2 猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」は、福島脱出を防止するプロパガンダSONGなのか?
書き終わって投稿して約2時間後の拙ブログは、FC2ブログ「謎」部門7652位 と言う有様でした。約11時間後(2011年12月26日正午頃)の拙ブログのFC2ブログ「謎」部門のおける順位は、7867位 と深夜3時頃より約200位も下降しました(笑)。
前回の投稿の際、本当は地図を挿入したかったのですが、PCの苦手な私は、まだ、わからないことだらけで、FC2ブログの説明文を読んでも写真や図などが挿入できない有様です。どなたか、ご教示頂けたら幸いです。
(2)猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」
猪苗代湖は、日本で4番目に広い湖である。猪苗代湖ズは、東日本大震災が起きる前の2010年9月に福島県出身のミュージシャン4名により結成された日本のバンドである。
「I love you & I need you ふくしま」は、その猪苗代湖ズのシングルである。猪苗代湖ズ結成のきっかけとなったイベント「風とロック芋煮会」にて、元々『アイラブユーベイビー 福島』というタイトルで生まれた楽曲である。東日本大震災を受け、2011年3月17日に首都圏の電力事情を考慮して名古屋でレコーディングされた。収録に当たり、福山雅治が演奏に、サンボマスターの近藤洋一がエンジニアおよびプロデューサーとして参加。収録から3日目の3月20日にTOKYO FMのサイト内で配信シングルとしてリリースされた。オリジナルバージョンのほか3月26日に福山雅治・井上鑑参加バージョン、3月30日に怒髪天参加バージョン、4月2日に忌野清志郎バージョンが配信、4月13日までに4万ダウンロードを越えた。猪苗代湖ズの箭内は福島県内の避難所で高齢者が感動している様子を目にし、水前寺清子に参加を打診。水前寺はこれを快諾し、4月15日に水前寺清子参加バージョンが配信された。1ヶ月後の4月27日にはCD化され、タワーレコード限定で発売された。2011年5月、この曲はオリコンのインディーズCHARTで首位に輝いた。収益はいずれも全額、福島県災害対策本部に寄付された。
PVは、様々な福島県人が歌うバージョンと、全都道府県出身者が歌うバージョンの2種類がある。後者には各界著名人も参加している。
福島人としてPVに出演した西田敏行は、2011年12月25日8:00 - 22:54(894分)にTBSテレビで放送された「報道の日 2011 記憶と記録そして願い」に出演した。
(3)西田敏行の政府批判
「報道の日 2011 記憶と記録そして願い」は、「JNN大震災記録プロジェクト」として放送された、2011年3月11日午後に発生した東日本大震災を中心とした2011年国内外で起きたニュース・スポーツの出来事の振り返りや東日本大震災の被災地ドキュメントをメインテーマとした特別番組であった。報道中心の大型特番は1993年から1995年の12月30日・31日に放送した『報道30時間テレビ』以来となる(ただし、この番組は途中に別番組である『輝く!日本レコード大賞』と『全国高校ラグビー大会』を内包していた)。
途中、通常の昼と夕方の定時ニュースに替わるニュースコーナーを内包した。この際全国枠では、公式かつ昼の『JNNニュース』で使われている見出しテロップではなく、夕方の『Nスタ』ベースのデザインで、通常『Nスタ』が入る球状のロゴ部分には「報道の日」と表記され、カラーリングもピンクと白を基調としたものとなった。
この番組は、全4部構成で放送された。 第一部「サンデーモーニング年末スペシャル 3.11と激動の時代」(8:00 - 11:25)は、毎年、年末年始に放送される『サンデーモーニング』の特別編であった。例年どおり、前半は1週間のニュースとスポーツコーナー「週刊・ご意見番」、後半を特集とした。司会は、関口宏だった。コメンテーターには、今年私が直接話をした慶應義塾大学教授の金子勝も出演していた。
第二部「年録〜もうひとつの真実〜」(11:25 - 14:25)は、 震災以外のニュースを含む、2011年の重大ニュースを振り返った。司会は、関口宏と膳場貴子であった。
この中でゲストの西田敏行は、実に痛快なコメントをした。 「... なんとなく福島の人はチェルノブイリを超えているかもしれないとレベル2とか3とかの時に思ってました」と。
つまり、311後妻子をシンガポールに逃がしたと言われている枝野幸男官房長官(当時)が、「直ちに人体、あるいは健康に影響が無い」ということを全部で7回記者会見で述べてた頃、福島の人々は政府の言うことなんか信用していなかったと主張したのだ。
ネットの住人は、マスコミを「マスゴミ」などと言って批判するが、たまにはこうして真実の声も伝えている。もっとも、西田敏行の実に痛快なコメント直後、TBSはすぐに原発情報カメラに切り替えてしまったが(笑)。
どなたか、このコメントの動画をUPして拡散して下さい。TBSは著作権を盾に削除要求してくるでしょうけど。
(4)加害者
西田敏行は福島の人々は政府の言うことなんか信用していなかったと主張したが、私が思うに、まだまだ政府の所謂「大本営発表」を信じている人々も多いのではないでしょうか。私が拙ブログをSTARTしたのも、そうした人々を微力ながら覚醒できなかと言う思いからでした。ですが、7867位では徒労なのかもしれませんが。
それにしても、311後の枝野幸男官房長官(当時)の発言を吟味すれば、枝野幸男は多くの人々の内部被曝を促進した加害者と言えるだろう。TV画面で福島の食品が安全であることをアピールしながら福島脱出を決行した元福島テレビのアナウンサー・原田幸子や、フジテレビの朝の情報番組「めざましテレビ」で盛んに福島県産の野菜を食べまくった結果、とても気の毒な事に急性リンパ性白血病になった大塚範一も加害者と言えるだろう。
http://sekaitabi.com/fukushimat.html
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1675229.html
(5)311後、日本国内の米国人はヨウ素剤を受け取った
あの頃、枝野幸男はこうも言った。「デマに惑わされないで下さい。政府の言うことだけを信じて下さい。」
あの頃、政府の枝野幸男や御用学者の言うこととは正反対の情報が、ネットやMAILで飛び交っていた。 「原発爆発、逃げて!」「○○さんにも伝えて!」「ヨウ素剤を10滴飲んで」「海藻をたくさん摂って」
ヨウ素剤と言えば、私の教え子(あっ、職業がばれてしまいましたね。)のあるJK(当時)は米国籍の為、当時、ヨウ素剤が配布されました。このヨウ素剤も、所謂「思いやり予算」から出たのでしょう。米国の支配層に貢いでいる(搾取されている)日本の人々には、ヨウ素は配布されません。
(6)米国債を売り飛ばせ!
日本はいつまで対米従属の外交姿勢を続けるのか。もしかしたら紙くず同然になってしまうかもしれない米国債を売り飛ばせば、復興資金捻出の為の増税など必要ないかもしれないのに。もっとも、それをやろうとすると、中川昭一のように不審死してしまうかもしれないが。
http://www.yamamotomasaki.com/archives/217
(7)対米従属からアジア重視の外交政策へ転換すべき
2011年12月26日のNHKニュース
野田総理大臣と中国の温家宝首相は、日中間の経済連携を強化するため、外貨準備の資金を使って、中国の国債を購入することで合意しました。中国の国債の購入は、日本にとって最大の貿易相手国である中国と、金融面での協力を含め、経済のうえで一層関係を強めるねらいがあります。
財務省によりますと、中国国債の購入の予定額は「少額」にとどまるとしていますが、ドルやユーロなどで構成された日本の外貨準備に、人民元建ての資産が加わることは、ドルに偏っている外貨準備の運用を多様化するという、日本にとっての課題の解決に、将来つながる可能性もあります。また、日中が互いに国債を購入することは、定期的な情報交換などにもつながるとして、安住財務大臣は「外交上も必要だろうと思う」と述べています。一方、中国から見れば、日本による国債の購入は、通貨・人民元の「国際化」への援軍を得ることになります。中国は人民元の為替レートを決める仕組みなどは徐々に改革を進める一方、人民元を国際的に通用する通貨にしてゆく「国際化」も重要な方針に位置づけています。先進国である日本が、中国の国債を外貨準備のなかで保有することは、人民元の国際化に向け大きな一歩だと、中国側は大きな期待を寄せています。このほか、会談では、円と人民元を直接取り引きできる為替市場の整備を支援したり、円建てや人民元建てでの貿易決済を促進したりすることでも合意し、企業などにとっては、ドルを介さない取り引きが広がれば、コストやリスクを軽減できます。これによって取り引きが活発になり、人民元の流通量が増えれば、人民元の国際化がさらに進み、日本の円もさらに国際的な通貨としての地位が高まる効果が見込まれ、日中両国は、作業部会を作って、具体的な話し合いを始めることにしています。
「日本政府が、中国国債を初購入。」と言うニュース、良い話題ですね。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111226/t10014898611000.html
(8)日本政府の棄民政策
ところで、BY THE WAY 前述の米国籍のJKが属する学年の生徒達は、2011年3月12日に卒業式を迎えるはずであった。311の翌日である。311のあの時間、
米国籍のJKが属する学年の生徒達は体育館で卒業式の予行演習中であった。私は職員室で期末TESTの採点に追われていた。あの夜、首都圏の多くの人々が帰宅難民になった。幸い、私の利用している某民鉄は終電近くに動き出した。23:30過ぎ、学校を出た。日付が替わり3月12日となった0:00頃、下り電車に乗った。私の勤務校はその3月12日に卒業式をやることを強く望んだ。しかし、都教委が却下した。やむなく、卒業式は3月15日となった。
その措置は、卒業生をはじめ当時の勤務校の関係者の内部被曝を促進した。なぜなら当日、東電の非常(非情)措置により郊外の鉄道は、ほぼのきなみSTOPしていたからである。3月15日、この日こそが、首都圏の放射性物質の量が最大だったと考えられる日である。そうした状況下、多くの生徒は長時間かけて自転車で学校を往復した。私も○○市から往復4時間以上かけて、勤務先を往復した。電車がSTOPしているので、無理して行かなくてもよかったのだが。米国籍のJKは、3月15日、欠席をした。
翌16日、NRC(米原子力規制委員会)は、福島第1原発の半径80キロ以内に住む米国民に対して避難勧告を出した。圏外への移動が困難な場合は屋内避難を指示していた。一方その段階の日本政府は、20キロ圏内に避難を指示しており20~30キロ圏内には屋内待避を指示していた。つまり、その段階で米政府は、日本政府が出している要避難圏よりも半径にして60キロも広く危険区域と認識していたのだ。まさにこの日本政府の避難指示は非難されるべきである。
3月28日、米国籍のJKがようやく卒業証書を取りに来た。
http://newsyomaneba.seesaa.net/article/191093168.html
(9)クリスマスの日のTBS
さて、「報道の日 2011 記憶と記録そして願い」の第三部「3.11映像の記録〜あの日、何があったのか〜」(14:25 - 19:25)は、コーナー開始から18:30までは「テレビ史上初の同時間帯ドキュメント」として、震災当日の映像を、出来事が起こった時刻と同じ時間帯になるように放送して検証した。18:30からは「首相官邸で何が?」と題し、震災発生直後に首相官邸で起きていた出来事をドラマ仕立てで検証した。ゲスト出演した菅元首相は、自己正当化のコメントで締めた。
結局、当時何もかも後手後手になった結果、原発周辺地域の子供たちはヨウ素剤を飲むこともできず、早急な避難もできず、ひどい有り様となった。
第四部「明日へ…」(19:25 - 22:54)は、「様々な立場で震災と闘った人々」を取材したドキュメンタリーだった。司会はTBSアナウンサー・安住紳一郎だった。ゲストの一人が岩手県陸前高田市長の戸羽太だった。市長就任直後には東日本大震災が発生、陸前高田市は大津波による甚大な被害を受け、妻が死亡した。1995年、陸前高田市市議会議員に初当選し、自由民主党系会派「爽風会」に所属した。陸前高田市が計画したタラソテラピー(海洋療法)施設の建設には市議会議員(日本共産党)中里長門らとともに反対、住民投票条例制定を主張した。戸羽は2003年に行われた市長選挙でも「陸前高田市政を考える市民の会」(後の「あたらしい陸前高田市をつくる市民の声」)から無所属で立候補した中里を全面的に支援、選挙対策幹事長を務めて中里の初当選に尽力した。戸羽が市議会議員3期目を務めていた2007年、中里から助役就任を推薦されて同職に就任した。2011年、中里長門の市長引退に伴って、中里の後継候補として市民団体「あたらしい陸前高田市をつくる市民の声」から無所属で市長選に立候補した。対立候補であり政権与党・民主党の推薦を受けた菅原一敏のもとには元民主党代表で岩手県を地盤とする政治家・小沢一郎も応援に駆けつける激戦となったものの、戸羽が当選して陸前高田市長に就任した。以上のような経過を経た為、日本共産党が支持している市長である。つまり陸前高田市は、全国で極めて少ない日本共産党が与党の地方自治体なのである。
『報道の日2011』は、東北での視聴率が高かった。仙台や福島では20%超の枠もあった。概ね西へ行くほど視聴率が下がっていた。
戸羽太は、東京都町田市出身である。実は、筆者は2004年8月迄、町田駅から徒歩圏内に住んでいた。住所は現在は政令指定都市になっている相模原市であった。町田駅と相模大野駅のちょうど間くらいのロケーションにある安アパートに住んでいた。
また、あのエリアに住んでみたいと思う今日この頃である。私が住んでいた頃の町田駅周辺は、「首都圏南西部の渋谷」とも言われ、渋谷と同様に東急ハンズや109は町田にもあった(今もあるのだろうか?)。また、夜ともなれば、渋谷にいるような若者が109の前で喫煙し、夜回り先生こと水谷修先生から諭されていた。
私が住んでいた頃の町田駅周辺は、箸とどんぶりで味わう地中海料理の店「コシード」があった。人気の店であり、世襲で息子が後を継ぎつつあったので、今も健在だと思う。私は、この店が町田街道沿いにあったラーメン屋のカウンター風の店だった時代から時々通っていた。また行ってみたい。
(10)軽音楽部
「報道の日 2011 記憶と記録そして願い」がTBSで放送された2011年12月25日」、CSのTBSチャンネルでは、アニメ「けいおん!!」の一挙放送を流している。この作品の影響なのか、近年、軽音楽部に入部する女子生徒が増えている。
私が主顧問を務める某都立高校の軽音楽部も然りである。2011年度の部長は女子である。この軽音楽部、2011年10月には、ギター好きの若者がよく読んでいる「Go!Go! GUITAR」と言う雑誌の2011年12月号の取材を受けた。この号の表紙は、YUIであった。YUIは、8曲のオリコンNO1HITを放っている。現在11曲のあのAKB48に迫る勢いである。もっとも、AKB48は様々なユニットや個人やSKE48やNMB48を加えるとかなりの曲数になるのだが。
2011年11月20日、府中市の明星中学高等学校児玉九十記念講堂で開催された都教委と高文連主催の「平成23年度東京都高等学校文化祭軽音楽部門大会」の中央大会(決勝)が開催され、私が主顧問を務める某都立高校の軽音楽部のバンド「Liar」は、準グランプリに次ぐ奨励賞を受賞しました。グランプリは1校、準グランプリは2校、奨励賞は2校です。グランプリ・準グランプリとも私立でしたので、奨励賞を受賞した某都立高校と並び、私の勤務校は都立の軽音楽部の頂点に輝いたことになります。
(11)テーマ
転載開始
TOMMYさんのマイページ 2011/10/21 02:33
ハッキリ言って、歌わされている子供達が痛々しいです。
超高濃度汚染の下で、大量被曝した地元産食材を子供達に給食を無理やり食べさせたり、「友人に放射能についての知識を話すな、聞かれたら嘘をつけ」などと指導している大人達、福島の大人達がやっていることは、安全プロパガンダに他なりません。
そんな福島の大人達の安全プロパガンダ教育は、北朝鮮がやっている政治プロパガンダ教育と一体どれほど違うのでしょうか?私はそこに大した差違はないと思っています。
猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」、この福島復興応援ソングこそ、まさにプロパガンダ曲です。北朝鮮のそれと比べたら、洗練されていますが…。このプロパガンダ曲を子供達に歌わせて喜んでいる福島の大人達を私は激しく憎悪し、軽蔑します。
もう事故発生から半年以上経て、現在も収束していないのです。いつまで子供達を福島に留め置くつもりなのですか?大人達が福島に残り放射性物質を浴び続け、被曝した地元産食材を食べ続けるのは勝手です。ですが、子供だけは福島から出さなければならないことくらい理解しなくてはなりません。
http://www.freeml.com/bl/8513681/37143/