130.菊地直子は指名手配の写真とは全く別人のようになっているのに、なぜ通報者は本人だと判ったのか?

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(1)神奈川県相模原市緑区城山3-2-40

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昨日<6月4日>の拙ブログで取り上げた通り、NHK総合の昨日<6月4日>午前0時からのニュースで、相模原市緑区城山3-2-40にある菊地直子容疑者の自宅前からLIVE中継した。

この場所、昨日はさぞかし1日中大騒ぎだったことでしょう。

断定調で書かない理由は、極めて多忙故、昨日の帰宅は21:20頃であり、出勤前の朝のニュースを見て以降、ニュースを見ていないからである。

この場所は昨日1日、TV局のスタジオのようだったでしょう。

(2)日経平均株価

1989年夏の東京都西多摩郡五日市町(現あきる野市)の宮崎勤の自宅前も同様であった。

既に綴っているが、私のふるさとは、東京都西多摩郡日の出町である。夏と言えば、所謂「里帰りの季節」である。里帰りの際、宮崎勤の自宅前に行ってみた。さながら、TV局のスタジオのようであった。

 近くは田舎なので、庭の広い家が多い。TV局はそうした家に金を払い、中継車を駐車したり、電波送信の為の機材を置いたりした。地元の地主には、思わぬ不労所得が宮崎勤のお陰で入った訳である。

こんなことを書くと、「お前は馬鹿か!」と言われそうだが、私は宮崎勤は冤罪なのではないかと考えている。

その話は別の機会に譲るとして、この宮崎勤が強制わいせつ容疑で現行犯逮捕された1989年7月から約5ヶ月後の12月、大阪教育大学附属高等学校3年生の菊地直子は、家族の反対を押し切り、オウム真理教に入信した。

その12月の最終売買日が、日経平均株価の史上最高値を記録した日であった。

開けて1990年から所謂「失われた20年」が徐々に始まる。やがて、それは「失われた30年」と言われるようになるかもしれない。

そう、バブルがはじけたのである。

昨日<6月4日>の東京株式市場は、世界的な景気の減速懸念の高まりからほぼ全面安となり、日経平均株価(225種)は大幅続落した。下げ幅は前週末終値比で一時二〇〇円を超え、八二〇〇円台まで下落。今年一月六日につけた取引時間中の年初来安値(八三四九円三三銭)を更新した。 

 東証一部全銘柄の値動きを示す東証株価指数(TOPIX)も続落。七〇〇を割り込み、取引時間中としては二〇〇九年三月十二日の六九八・四六を下回って、バブル崩壊後の最安値を三年三カ月ぶりに更新した。

(3)Time and tide wait for no man.

和訳すると「歳月人を待たず」である。

冒頭の写真を何の疑いもなく見るとそう感じる。

疑ってみれば、本当に同一人物なのか、これでよく菊地直子本人だと判ったなあと思ってしまう。

河野化山の際も思ったが、逮捕された菊地直子は替え玉なのではないかとも思えてしまう。

それだけ別人のように見える。

身柄確保をした捜査員ですらよく分からなかったと言っているのに、なぜ一般市民が、別人のようになっている人物を、菊地直子ではないかと推測できたのだろう?

次の(4)で紹介するNHKニュースでは、「手配写真よりもやせていたが、目の辺りが似ていた」との近所の方のコメントが出ている。

そう思っているのなら、もう2年くらいあそこに住んでいるとのことなので、もっと早くそれを言えばいいのに、なぜ言わないできたのですか?

(4)菊地直子容疑者の写真を公開

警視庁は、殺人などの疑いで逮捕したオウム真理教の菊地直子容疑者の写真を公開しました。

 特徴である右目の下のほくろは確認できますが、17年前の1995年に特別手配された当時のふっくらとした表情と比べると明らかにやせていて、昔の面影はまったくありません。

 公開された写真は、菊地容疑者が正面を向いてまっすぐ立った状態で撮影されています。菊地容疑者は紫っぽいトレーナーにジーンズ姿で、茶色の靴を履いています。
髪の毛は肩にかからない程度の長さで、ほっそりとした顔で赤いフレームの眼鏡をかけています。

 特徴である右目の下のほくろは確認できますが、17年前の1995年に特別手配された当時のふっくらとした表情と比べると明らかにやせていて、昔の面影はまったくありません。

 捜査員の1人も「すれ違いざまに見たら本人とは分からないだろう」と話しているということです。

 近所に住む人は「手配写真よりもやせていたが、目の辺りが似ていた」と話す人がいる一方で、「菊地容疑者とは気づかなかった」と話す人もいました。

 菊地容疑者は、1996年に埼玉県所沢市のマンションに潜伏していたことが分かっていますが、その後、所在は分からなくなっていました。

 3日午前になって警視庁に「似ている女がいる」という情報が寄せられたことから、3日夜、神奈川県相模原市内で張り込んでいた捜査員が帰宅した菊地容疑者を見つけ身柄を確保したということです。

 警視庁は、17年におよぶ逃亡生活の生活の解明を進めることにしています。

“この生活を変えたくなかった”

 警視庁によりますと、菊地直子容疑者は、逃亡の経緯について「1995年3月に教団に警察の一斉捜索が入り、林泰男死刑囚と逃げた。その後、高橋克也容疑者と逃げるようになり、当初は、新横浜駅や川崎駅近くのホテルを転々とした。川崎市を通る京急大師線沿いのアパートで生活したあと、JR川崎駅の近くのアパートで暮らし、このとき、高橋寛人容疑者と知り合った」と供述しているということです。

 また「高橋寛人容疑者を愛するようになり、この生活を変えたくなかった」とも供述しているということです。

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