼に、ミサイルがぶつかった音ではないように思える。

 次に三氏とも共通して、押しなべて触れていないことがある。それがまさに、相模湾上空での核爆発であり、なぜ三氏ともこの核爆発について、まったく言及していないのか不思議に思う。

(4)御巣鷹山ゲストブック JAL123便の記述がある森永卓郎著『なぜ日本だけが成長できないのか』(角川新書、2018年)を読んで 投稿者:池田昌昭 投稿日:2019年 1月 2日(水)07時51分23秒 a-fhn3-07191.noc.ntt-west.nsk.ne.jp

https://8005.teacup.com/suzan/bbs/2138

 先の植草一秀著『国家はいつも嘘をつく』(祥伝社、2018年)に続き、またまたJAL123便墜落事故に言及する、今度は森永卓郎氏の『なぜ日本だけが成長できないのか』が出版された。その中で森永卓郎氏は、青山透子氏の著作『日航123便 墜落の新事実』や『日航123便墜落 遺物は真相を語る』を引用・参照するのみで、何も新しい知見や観点を述べてはいない。森永卓郎氏の人の良さ全開は評価するが、奇妙な人との印象を抱いてしまう。

 今回の森永卓郎氏の新刊書にあるのは辛うじて、『テレビ朝日』が、2015年8月に報じた伊豆半島東伊豆町の沖合2・5キロの海底で、撮影された日航ジャンボ機の一部らしき物体の報道記事を引用しているだけで、そこから一歩も出ていないのは、先の植草一秀氏の著書『国家はいつも嘘をつく』のJAL123便事件に関する記述の章と同じ。

 ただ森永卓郎氏の主張のなかで、JAL123便事件が、対米従属の枠組みで捉えられ、プラザ合意による円高誘導で、日本経済の対米従属が一層顕著になった観点には賛成。

 なお日本経済が借金漬けであり、にもかかわらずアメリカの特に軍需産業の製品を、無理にツケで買わされている実情、今のうちに、中古品などを日本に買わせるだけ買わせる実情にもかかわらず、経済アナリスト森永卓郎氏は、「日本経済は、世界一健全だ」と強弁している。

 100兆円を超す来年度予算のおよそ3割が、輪転機を廻して国民の預貯金などを担保に、借金をしている破綻財政だと、森永拓郎氏は主張すべきにもかかわらず、「日本経済は、世界一健全だ」との幻想を、辺りに振り播いている。破産寸前の国家が実際に破綻すれば、担保である国民の金融資産は、「紙屑」になる危険性を歴代の日本政府が冒していることを、森永卓郎氏は強調すべきなのに。

 また巨大企業への各種優遇措置や、莫大な内部留保(利益剰余金)、また大資本家階級や大富裕層がますます儲けている根本が、労働者階級の日々の労働の半分以上が搾取されている事実にあることを、森永卓郎氏は触れようともしない。

 残りの99%の国民の生活が、カツカツの水準にある根本原因は、資本家階級による、労働者階級の日々の労働の搾り盗りにあることを一言も、森永卓郎氏が触れていないのも、奇妙さを通り越してしまう。

(5)御巣鷹山ゲストブック 植草一秀氏の著作『国家はいつも嘘をつく』(祥伝社、2018年)の「JAL123便」に関する記述。 投稿者:池田昌昭 投稿日:2018年12月20日(木)09時00分22秒 a-fhn3-07191.noc.ntt-west.nsk.ne.jp

https://8005.teacup.com/suzan/bbs/2130

 植草一秀氏の著作『国家はいつも嘘をつく』で、植草一秀氏は、健筆を振るっているのに、ことJAL123便事件(No.⑤「日航ジャンボ機123便」の嘘)に関しては、なぜ植草一秀氏は、他人の意見ばかりを紹介しているのだろうか。ことこの「章」に関しては、自分の意見の披歴がなぜ、見られないのか不思議に思う。

 具体的には、まずJAL123便が墜落した原因について、植草一秀氏自身の意見は何かとなった場合に、植草一秀氏は他人の意見の紹介で終始している。確かに植草一秀氏は、「オレンジエア」についても、青山透子氏の著作や、ネット情報からの引用止まりで終わっている。

 ことほど左様に、植草一秀氏の今回の著作『国家はいつも嘘をつく』の、「JAL123便」に関する「章」を読む限り、自分の見解を述べていないことが、歴然である。すべて他の人の著作や、ネットからの引用である。引用がなくては、著作を書けないのであり、引用が悪いというのではないが、引用するのは、自分の見解を述べるために引用する。

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 「1754.青山透子氏、植草一秀氏、森永卓郎氏、さてはてメモ帳の管理人氏の四氏は、123便事件に関しては寸止め言論人。 PART2」に続きます。


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