137.日本政府は、核武装を検討していたのか?

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(1)“脱原発”首長ら運転再開に抗議

福井県にある関西電力大飯原子力発電所の運転再開が決まったことについて、脱原発を掲げる全国の自治体の首長らで作るグループが本日17日記者会見し、「決定は誠に遺憾だ」として、運転再開に抗議する考えを示しました。

 記者会見したのは、全国73の自治体の首長らで作る「脱原発をめざす首長会議」です。

 記者会見では、初めにグループの事務局長を務める東京・国立市の上原公子元市長が抗議文を読み上げ、原発の新たな規制組織が発足する前に、暫定的な安全基準をもとに運転再開を決めるのは、安全性を無視しているなどとしたうえで、「決定は誠に遺憾だ」として運転再開に抗議する考えを明らかにしました。

 また、グループの世話人で、茨城県東海村の村上達也村長は「運転再開は、不十分なストレステストや、原発の立地自治体だけの同意を前提とした、でたらめでいい加減なプロセスで進められてきた。決定には失望と憤りを覚えるとともに、改めて地元の東海第二原発を廃炉にするという決意を新たにした」と述べました。

 「脱原発をめざす首長会議」は明日18日、抗議文を総理大臣宛に提出することにしています。

(2)脱原発を目指す首長会議 誕生! 『脱原発をめざす首長会議』が誕生した!

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↑『脱原発をめざす首長会議』設立総会。上原公子・元国立市長が事務局長に選出された。=2012年4月28日、城南信金本店・品川区。写真:筆者撮影=

 ひとたび事故が起きれば真っ先に被害を受けながら、権限らしきものはなく国の意向に逆らえないのが、原発を抱える地方自治体だ。ならば結束して政府に「原子力安全行政」「エネルギー政策の転換」を求めようと、全国の市町村長の有志たちが2012年4月28日、『脱原発をめざす首長会議』を設立した。

 福島県南相馬市の桜井市長はじめ35人の市町村長(元職4人含む)が呼びかけ、全国35都道府県の69人が会員となった。ただ、原発立地自治体から参加したのは、東海村の村上達也村長だけだ。国からの補助金、電力会社からの寄付金に雁字搦め(がんじがらめ)にされている実態を反映している。

 設立総会は脱原発宣言をした城南信用金庫本店(品川区)で開かれた。城南信金は電力会社に依存しがちな金融機関にあって、いち早く方向転換した。原発からの脱却を目指す人達が都市銀行から預金を移し替えている。

 脱原発を掲げて選挙に当選した東京・世田谷区の保坂展人区長は次のように挨拶した。

「福島の事故では南相馬市に事故後情報が全くこなくて、櫻井市長が助けを求めた。それが示すように、いざという時の防災上の措置がまったく出来ておらず、今もその対策は出来ていない。にもかかわらず電力会社のいう数字に基づいての再稼働はおかしい」

「世田谷では、PPSはもちろんソーラー発電も進めている。また、今後は福島での自然エネルギーの電気の消費地としても、繋がっていきたい。自然エネルギーをすすめる、脱原発をすすめることが大事だ」。

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↑佐藤栄佐久・前福島県知事。知事時代、原発の危険性を訴えプルサーマル計画に反対してきた。そのため政府の目障りとなり、収賄事件で逮捕、起訴されたとの見方がある。=写真:筆者撮影=

小泉政権下、郵政民営化やプルサーマル計画に反対していた佐藤栄佐久・前福島県知事は、収賄事件で逮捕、起訴され有罪判決を受けたが、その根拠はいまだにあいまいだ。『脱原発をめざす首長会議』の顧問に就任した佐藤前知事は次のように警告を発した。

「“必要だから安全だ”というのが日本の論理だった。大飯の動きを見てもこれが変わっていない」。

 エネルギーのパラダイムシフトを図る『脱原発をめざす首長会議』は、以下の活動方針を決めた。

・新しい原発はつくらない

・出来るだけ早期に原発をゼロにする

①原発の実態を把握する(原価、核燃料サイクル、最終処分場)

②原発ゼロに至るまでのプログラムを明確にする

③地域での再生可能なエネルギーを推進する具体政策を作る

④世界との連携による情報を共有する

⑤子どもの避難や、安全な食品の提供などの支援をする

(3)ETV特集 不滅のプロジェクト ~核燃料サイクル 半世紀の軌跡~

2012年6月17日(日) 夜10時 2012年6月24日(日) 午前0時50分 再放送

日本の原発から出た使用済み燃料は1万5千トン。

 行き場のないまま原発敷地内などに保管されている。

 ゴミである使用済み燃料の処理方法が無いまま稼働を続ける原発は、トイレの無いマンションと揶揄(やゆ)される。

 この問題を一挙に解決する方策として模索されてきたのが「核燃料サイクル」だった。

 その夢のサイクルが、福島原発事故をうけて原子力行政が問い直される中、根本的に見直されようとしている。

 将来に向け、私たちはいまどのような選択をすべきなのか。それを考える前提として核燃料サイクル60年の足取りを知っておくことは必要だ。

 日本では、原発開発が始まった当初から「核燃料サイクル」が目標にされた。使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再び燃料として利用する「核燃料サイクル」は、資源小国のエネルギー問題と、放射性廃棄物というやっかいなゴミ問題を一石二鳥で解決してくれる夢のプロジェクトとしてスタートした。

 サイクルの要となる高速増殖炉は、プルトニウムをウランと混ぜて燃やし、使用前よりも多くのプルトニウムを作り出すことができるというもの。これを確立することができれば、理論上、千年はエネルギー問題から解放されると期待されてきた。

 この「核燃料サイクル」の計画からその後の経緯までの内幕を、赤裸々に記録した録音テープがある。日本の原子力政策を中枢で担い続けてきた、政・官・財・学の中心人物が、非公式で開いていた「島村原子力政策研究会」の会合を録音したテープだ。

 国家プロジェクトとして始まった核燃サイクルがさまざまなう余曲折の中で迷走していった過程が語られている。

 日本の核燃サイクルは「トリウム」という軍事利用できない燃料を使ったものが研究された。しかし、実現を急ぐ政界の意向から英米から既成技術を輸入することに方針転換された。英米で開発されていたのはトリウムではなく「プルトニウム」を使った核燃サイクルだった。プルトニウムは核兵器の材料になる。

 1960年代に中国やインドでの核開発に脅威を感じたアメリカは、70年代に日本の核燃サイクルに待ったをかけてきた。この圧力は日本に「焦り」と「意地」を生じさせ、冷静な開発を困難なものとしていった。

 計画開始から半世紀以上が経過した今、まだ核燃サイクルは実用化されていない。そして使用済み燃料の問題は依然として解決していない。「一石二鳥」どころか「二兎(にと)を追う者、一兎(いっと)も得ず」の状態になっている今、核燃サイクルという夢を追ったプロジェクトの経緯を検証し、問題の所在を明らかにする。

 原発敷地内の使用済み燃料プール。国内各地の原発敷地内などに、こうした状態で1万5千トンが保管されている。

 高速増殖炉「もんじゅ」。発電機能を備え、高速増殖炉を実用化へ近づける炉として期待されたが、1995年に冷却剤のナトリウム漏えい事故を起こした。

 1961年、原子力委員会が作成した「原子力長期計画」。「核燃料サイクル」の確立が、国の目指すべき目標として掲げられた。

 元内閣調査室調査官の志垣民郎氏。1968年3月から、日本の核武装の可能性を探る調査を、極秘に開始。調査では、「原爆を小数製造」することは、「可能であり、また比較的容易」とされた。

 シカゴ大学のリチャード・ガーウィン博士。1960年代から70年代にかけて、アメリカでは、日本が核燃料サイクルを進めることは“核武装”につながるとの懸念が高まっていたという。

 岐阜県瑞浪市の研究施設では、地中300メートルの坑道で、最終処分の方法が研究されている。現在、国内では最終処分場をどこに設置するかは、全く決まっていない。

(4)日本に住むすべての人々が見るべき番組

国民の不安・不信をよそに原発殺人鬼<原発マフィア><財界>の手先になって、”大飯原発再稼働”を宣言した野田首相は本日17日夕方、メキシコ・ロスカボスで 開かれる主要20か国・地域(G20)首脳会議(サミット)に出席するため、政府専用機で 羽田空港を出発した。

なので、この番組を本日17日の放送では見られないだろう。

 しかし、(3)で記した通り、2012年6月24日(日) 午前0時50分から再放送がある。

野田首相を含む本に住むすべての人々に見て頂きたい番組であった。

 原発事故の戦犯とも言える科学者たちのコメントが興味深かった。

既に報道されている日本政府による核武装の検討の話も出てきた。

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