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1527.群馬県多野郡上野村・東京都西多摩郡奥多摩町・東京都西多摩郡日の出町・静岡県沼津市 PART4

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↑画像 〒359-0042 埼玉県所沢市並木1丁目 所沢航空記念公園 仁科美咲

A 東京コントロール

 2018年9月30日の4本目です。今回は整理記号です。「1526.群馬県多野郡上野村・東京都西多摩郡奥多摩町・東京都西多摩郡日の出町・静岡県沼津市 PART3」の続きです。1526の(3)に「東京コントロール」という言葉が出てきました。「東京コントロール」と俗称されていますが、正式には「東京航空交通管制部」です。「東京コントロール」は組織名ではなくてコールサイン(無線呼び出し符号)です。東京航空交通管制部は、埼玉県所沢市並木にある航空交通管制部(国土交通省の地方支分部局)です。

 私は東京都と埼玉県を走る西武新宿線沿線に住んでいます。西武新宿線航空公園駅があり、駅から徒歩圏内に所沢航空記念公園があります。東京航空交通管制部は所沢航空記念公園の北東角にあります。

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↑画像 埼玉県所沢市並木 国土交通省 東京航空交通管制部
https://4travel.jp/travelogue/10285446

B 口封じの歴史・高天原山事変301 西多摩郡奥多摩町日原(にっぱら)の目撃証言

 日原鍾乳洞で有名な西多摩郡奥多摩町日原は、「1525.群馬県多野郡上野村・東京都西多摩郡奥多摩町・東京都西多摩郡日の出町・静岡県沼津市 PART2」の「(3)考察」に書いた秘境路線バスの旅「奥多摩町 日原線」の舞台となった場所です。

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↑画像 奥多摩町の地図

 18:47:05、ボイスレコーダーに「山行くぞー!」という声が記録されている。その頃、西多摩郡奥多摩町日原で勤務中の前田清巡査長(当時24歳)は123便を目撃した。「ゴロッと雷の様な音がしたので空を見た。川下より低空で左翼を大きく落とし斜めに落ちて来る感じで…直ぐ翼を取り戻し通り過ぎ、北西の山の並みへ向かった。」と語った。

 相模湾と不時着現場だけではなく、東京都西多摩郡奥多摩町日原でも機体の破片が発見されたといわれている。その奥多摩町で撮影された写真によって、123便が垂直尾翼の大部分を失った状態で飛行していたとされている

 奥多摩町日原で123便が目撃された後、東京都・埼玉県・山梨県の境界にある標高2,017mの雲取山で登山客が123便を目撃した。

C 口封じの歴史・高天原山事変302 群馬県多野郡上野村の目撃証言

 群馬県多野郡上野村で123便を目撃した方は、「123便が垂直尾翼に何の破損もなく飛行しているのを見た」と日月土氏に語った

★(新) 日本の黒い霧 JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(1)
https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/2ae393ac6bf8cc30807ba140c33183f8

★(新) 日本の黒い霧 JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(2)
https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/edbab4f32ae3d24a7aaf78f747cbaaeb

★(新) 日本の黒い霧 JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(3)
https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/948bc5fa3d0c23cb370dddf0412dd657

★(新) 日本の黒い霧 JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(4)
https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/73966dd140ad8f09af1871cd767b7207

★(新) 日本の黒い霧 JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(番外編)
https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/9b2293ff8be62ffa5c9af40e12e1f806

D 口封じの歴史・高天原山事変303 上野村立上野小学校の児童が書いた日航機墜落事故についての文集 「小さな目は見た」 (新) 日本の黒い霧 JAL123便墜落事故-真相を追う-「小さな目は見た」 2010-01-02 12:49:58 転載記事 

https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/0274a5ce8556efc7d86a8dce170d5594

目撃地点の地図情報
図1:目撃地点の地図情報

-------------------------------(引用ここから)---------------------------------

(1) H.Mくん

 まんがをテレビでみていたとき、ひこうきじこがおこったと、でました。すぐそとにでてみたら、ヘリコプターがとんでいました。おとうちゃんが、ニュースをみていました。(以下略)

(2) R.Kさん
 
 八月十二日よる、おかあさんがいないので、どうしたのかなとおもってそとにでてみると、したのおじさんたちと、どうろにでてなにかはなしていました。したのおじさんが、「あかくひかっているものがとんでいるよ。」と、いったので、わたしもみました。山にかくれたり、でたりしていました。「きみがわるいね。」と、みんなではなしました。

 そのうち、テレビのニュースそくほうで、ひこうきがおちたとかいてあったので、「たいへんなことがおきた。」と、みんながいいました。わたしもしんぱいしながら、山のうえを、明かりをつけて飛んでいるひこうきをいつまでもみていました。(以下略)

(3) S.Mくん

 十二日の夕方、テレビを見ていたら上の方に、ニュースが出てジャンボ機が長野ふきんでレーダーから消えたということが、出ていました。そして、お父さんが外で「飛行機がおいかけっこしているみたいだぞ。」と言ったので行って見たら、電気がついた飛行機が二機飛んでいました。(以下略)

(4) M.Oくん

 十二日の夕方、日航機が墜落しました。東京から大阪に行く途中の出来事でした。そのときは、ぼくの家では、テレビを見ていました。そのとき、画面の上の方に、ニュース速報で、日航機がレーダーからきえたとでました。もうそのときには、ぼくの家の上の方では、飛行機が三機ぐらい飛んでいました。お父さんは「それで、飛んでさがしているのだろう。」と言っていました。一時間半ぐらいたってもまださがしていました。ぼくは、早くみつかってくれればいいなと思いました。二時間ぐらいして、ニュースをしている人が、「長野県のおぐら山におちました。」と言っていました。ぼくは、とにかくみつかってよかったなと思いました。でも、まだニュースを見ていました。

 やっと飛行機の飛ぶ音がしなくなったと思ったら、またまた音が聞こえました。ぼくは、まださがしているのかな、と思いました。もう墜落している現場がわかっているんだから早く救出すればいいのにな、と思いました。それともまだわかっていないのかな、それにしては、ニュースの人が確定したのにおかしいなと思った。それで十一時四十五分ごろにねました。(以下略)

(5) H.Hくん

 八月十二日の夕方、六時四十五分ごろ南の空の方からジェット機二機ともう一機大きい飛行機が飛んできたから、あわてて外へ出て見た。そうしたら神社のある山の上を何周もまわっているからおじさんと「どうしたんだんべ。」と言って見ていた。おじさんは、「きっと、あの飛行機が降りられなくなったからガソリンを減らしているんだんべ。」と言った。ぼくは、「そうかなあ。」と思った。それからまた見ていたら、ジェット機二機は、埼玉県の方へ行ってしまいました。

 それから、おれんちのお客が出てきて、「飛行機がレーダーから消えたんだって」と言った。おじさんが「これは飛行機が落ちたぞ。」といいました。(以下略)

(6) K.A くん

 八月十二日の夕方に、花火をしていてヘリコプターがいっぱい飛んでいたからどうしたのかと思った。関係ないままテレビを見ていたらニュース速報が出て、飛行機がレーダーから消えたといった。(以下略)

(7) N.S さん

 八月十二日の夜、ごはんを食べようとしたら、浅間山の方で、「ズドーン」と音がした。○村のおばさんが、お客に来ていて、「上野村は山が高いから、飛行機の音が大きく聞こえるね。」といった。でも、いつもの飛行機の音とちがっていた。

 七時になるころだった。テレビを見ていたら、飛行機が落ちたといった。群馬か長野かわからなかった。

 十時半頃になって、上野村ということがはっきりしたので、お父さんとおにいちゃんは、助けに行ってくるといって、ぶどう峠まで言ってきた。お父さんとお兄ちゃんの話。

 飛行機が落ちた上を、ヘリコプター三機ぐらいで、大きなライトでてらしながら、ぐるぐるまわっていた。その下のほうから、まっ白なけむりがでていて、山にきりがかかったみたいだった。そのうち、おまわりさんや自えいたい、きどうたいの人達がいっぱい登ってきた。赤い電機をつけた車も、すき間のないぐらいみちにつまってしまった。おまわりさんに、
「今、下へおりないと、かえれなくなりますよ。」といわれて、山をおりてきて、お父さんとお兄ちゃんが家にきたのは、朝の一時三十分ごろだった。(以下略)

(8)M.Iくん

 ぼくは、どうして日航の123便が落ちたのか、不思議でしかたありませんでした。ぼくが飛行機がつい落したというのをしったのは、夜でした。なぜ、夜しったかというと、まず初めに、「ドーン。」と、かみなりのなるような音がして、ニュースで、日航の123便がついらくしたことを聞いたからです。(以下略)

(9)Y.K くん

 午後七時少し前、蚕にくわをくれていたら雷のようなおとがしました。ぼくの家の下の人は、真っ赤な飛行機を見たといいました。ぼくはその時、どうして飛行機がこんな方に飛んできたのかと思いました。それも、真っ赤な飛行機。ぼくはその時、いやなことがおこらなければよいとと思いました。(以下略)

(10)E.Iくん

 「えー」と、おれはたまげてしまった。なぜ飛行機がついらくしたんだと思った。空を見ると、ヘリコプターは、東に行ったり、西に行ったりしていた。テレビを付けたら、7時のニュースでやっていた。乗客は、524人もいたというので、すごい人数だとおもった。夜11時ごろ、お父さんと、ぶどう峠に行こうと思ったが行っても、しょうがないとおもったのでよした。

 十一時ごろ「ウー」と鳴ったので火事かなと思ったので外に出て見ると、なんと、車の行列がくるのでたまげてしまった。おれは初めて、上野村でこういうのを見た。(以下略)

(11)M.Kくん

 (前略)八月十二日の夜、ぼくの家に秋田からお客が来ていた。六時四十分ごろお父さんとお客に頼まれて買い物に出かけた、そして、その用事が済んで家に帰る途中お地蔵様のある広い所で、一瞬光った、僕は、稲光だと思いました。車を運転していたお母さんに、「今、一瞬光った。」と言いました。そして家に着いて少したって、七時のニュースを見ました、そうしたらニュースが、日航機墜落事故のことを報道していました。僕は、どこに落ちたのかと思いました。そしたら長野県と上野村の境に墜落したなどと言いました。僕は、びっくりしました。もし上野村だったらどうしようと思いました。あと墜落した時刻は六時五十七分ごろとニュースは言いました。そしたら、お父さんとお母さんと親戚のおじさんが、「今、○○の見た光じゃないの。」と言いました。そして凄い事故を見てしまったとも思いました。(以下略)

(12)M.Kさん

 十二日の夜、私が夕食を食べているときだった。飛行機が、ひっきりなしに飛んでいたんで気味が悪かった。そのうち父が、外に出てって空を見ていた。少したって私がテレビをつけた。[一応NHKを・・・]NHKのアナウンサーが、何か言っていた。よく聞いていると、日航のジャンボ機がレーダーから消えた、とのことだった。(以下略)

(13)S.Aさん

 六時三十分すぎ、私は、弟、妹といっしょにテレビを見ていたら、画面の上の方にニュース速報が出て、日航のジャンボ機がレーダーから消えたと書いてありました。ちょうどそのニュース速報が、出るちょっと前に飛行機が通ったような、とても大きな音が聞えました。もしかしたら、それかもしれない、と私は、思いました。

 何分かたった後、ジャンボ機をさがしに、来たのか、飛行機の音が聞こえたので、私は外に出て、空を見たら、やっぱり飛行機が飛んでいました。その時いな光りっで、空はピカピカ光っていました。そのうち、お父さんも外に出て来て、私といっしょに飛行機を見ていました。見ている時に、お父さんは、私に言いました。「家に帰って来る時、やなぎ橋の上で大きな飛行機らしいものが、飛んでいた。」と、・・・・。

 ニュースでは、長野県の方へ飛行機が落ちたらしい、ということだったので、時間的にもあるし、そっちのほうへ飛んでいったと、お父さんが言ったので、私は、もしかしてお父さんが、見たのは、レーダーから消えたジャンボ機かもしれないなぁー、と思いました。(以下略)

-------------------------------(引用ここまで)---------------------------------

■引用文の解説

 全体を読んで共通しているのは、レーダーからの機影消失のニュース速報が出たころ、あるいはそれ以前に、上野村上空付近にヘリコプターを含む多くの航空機が集まってきていたことでしょう。特に(5)の作文は具体的で、ジャンボ機が現地近くに到達する以前に、大型ジェット機1機と、小型ジェット2機が上野村上空で滞空していたことを示しています。まるで、この地にジャンボ機が来ること、または、この地で何かが起こることを予測していたような動きに注目です。これまでの経緯から考えれば、偵察・管制機としての米空軍のRC-135と戦闘機(黒い戦闘機)と見立てることが可能です。

 また、(7)、(9)の「『ズドーン』という音」、「雷のような音」、(11)、(13)の「稲光」はジャンボ機撃墜及び各軍戦闘機が撃墜された時のものと考えて良いかもしれません。だとすれば、これらの現象を生み出す兵器とは何か、最終的な墜落原因を推察する上での、貴重な証言と成り得ます。

 この他、注目すべきは(2)と(9)に表現されている「赤い光」、「赤い飛行機」でしょう。これについては、考察すべき余地が多分にあるので、後日検証を試みます。ちなみに、テレビ報道や新聞などでよく紹介されている、事故犠牲者の小川哲氏が撮影した謎の黒い飛行物体は、オリジナルのカラー写真ではオレンジ色の怪光として写っていることを情報として付け加えておきましょう。米国、旧ソ連の当時の最新鋭機が落とされていることを知った以上、私たちの想像を超えた超兵器が投入された可能性を考慮することは、もはや当然の帰結として避けられないと、私は考えます。そして、自衛隊や国家機関が懸命になって事実を隠蔽しようとする理由、私たちを殺そうとする理由、また超大国である米国、ロシアが未だに沈黙する理由も、おそらくここら辺にあるのだと思われます。

E エッセイ

 そもそもこのシリーズは、1525の(1)で紹介したひろさんのコメントへの回答をどう書こうかという思案から始まりました。1525の(3)に「帰れマンデー見っけ隊‼」の秘境路線バスの旅「奥多摩町 日原線」について書きました。それより前の1507の(1)に日の出町を取り上げた「帰れマンデー見っけ隊‼」について書きました。更に1525の(1)で紹介したひろさんが教えて下さった上野村を取り上げた「帰れマンデー見っけ隊‼」。

 「帰れマンデー見っけ隊‼」の秘境路線バスの旅シリーズがこの三カ所だけでしたら、ひろさんのご指摘の通り偶然ではなく何かの意図がある番組となるでしょう。ですがこの三カ所だけではないようですから、たまたま123便の目撃事例がある場所が少なくともこの番組で三カ所出たというレベルの話ではないでしょうか。

 123便の目撃事例は各地にあるので、もしかしたら他にも123便の目撃事例がある場所を番組で取り上げている可能性がありますので、「少なくとも」と書きました。秘境路線バスの旅シリーズの他のロケ地をCHECKする時間的余裕はありません。


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