125.権力に逆らう人々を弾圧している国はシリアだけか?

法政大学 無罪

(1)シリア 虐殺の町に再び攻撃

市民の弾圧が続くシリアでは、先週、女性や子どもを中心に、100人以上が虐殺された中部の町に対して、政府軍が再び攻撃を加えており、緊迫した状況が続いています。

 シリアでは、先週、中部のホウラで、女性や子どもを中心に100人以上が虐殺され、これに抗議する欧米各国や日本が、自国に駐在する大使や外交官に国外退去を求めるなど、アサド政権に対する国際的な非難が高まっています。

 しかし、シリアの人権団体によりますと、虐殺があったホウラでは、30日から31日にかけても、政府軍が、断続的に砲撃を続けており、新たに7人が死亡し、多数のけが人が出ているということです。

 人権団体の関係者は、NHKの取材に対し、「ホウラには、激しい攻撃が続いており、けさは、30分間に20発以上の砲弾が撃ち込まれた」と話しています。

 また、ホウラ以外の各地でも、政府軍による攻撃が続き、30日だけで合わせて40人以上が死亡したとみられています。

 こうした状況を受けて、政府軍を離反した兵士らで作る「自由シリア軍」は、来月1日の昼までに政権側が攻撃を停止しなければ、一斉に反撃を始めるとしており、シリア情勢は緊迫の度合いを増しています。

(2)シリアの現実

 今シリアで起きている事の事実と残虐性を伝えるための掲載です。

目を背けること無く、しっかりと現実をご覧下さい。







(3)元中核派全学連委員長ら無罪=法政大の看板損壊―東京地裁

法政大の正門などに設置された看板を壊したとして、暴力行為等処罰法違反罪に問われた元中核派全学連委員長ら5人の判決が31日、東京地裁であり、若園敦雄裁判長は「5人が損壊したと認定するには疑いが残る」として、無罪を言い渡した。

 若園裁判長は、防犯ビデオの画像を根拠に5人を含む集団の誰かが壊したことは認めたが、画像の解像度が不十分であることなどから「誰がどのように犯行を行ったかについては認定できない」とした。

(4)「119名逮捕33名起訴」という法政大学の異常性

今、かつての法政大学を知る多くの法大OBが、「どうしてこんな大学になってしまったんだ?」と首をかしげています。

 2006年3月14日の29名一斉逮捕を皮きりに、今回の逮捕に至るまで、法政大学では、述べ119名の逮捕者、33名の起訴者、ふた桁を超える停学・退学処分者が出現しているからです。

 かつて「自由と進歩」を謳った学園は、今日では、「処分と逮捕」に明け暮れています。「119名逮捕、33名起訴」、一見して異常な数字です。

 これらの数字は直接的には学内でのビラまき・立て看板規制や、文化連盟などサークル本部団体の公認取り消し、あるいは学友の不当処分に対する抗議活動を通して積み重ねられていったものです。その意味で、法政大学の一学園問題として片付け易くはある。

 しかしもっと大きな視点で見たときに、これら学生側と大学側の対立は、一学園内での抗争に収斂されない普遍的な問題を孕んでいると私たちは考えます。それは新自由主義の問題です。
 
 高騰する学費、それによって強いられるアルバイト漬けの生活、奨学金という名の借金、ビラや立て看も許されない不自由なキャンパス、規制・検閲されるサークル活動、内定率が6割を切る中、早期開始を強制される苛烈な就職活動などなど、今日本の大学生は自らの足元を揺るがす困窮に悲鳴の声を挙げています。

 一連の法大抗争とこれらの困窮に共通するのが、学生の自主性や主体性といった裁量権をないがしろにし、学生を「自ら学び行動する存在」から、「管理する存在」に陥しめようとする資本の要請です。

 つまり、現在の大学は、学生を教育サービスを購入した消費者として捉えており、そこで追求されているのは消費者を「いかに管理し易くするか」という営利本位の視点に尽きます。

 学費や奨学金や就活は、学生の手足をあらかじめ縛る、絶好の人質なのです。逆に言うと、くだんの119名の逮捕学生は管理しようにも管理できない「クレーマー」として、暴力的に駆除されていると言えます。
 
 法政に限らず、今全国の大学は、左翼運動を始めとした、自らの営利活動の妨げとなる恐れのある一切の要素を大学から除去しようとしています。

 しかし大学は本来、そんな研究棟の無菌室のような小奇麗で殺伐とした空間なのでしょうか。多種多様な人種が共生し、種種雑多な表現が交錯する、魅力的な公共空間であるべきなのではないでしょうか。

 そのために必要なのは、資本の営利や世俗の権力との一定の距離観であり、中立性なのではないでしょうか。批判精神の源泉はそこにこそ宿るのではないでしょうか。

 弾圧は一つが全部で、全部が一つです。すべての学生・教職員・市民は、法大を「学生管理のモデルケース」としないための闘いに立ちあがって欲しいと思います。治安警察である警視庁公安部に大学が浸食されている危険性を、これ以上看過してはなりません。

 おかしいことには「おかしい」と言い続ける
 
 20年にわたる軟禁生活ののち、先日解放されたミャンマーのアウンサンスーチ―氏は、「本当に価値あるものは簡単には手に入らない」と、あるインタビューに答えています。
 
 憲法に明記されている「表現の自由」や「学問の自由」も、ある日たなぼたで落ちてきたわけではなく、多くの先人達が体を張り、血を流して勝ち取って来た権利です。

 私たちは憲法の条文にあるから無条件無前提にこれらの自由を謳歌できるわけではない。権利を実践することの中でしか権利は継続しません。おかしいことには「おかしい」と言い続けることが何より大切です。
 
 救援会としての活動はA君の釈放をもって終わります。しかし、次なるA君を生まないためにも、今回の救援活動に集った各人が今後も問題意識を継続して持ち、各々の現場に戻って行きたいと考えます。

 警視庁公安部、東京地検公安部を筆頭とした表現の自由を愚弄する一切の勢力に、私たちは抗議します。学生を警視庁公安部に売り渡し続ける法政大学の悪政を、私たちは許しません。

 救援活動への多くのご協力、本当にありがとうございました。

(5)右翼も批判する法政大学の学生弾圧

★法政大学の学生弾圧を批判する

もう二ヶ月も前になってしまったが、今年の三月十四日のことだ。法政大学構内で大学当局が一方的に打ち出して来た、立て看板とビラ配りの規制に反対する学生達二十九人が、大学周辺でのデモを終えて構内に戻って来た所を、待ち構えていた公安刑事二百名に「威力業務妨害」「建造物侵入」で逮捕されたのだ。

 この事件については、フジテレビでも放送されたし、いろんな政治系・社会派系ブログが扱っているからご存知の方もいると思う。この逮捕された学生達というのは、革命的共産主義者同盟全国委員会マルクス主義学生同盟の学生達だ。早い話が中核派系全学連の学生達だ。

 あのヘルメット、タオル覆面にサングラスという出で立ちの集団だ。さて、彼らは逮捕されたあと、しばらく拘留されて取り調べを受けて釈放されて不起訴が確定したが、今度は法政大学当局が、当該学生達を「逮捕されたこと」を理由に自宅謹慎処分にし、五月十七日には法政大学文学部教授会で当該学生達に退学処分を下した。

 まず、断っておくが、僕はセクト化した左翼などポチホシュと同じくらい嫌いだ。人間性を喪失した共産主義論理をドグマとし、党派の論理でしか物事を観られない不幸で厄介な連中だと思っている。諸大学における連中の横暴さと、今までの学生運動華やかなりし頃の事件なども知っている。ただ、思想は違うにせよ志を持って声をあげていく彼らには、ある種よきライバルに対するような感情を持っていることは否定しない。

 しかし、それにしても今回の法政大学当局のやり方は許しがたい。思想や感情を超えて、同じ大学生として、同じ日本に生を受けた者としても看過できない。まず、威力業務妨害という罪状だが、これに関して警察は「大学当局が立て看板を撤去しようとしたのを中核派学生達が妨害した云々」と言っているが、そもそも当日は大学当局による立て看板撤去作業は行われていなかったようだ。故に威力業務妨害のしようがない。

 また、一番おかしいのは建造物侵入だ。逮捕された二十九人の中核派学生達のうち、五人は、れっきとした法政大学の現役学生なのだ。どうして白昼堂々と自分の大学に入っただけで逮捕されなければならないのか。こんな方法が罷り通るのなら、僕も明日から「建造物侵入で逮捕される可能性があるので登校しません」と言って家で寝ていたい。

 こういうと、「他の二十四人が他大学の学生や学外者だから問題があったんでしょう」と言う者がいる。では、スポーツの試合や、学術の交流会で大学に訪れる学外者を片っ端から逮捕するのだろうか。そんなことをしたら大変な事になる。僕も他大学への「侵入容疑」で逮捕されてしまうし、早稲田大学の早稲田祭など、膨大な逮捕者が出る。こうしたことから、いかにこの逮捕理由がバカバカしいかお分かり頂けただろう。

 しかも、先に書いた様に、この事件の模様はフジテレビが放送している。法政大学の説明では学生達とトラブルとなったので110番して警察がかけつけ逮捕してもらった、となっているが、逮捕した警察官達は皆私服の公安刑事であり、数も二百人だ。とても110番一発で来る陣容ではない。

 だとすると、大学と警察が、最近流行の“共謀”をして学生達に弾圧を行ったのだろう。だとするならば、その場にテレビ局が居合わせた事も説明がつく。いくら厄介な学生とはいえ、警察と組んで学生を司直の手に引き渡し、その挙句に、「逮捕」されたことを理由に退学処分にするとは法政大学もヒドい大学だ。

 三月にこの事件が発生したあと、保守派の仲間達にあって話をしてきたが、この事件の重要性を認識していないどころか、当然の処置と言う者や、単に喜んでいるだけの者が少なくなかった。そうした人々は大概、運動に携わる事もなく、大学や権力とぶつかる事もなく、口だけが勇ましい人たちだ。

 この法政大学の事件が一体何をもたらすのかを考えてほしい。ただでさえ無気力が充満し、社会から目を逸らした学生が増加し、個性・特色を喪失した状況が全国の大学に蔓延している。その中で自分の頭で国家を考えたり、社会を批判したりする学生が大学側から煙たがられ、消されて行けば、大学は実に味気なくつまらないところになる。

 そもそも、大学とはもっと自由かつアナーキーであってよいと思うし、大学の個性をもっと発揮出来るようになってほしいと願っている。それはずっとこのブログで言って来た事だ。今回の法政大学の学生弾圧は、大学の大学たる所以を消し去る“大学の自殺”である。法政大学は日本の大学史上消しがたい汚点を残してしまったのではないか。

 最後に、不遜かもしれないが、三島由紀夫烈士が、日本の先行きを憂えられて残された言葉を、“大学”に置き換えてみた。ご笑覧の上、大学とこれからの日本について共に考えていきたい。

 「僕はこれからの大学に対して希望をつなぐことができない。このまま行つたら『大学』はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。大学はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る事なかれ主義と営利主義の教育機関が日本の各地に残るのであらう。それでもいいと思っている人たちと、僕は口を聞く気にもなれなくなっているのである。」

(6)08年5月29日、法政大学5・29全学連決起 公安警察の弾圧

08年5月29日、法大当局の規制をはねのけ全学連がキャンパス中央に登場。「G8サミット粉砕」を掲げ学内をデモした。これに対し公安警察100人が学内に突入し、33­人を不当逮捕。外国人記者クラブ上映版、英語字幕付き。



(7)法大暴処法弾圧1審判決を控えて

「自分にも尾行がつくようになったのか」

 初めはそんな風にしか思わなかった。忘れもしない2009年5月15日金曜日のことである。

 この日、僕は一限から大学に来て講義を受けていた。そのため僕の背後にいつも職員さんがついてくることには、午前中の早い段階で気づいていた。

 今思うと、一学生である僕に尾行が付く事は異常なことではある。しかし、当時の法政大学では文連・全学連VS大学の戦いが激化しており、その周辺をウロウロと動きまわっていた僕に尾行が付くことは、僕の中では「法政大学ならやりそうなことだな」くらいにしか思わなかった。

 事態の異常さに気づき始めたのは昼休みを過ぎた辺りからである。

 文化連盟及び全学連の人が次々と逮捕されているという連絡が届いた。この時僕は「何か大変なことが起きている」という感覚はあったが、その「大変なこと」と学内での自分への尾行を関連付けて考えることができなかった。

 その結果、公安警察と大学の連携により、僕は大学の門を出てすぐに公安警察から「任意」の事情聴取を求められることになる。

 2012年5月31日に一審判決が出ようとしている暴処方弾圧に、僕はこのような形で関わることとなった。

 暴処法弾圧、その事件の詳細を簡単に記すと、2009年2月19日深夜に、法政大学の門前に掲げられていた看板を集団で共謀して破壊したというものである。

 この弾圧では11名の逮捕、5名の起訴が行われ、逮捕・捜査の手は北は北海道・南は沖縄まで伸びた。

 任意の事情聴取を含めれば計17名が警察・検察に連行され、ガサ=家宅捜索は全国20ヶ所以上にわたって展開された。

 5月15日に僕に行われた事情聴取は日付が変わるころまで行われた。

 僕は、あまり話さない方がいいのだろうなと思い、「わからない」「覚えていない」と繰り返した。そもそも3ヶ月も前のことであり、しかも看板を壊したという現場から僕は離れていたので、実際に「わからない」し「覚えていない」ことの方が多かった。

 「わからない」「覚えていない」を繰り返す僕に、検事は僕に凄みを聞かせてこう言った。恐らく一生忘れないと思う。

 「警察に呼ばれたということはどういうことかわかっているんだろうな」

 その時、僕は自分まで逮捕されることを予想した。

 当時、僕は学生運動もしていない、看板も壊していない。それなのに逮捕されてしまうのかもしれない、僕はその時にそれまでの人生で最大の恐怖を感じた。

 僕は検事のその一言で屈服した。

 その後、防犯カメラの写真を見せられ、「これは誰か」という質問に延々と答えた。全て答え終わった後に、携帯電話と手帳を押収された。おかしいとは思ったが、僕にはどうしようもなかった。

 その日はそれで解放されたが、僕はそれから二度検事に呼ばれ、初めの一度目に応じてしまう。

 多くの方が検事・公安からの呼びかけに答えるなとアドバイスしてくれたし、獄中の友人・先輩たちに対して思うところもあった。

 それでも当時21歳だった僕は、過激派と呼ばれる団体や活動家と呼ばれる人々よりも国家権力の側を信じていて、また逆説的に信じていた国家権力が過激派や活動家よりも自分にとって恐怖でもあった。

 しかし、「前回の確認がしたい」言われて向かったその場では公判前証人尋問というものが行われてしまった。僕はこの時に国家権力の不正議に気づくとともに、恐怖に打ち勝てなかったことを強く後悔した。

 国家の暴力と不正義を21歳で身をもって経験できたことは、良くも悪くもその後の僕の人生を変えることになったと思う。

 僕はこの暴処法弾圧以降に学生運動に関わるようになった。それは、友人・先輩が逮捕されたことに対する怒り、友人や先輩が人生をかけて戦っている時に何も出来なかったことへの申し訳なさといった感情面がまずあったと思う。僕が何かをしなければならないと思った。

 それから、3年の時が経ち、当然のことながら感情はある程度は風化する。2009年5月、僕は胃腸炎となり薬を処方されていたが、そのような体調的・精神的異変はもう感じることはない。

 では、なぜ今でも関わり続けているか。改めて考えてみると、結局のところ、母校の異常な状態に対するただならぬ危機感そしてそれを可能としている力に対する批判からだと思う。

 法政大学の異常な状態というのは、この暴処法弾圧においても如実に現れている。
2月19日に破壊されたという問題の看板には以下のように記されていた。

「構内立入禁止の通告
二〇〇八年四月一日付けで文学部を除籍となった左記の者の構内立入禁止を通告する。
二〇〇九年一月一九日 法政大学
記 増井真琴 以上」

 大学において、学費未納で除籍となった学生の名前を昼夜掲示し、「学内に入るな!」と通告する内容である。

 もちろんいくら法政大学と言っても、除籍となった学生全ての入構禁止看板を設置しているというわけではない。当時、増井君は法政大学のあり方に対して抗議行動を行っていた。その経緯から実名入りの入構禁止看板が設置されたと見ることができる。

 しかし、大学において本当にこのような実名入りの入構禁止看板は必要だっただろか、そしてそのような人権侵害看板が破損されたからといって学生を警察に売り渡してよかったのだろうか(法政大学の看板の破壊をめぐる問題なので、法政大学が「被害者」として協力しなければ逮捕できないような事柄である)。

 増井君は意見陳述において、以下のように述べている。

「法政大学は、一方で08年のデリバティブにおいて28億円もの損失を計上しておきながら、他方で学費が払えず除籍になった学生の看板、総額12万3千円を奪われたからといってブリブリ怒っている。 (中略)ふざけるな、ということです」

 この事件は、法益侵害の程度(12万3千円)と、弾圧の規模(11名逮捕、5名起訴、全国20ヶ所以上ガサ)がまったく釣り合わないのが特徴だ。それは、文連が主導していた学生運動をつぶすためにしかけたられた、大弾圧であるからに他ならない。学館解体以降に最も法大当局を揺るがしたのは間違いなく08~09年の闘争である。

 増井君もそうだが、齋藤文連委員長(現全学連委員長)、恩田文連副委員長、織田全学連委員長(現NAZEN事務局長)、社会科学研究会所属の洞口さん他、当時法大学生運動を率いていた幹部メンバーはあの一斉逮捕で全員いなくなってしまった。起訴された5名に至っては、その後8ヶ月間も東京拘置所の獄舎へ勾留され続けることになる。その後の法大運動は明らかに勢いをなくし、沈静化していったと思う。

 増井君たちは入構禁止看板を実力撤去したのかもしれない、と実のところ思っている。そして仮にそうだとしても、法政大学にそのことを責める資格はないと考えている。あのような看板は法益保護の対象ではない、撤去されて当然の代物だ。大学という教育機関でありながら、人権侵害看板をキャンパス全門に張り巡らせた法政大学こそ、裁かれるべきである。

 実名入りの入構禁止看板を掲示される以前、学籍を有した学生者であったころから増井君は、法政大学から犯罪的な嫌がらせや大学生活そのものの破壊を受け続けていた。大学に入る際の警備員からの入構チェック、学内での尾行・撮影が日常的に行われていた。このことは増井君に限らず、勇気と正義感を持って法政大学の不正義に抗議した多くの法大生が経験している。

 しかし、全ての学生が勇気と正義感を持ち合わせられるわけではない。

 異常な警備体制、学内を闊歩する謎の職員、学生を無視して一方的に決められてきた多くの規制、処分と逮捕、このようなあり方に自らの身体性を行使して抗議・批判をすることは、法政大学においては銃口を向けられるようなことである。

 普通の人は銃口を向けられたくない、結果として法政大学は問題意識を持つ学生・ 自ら考える学生が生まれない・生まれにくい環境づくりを推進し続けている。それは2009年よりもさらに深刻度を増している。

 法政大学では、考えないように、問題意識を持たないように、行動しないようにと学生の従順な管理が日々進行している。このことの方がどれだけ犯罪的であるかと思う。

 大学という場において問題意識を持つこと、行動として示すこと、これらは何一つ罪ではない。このことは大学から実名入り看板を出されること、また数え切れないほどの嫌がらせを受けることの理由にもならない。

 社会において、本当の「犯罪」を犯しているのは誰なのだろう。

 現在は目に見えるような過激な行為は何一つ行っていない過激派と言われる団体と、その過激派への弾圧を止めようとした学生たちなのか。

 過激派と呼ばれる団体を暴力的に排除しようとし、さらに若者を殺している法政大学なのか。5月31日の判決では、どのような正義が示されるのだろうか。僕は前者の側を信じたい。

法政大学文学部哲学科4年 菅谷圭祐

(8)シリアと日本の違い

以上、お読み頂いた通り、日本もシリアと同様に、権力に逆らう人々を弾圧している。

シリアと日本の違いは、虐殺をしているかどうかの違いだけである。

権力に逆らう人々は、法政大学学生のように不当に投獄されたり、植草一秀のように痴漢の汚名を着せられたり、長谷川浩のように不審死に至ったりする

2011年6月17日の参議院本会議で民主、自民、公明の賛成多数で可決・成立した「コンピュータ監視法」。これは、ネットメデイアの監視と弾圧を目的とした稀代の悪法である。

 「コンピュータ監視法」成立阻止に尽力した市民活動家も痴漢の汚名を着せられた。



(7)の文章の一部は次のように置き換えることが可能である。

 日本の多くの学校では、考えないように、問題意識を持たないように、行動しないようにと、学生・生徒・児童に対する管理が日々進行している。

名張毒ぶどう酒事件の再審開始決定を取り消した25日の名古屋高裁決定には怒りを感じましたが、今回の無罪判決は嬉しい限りです。

奥西勝死刑囚<86歳>の弁護団は30日、第7次再審請求差し戻し審で検察側の異議を認め、再審開始決定を取り消した25日の名古屋高裁決定を不服として、最高裁に特別抗告した。

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Comment

田中洌 #mQop/nM.

長文だったが、息つく暇なく、一気に読まされた。
端正だが、なかなか面白い。ご健闘を祈る!!

2012/06/01 (Fri) 08:06 | URL | 編集 | 返信
 #

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2012/06/01 (Fri) 08:13 |  | 編集 | 返信
福田元昭 #-

Re: タイトルなし

田中洌様、二通のコメントを頂き、ありがとうございました。

三流ブログの拙ブログは、めったに励ましのメッセージなど頂くことがないので、

こうして励ましのメッセージを頂くと嬉しくなります。

田中洌様が管理人と拝察されるブログ「ルンペン放浪記」を拝見しました。

http://ameblo.jp/uhi36845/day-20120531.html

いくつかの記事を読ませて頂きました。

反骨精神あふれる感動的なブログだと思いました。

また、立ち寄らせて頂きます。

拙ブログにも、また、お越し下さい。

http://ab5730.blog.fc2.com/

2012/06/02 (Sat) 11:10 | URL | 編集 | 返信

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